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〈不倫の終わり〉🗝


彼と会うのを最後にしようと心に決めていた日は夕方から雨の予報だった

半年後の再会から月一のホテルデートがお決まりだった1年後の12月、上野にある中国で流行りの串焼き屋で待ち合わせた。

「中国のパートさんから人気のお店だって教えてもらったの!あっくんの好きな辛い物も、ビールもあるよ」

卓上自動串焼き機でくるくると羊肉が回りだす
日本初上陸のその機械の向こうにあっくんがいる。いつもホテルでは隣に座って飲食をしていたので、お互いに真正面に座って顔を見合って食事する事に慣れていなく、恥ずかしさと今更ながらの変な感じの新しい瞬間が混ざってた。

派手な原色のネオンの個室で、この不思議で便利な物を挟んで向かい合うのも不慣れの状態から、別れ話を切り出すタイミングを探しながらの2人きりでの2回目の外食だった。

辛い物が好きで汗をかきながら食べてる姿が愛しくて、初めて2人で恵比寿で食事をした時をふと思い出しながら、日本では珍しい味の肉を口元に運んでいて、まるで2人きりで旅先にいるかのような空気感みたいだったけど、香辛料に詳しい彼にお任せした串焼きを全て美味しく食べれた事に感謝し、綺麗に並んだ串を眺めていたらその時は来てしまった。

「凄く考えたのだけど、今日で会うの最後にしたいなと思ってる。」

「え?!納得できない」
「食事だけで会うとかもダメ?」
「連絡も?」
「例えば誰か誘って2人以外で会うとかも?」

唐突が故のやりとりの後
肩を落とし言葉を失って

「今日は言おうと思って会ってくれたんだね」

唇が開いた、その瞬間だった

個室を出ると正面の厨房入り口から煙が上がり、従業員がバタバタと炎のような光を消しているかの動作のシルエットが目に飛び込む。

「え!!火事」

満席に近い店内は少しだけざわめきつつも、店員の「大丈夫です!消えました」の声で席を立つ者は少しずつ落ち着きを取り戻し、消防隊員が到着し、安全である事が知らされた。

まさか最後にこんな事になるとはって、
何だか2人で笑ってしまったけど、お腹も満たされていたし、個室の制限時間が迫っていたので席を立った。

2階からストレートにおりる少し長めの階段をゆくと、後ろにいたはずの彼が私を追い越し目の前に立ちはだかって、長いキスをされた。

初めての時と同じで人の目も気にせず
下を絡ませながらの長いキスだった

頭が真っ白になりながらもお互いに抑えていた感情がぶつかり合っているかのようで、
こんなにも愛しい男性にはもう出逢えない事と引き換えに、この別れの意味を噛み締めなければならないのが目的だった今日と言う日を、まだあともう少しだけおわらせたくなかった。

上野の街を手を繋いで2人でホテルにむかった

手を繋いで歩きたかった事も
外食をしたかった事も
最後に全部かなった

ホテルを出たら雨が降っていた





katz maneki🗝

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