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肉体を置いていくとき、

年が明けてほどなく、叔母が肉体を離れた。

「お世話になった」だけでは表現しきれない、
本当に本当に、かけがえのない人。

 
昨年末、
すっかり寝たきりになった状態の叔母に
会いに行った。
とても久しぶりに。軽く4、5年ぶりに。

 
叔母は何も話せない状態だったし、
そこに肉体はあっても、
意識はどこかにあって、
つくづく思った。

 
私達は、
この世を去る時に、
形あるものは何も持って行けない。
好きであっても嫌いであっても、
この肉体を置いていかないといけない。


叔母は、色々なことによく気付く人だった。
気付きすぎたことで、抱えきれなくなったことも
きっと多くあったのだろうと思う。

肉体は置いていったけど、
そんな抱えきれなかったものも、
全て抱えていってしまった。

残された私たちは、叔母が何を思い、
何を感じて、肉体を離れていったのか、
想像するより他にない。

私は、叔母に本当に可愛がってもらったと思う。
あらゆる場面で、たくさん教えてもらったし、
たくさん助けてもらった。

訃報を知り、
私はどこからともなく受け取った。

「自分だけが、本当に自分を救える。
    自分を、好きでいてね。」

私にはまだ、受容できずにいる部分があった。
でも、もう抗っても仕方ないかもしれない。
降参して、受容してしまおうかな。

そしてとりあえず、
いつも束ねていた髪を下ろした。
小さな事だけど、くせ毛を受容した。
不思議と、かつてほどの嫌悪感はなく、
くせ毛もまんざら悪くないと思えた。

程なく、私の世界は軽やかなものに変化した。

ふわふわと、まとまらないのが私そのもの。
だから、まとめる必要もない。

よし、今回の人生は、この肉体で生きる。

その覚悟ができたように思う。

ありがとうね、おばちゃん。

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