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地元筋(八倉視点)         ~守護の熱 第十八話

 週末は、それぞれの家族や親戚関係の、何等かの、集まりがある。

「向学の為に、たまには、顔を出しなさい」

 いつもなら、行かない。うっかり、顔を出すと、多分、後継の話とか、やんわり、突きつけられる。母が、親戚や、地元筋から、囲まれている。本家の従兄弟たちだって、優秀なんじゃないのか?俺は、いつも、微妙な位置に置かれている。小さい時から、そうだ。

「雄一郎君なら、なんていうかね、なかなか、かっこよくって、頭もいいしね」
「先日の、星の発表会も、表彰されてましたよね」
「特にね、婦人会ではね、後継の一人として、そろそろ、ってね」
「そんな、まだ、気が早いですわ。大学にも行っていないのに」
「箕沢中央の特進コースでしょう?進学は、東都大でしょう?」
「ええ、法学部か、経済学部に」
「王道ですわねえ」
「ああ、雄一郎、いらっしゃい」

 ああ、面倒臭い。母親に呼ばれて、婦人会の人達に、愛想を振りまかなきゃならない。いや、その実、貴女は、楽しそうにしてるのでしょうから。

「雄一郎君、なんか、また、背が伸びたんじゃない?」
「ああ、まあ・・・」

 なんか、人だらけだ。色々と言われている。この前には、議員の伯父と、親爺の後ろについて、頭を下げて回って、最後が、地元婦人会っていうやつで、これを、何とか、擦り抜けると、ようやく、メインの会が始まった。まだ、壇上に立たされるわけでもなかったから良かった。

 今日、来たのは、他でもない。地元の有力企業の代表等も、ここに呼ばれている。荒木田金融も、その一つだ。よくしたもので、無頼派でスポーツ馬鹿の兄の謙太は、こんな席には出てこない。企業のイメージアップには、その下の娘が一役買っている。社長の自慢の娘だ。才媛の実紅ちゃんが、必ず、来ている。俺とは別の席で、大人の中で、ニコニコと振る舞って、可愛い笑顔を振りまいている。・・・ああ、あれはあれで、大変そうだな。

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「薹部開発のお嬢さん方は、丁度、嫁がれたばかりみたいね。今、釣り合うお年頃の方がいないみたいねえ」
「まあ、まだ、学生だし、今は、進学に気を入れる時期だ、なあ、雄一郎君」
「え、あ、はい・・・」

 また、俺の頭越しで、俺の人生の図式を、親や親戚や地元筋が、勝手に捏ね繰り回し始める。一族の子どもたちは、皆、そうだ。従姉たちは、できるだけ、政治家の筋や、良い企業の筋との縁組が勧められてきた。実際、殆どが、そういう結婚をしている。

 地元で一番の進学校と言われる高校に行き、次は、東都大、その後は、きっと、政治関係の塾に行きながら、伯父の鞄持ちになるんだろう。このまま、行けば。地元では、常に、良い子でいなければならない。皆、顔を知っている。周囲の考える期待の枠には、応えてきたつもりだし。

 たまに、クラスの奴等が羨ましくなることがある。普通の勤め人の子だったり、坂城みたいな地元の店の奴だったり、色々なのがいる。それなりにあるのだろうが、気楽そうでいい。こいつらは、別にどうでもいい。だが、問題はこいつだ。幼い頃から、常に、比べられてきた。地元の旧家で、地主の次男、辻雅弥だ。

 さっきも「星の・・・」とか言ってたが、まあ、提案したのが、他でもない俺だったが・・・色々、思惑もあって。実質、あいつの実力が物を言ったのだし、何かと比べられる。競争をしているつもりはないが、周囲がそのように扱うから、面倒臭かった。きっと、あいつも坦々として、顔に出さないが、そう思ってるに違いないが。

「今日の展示、辻君の方が、上に並べられていたわ」
「点数の順位は?辻君は?」

 上の学校に行く程に、特に、母親が、そのように、ライバル視をした。掻き立てるようなことをしたのは、貴女じゃないのか?

 小学校の頃、実紅ちゃんが引っ越してきた。兄の謙太の誕生日会に呼ばれた。それまで、女の子には興味がなかったが、玄関に、実紅ちゃんが、出迎えに現れた時に、びっくりした。こんな可愛い子がいるんだ、と思った。初恋だった。こういうことは、理由もなく、突然、起きることなのか・・・、そう、自分の感じたことにも驚いた。

 それには、辻も呼ばれていた。俺は、色々と準備していくように、包みをいくつか、親から渡されて、謙太と、荒木田の家宛てのプレゼントを渡した。お礼を言われただけだった。あいつは、サッカーの雑誌を一冊渡しただけなのに、謙太には大喜びされた。それよりも何よりも、実紅ちゃんが、辻の横に、自分から座って、離れなかったこと、それが、俺には、問題だった。そもそもの席順は決まっていたらしい。俺は、恐らく、最上位扱いで、謙太の対面に座らされていた。動かされたのは、辻の方だったらしい。実紅ちゃんは、その日、ずっと、辻を見ていた。ジュースを渡したり、甲斐甲斐しく、声をかけていた。すぐ、解った。俺が、実紅ちゃんを見ていたように、実紅ちゃんは、辻のことを見ていたんだ、と。

 まあ、そのうちに、辻の家がどんなで、俺の一族とは、どんな位置関係にあって・・・という、地元の独特なやつも知れて、自然と、家までもが、対抗する形だったことが解った。

 しかし、それを、煽る気もない。もう、いいんだ。以来、俺の抱いていた気持ちだけは変わらなかった。そして、実紅ちゃんが、ずっと、片思いでいた件―――彼女にとっては、可哀想だけど、恐らく、辻には、その気がないだろう、ということも見当がついてきたから。

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 メインの会が始まると、彼女は、席の後ろの方に行き、手伝いの人の中に混じって、グラスを片づけたりと、動き始めた。俺も、すかさず、そちらへ行くことにした。

「やあ、君も来てたんだね。お疲れ様」
「あ、八倉君、こないだの星の展示会
、お疲れ様でした」
「ああ、打ち上げ、楽しかったね」
「・・・うん」
「それにしても、休みなのに、偉いんだね。お父様の手伝いしてるなんて」
「八倉君こそ」
「僕は、こちら側だから、仕方ないから、君の方が偉いよ」

 ううん、と首を横に振って、小さく微笑みが返ってきた。衆目が来ている。俺は、そんなこと、知っているんだ。今日は、それを逆手に取ってやろうとも思ってる。手伝いの婦人会の女性たちが、目配せをし始めた。少し離れるが、話は聞こえる位置に移動していく。解りやすすぎる。いつものことだ。いいですよ。今回は、是非、言いふらしてくださいね。

「沢山、あるんだね。手伝うよ」「でも、八倉君は、壇上には出なくていいの?」「そんなの、まだまだ。あっても、先の話だよ。次は、従兄の浩一郎兄さんだから」
「聞いたわ。隣の地区から、次の選挙に打って出るの」
「そうみたいだね。詳しいんだ」
「だって、お世話になってますもの。八倉の皆様には」

 わあ、聞いたことある言い回しだ。彼女のお母様が、そんなこと、何度も言ってた。偉いなあ。やっぱり、実紅ちゃんは、よくできてる。控え目に、後ろの方にいるけど、ここにいる誰よりも、可愛いし、最近は綺麗になってきたと思う。(・・・誰かの所為とか、思いたくない)

 今日は、ピンクのワンピースに、赤いエプロンをしている。色は可愛いけど、華美すぎない服装で、甲斐甲斐しく、動き回っているのは、遠くからも見ていた。上手いこと、婦人会のおば様方にも、可愛がってもらってるんだろうな。星の展示会の打ち合わせの時の服も、周囲の他の子は、似たような感じだったけど、その中でも、やはり、実紅ちゃんが一番だった。

「これ、持つね。洗い場に持っていくのかな?」
「ああ、ありがとう、八倉君」
「あら、じゃあ、これ、二人にお任せしようかしらぁ」
「そうねえ」

 わざとらしいぐらいだな。薹部傘下の荒木田金融の娘と、八倉陣営の将来の議員候補者って、きっと、俺たちの背中に、看板がかかってる感じがする。

「力持ちね」
「あー、意外だった?」
「ううん、八倉君、背、高いし、そうだと思ったから」

 そうなんだ。・・・見ててくれたって程じゃないけど、そういう評価に繋がる言葉は嬉しい。俺も、最近、単純なんだな、と、自分のことを思った。

「ああ、洗いものなんて、しないで、男の人が」
「いや、やれるよ。こんなの、家でも、たまにする」
「嘘お」「いや、するって。こんなの、普通じゃないかな?」
「お兄ちゃんは、何もしないの。私は、小さい頃から、お手伝いしてきたけど」
「偉いなあ、実紅ちゃんらしいね」
「実紅ちゃん・・・って」
「ああ、ごめん。ついつい、小さい時みたいに呼んでしまった」
「そうだっけ?」
「うん、呼んでたよ」

 って、微妙なんだけどな。実は、好きすぎて、あまり、話すこともできなかったんだ。一個下だから、クラスが一緒でもなかったしな・・・。首を捻るよね。その程度だからな。

「スーツ、濡れちゃう」
「ああ、捲れば、大丈夫」
「だめ、袖口に跡がつくし」
「え?」

 あ、後ろに回った、上着引いてる。脱げってこと?・・・なんか、いい。こういうの、ドラマとかで、あるじゃないか。家に帰って来たら、奥さんとかがするやつ。

「スーツ、いいやつだから、こっちに掛けとくね」
「ああ、いいのに」
「ううん、だめよ。身綺麗にしておかないと、どこで、支援者さんと話になるか、汚い恰好してたら、ダメだから」
「ありがとう・・・」

 うわ、これも、婦人会仕込みかもしれないな。つまりさ、実紅ちゃん、君も、この地元筋で、大人のリクエストに、順調に答えて、育ってきた子なんだね。俺と同じだ。

 その後、沢山ある、小さなグラスを、二人で洗った。会場にいるより、ずっと、気楽で、しかも、心地好い。隣に、実紅ちゃん、君がいるから。

 洗剤のレモン系の匂いが、いかにもだったけど・・・、テキパキとやってる、実紅ちゃんの姿を、時々、ちらちらと見る。こないだの展示会の時も、担当が違ったから、こんなに至近距離で、一緒にいるのは、その実、初めてなのかもしれないけど。

「後でさ・・・」
「ん?何?」

 水音が、少し、会話の邪魔してる。

「後でさ、ちょっと、抜けて、懇親会の時、いなくてもいいと思うから」
「え?」
「会場の隣の喫茶店いかない?アイスココアが、銅のカップでよく冷えてて、美味いんだ」
「知ってる。好きなやつだよ。実紅の」
「ああ、そう。俺も来ると寄るんだ・・・飲みに行かない?」
「ジュースは、甘すぎて、勧められるけど、飲まなかったから・・・」
「じゃあ、どうかな?」
「・・・行こうかな」
「懇親会始まったら、抜けよう。大丈夫。30分ぐらいなら」
「うん、解った」
「ここも、気楽なんだけどね・・・」
「・・・えー、そうなの?八倉君も?」
「そうだよ。君もそうなの?」
「うーん、頑張らないとならないよね、こういうことも」
「・・・解った、お疲れ様しよう」

 彼女は、さっきよりも、笑顔を上増ししてくれたように感じた。頷いてくれた。少し、ゆっくり目に、グラスを洗っていると、婦人会の人が、追加を持ってきた。なんとなく、俺は、嬉しくなった。まだまだ、二人きりで、作業が続くからね。

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「大変だったね。あんな、裏方の仕事があるんだ」
「中学の時から、やってるの」
「うわあ、知らなかった。早く知って、手伝うべきだったね」
「うふふ、そんなこと、言うんだ、八倉君」
「意外?」
「うん」
「そうなんだ。やっぱり、手伝いとかしないって、思ってた?」

 その店は、この辺りにしては、少しモダンな感じで、喫茶店としては、少し広めな店だった。入り口から、奥目の席に座った。テーブルの上のライトが、その銅のカップと同じ、銅のシェードでできていて、昼間でも、奥は、少し暗い。それを、ダウンライトぐらいの感じで、仄暗く照らしているのが、少し、大人っぽいと思っていた。小学生の時に、伯父さんの秘書という人達に連れて来てもらったことがあり、以来、気に入っている。

「この席は初めて」
「感じが違うでしょ?」
「いつも、窓際に座ることが多いの」

 これは、深読みすれば、実紅ちゃんが利用している店だってことで、中を覗いた地元の人が認識することになる。店主が、アイスココアに、頼んでもないのに、ピザトーストを添えて、持ってきた。

「ああ、初めて見る、組み合わせだね」
「いつも、お世話になっております」
「なるほど、・・・これは、黙ってた方がいいのかな?」
「いやあ、別に、大丈夫ですけど、ね?」

 実紅ちゃんは、可愛く頷いた。この笑顔、本当に上手いと思う。どうとでも取れる印象の相槌。ちょっと、あざといとか言う奴もいるが、これは、立場を認識していないとできないし、実紅ちゃんや、俺の生きる領域では、必要なスキルだと思う。

「ピザトーストはね、実紅が、いつも頼むから、店長さん、先回りしてくれたみたい」
「へえ、そうなんだ」
「美味しいよ」

 ああ、可愛い。今の。ありがたくも、今日は、独占だね。

「ハンカチ、かけなきゃ。汚したら、ダメだから」

 小さな手提げから、お膝かけというのを出した。婦人会の人は皆、持ってるやつだ。なんかなあ、こういうの、見るにつけ、こういう世界に、生きてるんだなあ、と思う。

「あ、食べて、八倉くんも」
「いいの?」
「もう一人前、味の違うので、頼んでもいいよ」
「あ、そうする?」
「まずは、食べてみてからね。何か、決めたら、教えてね」

 ああ、会話が聞こえるのか。ちょっと、良し悪しかな?俺としては、ちょっと、ハッキリと聞きたいことがあるし、できたら、言いたいこともある。ここの店長って、こんなに存在感、あったっけ?

「何か、・・・気にしてるのかな?」

 ああ、鋭い。俺の様子、見て、思ったのかな?

「ちょっと、個人的なこと、話したいんだけど・・・いいかな?」

 俺は、チラリと店長の方を見る。目が合った。実紅ちゃんとも、アイコンタクトした。

「はいはい、あっちの席の方にいるから、追加は、ベル鳴らしてね」

 すると、店長は、すっと、席を立ち、俺たちの席からは、見えない方に行ってくれた。

「へえ、あんなことしてくれるんだ」
「うん、結構、秘書の人とか、込み入った話、してるって、お母さんから聞いたから」
「なるほどねえ」

 確かに、初めて、俺を連れて来てくれたのも、秘書の人達だったしな。

「えーと・・・」
「まずは、食べよう、熱い内が美味しいから」
「あ、うん」
「いただきます」
「いただきます」

 あちっ、とか言いながら、ピザトーストを齧って。なんか、実紅ちゃんって、小動物みたいだな。ちょっと、毛足の長い、室内犬みたい。小さくて、可愛いの、犬種とか、忘れたけど。

「んふー、美味しい。やっぱり、これね」
「本当だ。ココアしか頼んだことなくて」
「ねえ?ココアとも合うよ」
「ああ、そうだね」
「パーティのサンドイッチ、飽きちゃうよね」
「乾いちゃうんだよな」
「そうそう」

 懇親会のケータリングの話だ。まあ、食事がメインじゃないんだから、ああいう席はね。一頻り、ピザトーストを分け合って、完食した。

「ご馳走様でした」

 口元をナプキンで拭う。色付きのリップなのかな。そんなとこまで見てる。

「それで、何かな?個人的なことって・・・」


みとぎやの小説・連載中 「地元筋(八倉視点)」 守護の熱 第十八話

お読み頂き、ありがとうございます。
雅弥の知らない所の、地元筋のお話になります。
八倉君の視点で、語られましたが、彼も、荒木田兄の誕生日に呼ばれていたんですね。
次回も、この件が続きます。
第十九話「彼女の豹変」 
お楽しみに。

このお話も、長い連載になってきました。
こちらのマガジンから、纏め読みできます。
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