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レンガの中の未来(十二)

(十二)再起

 シノーは翌日夕方、幹部養成予備学校の前に立っていた。ドアをノックして教室へ入っていくと、そこには十数人の者が机に向かっていた。

そこに誰も知り合いがいないシノーであったが、すぐに例の女性教師と目が合った。彼女はささっとシノーに近づいてきた。

「まぁ、早速来てくれたのね。」

「はい。何時までも殻に籠っていてはいけないと思い、思い切って遣ってきました。」

「そう。前回はイリン君の事があったから試験を受ける事ができなかったけど、半年後にまたチャンスがあるわ。それまでにはそれなりの時間があるから、しっかり準備しましょう。」

「有難うございます。最初は不慣れな為種々教えて頂くことになると思いますが、宜しくお願い致します。」

 シノーはこの日から予備学校に通う事になった。

初日は夕方から夜までの時間割とその講義内容の説明、試験が近づくと模擬面談試験があるというものだった。

シノーはこれまでそういった所謂学校というものに行った事がなかった為、全ての事が新鮮であった。

 宿舎に戻ると、シノーは予備学校の事を誰かに話したくなって仕方なかった。

しかし、それは自制した。

この宿舎にいる圧倒的多数の者は、朝四時に起床して夜まで働いているのだ。

そうだ、リキッドには話そう。

沐浴中、シノーの頭の中には様々な情景が浮かんでは消えていた。

寝床に入った。

他の者達は既に寝息を立てている。

-今日は初めて予備学校という所に行ってきました。これまで体験した事がないことばかりでやや興奮しています。

-そうか、それは良かったな。

-はい。明日からも楽しみです。だって、明日からは本格的な授業を受けさせてくれるみたいなんですよ。

テキストは予備学校にあるので持ち出しは出来ないのですが、私の知らない文章や単語が目白押しで、大変興奮しました。

-良かったじゃないか。

シノーは自分の言葉を発した後に、イリンの姿を思い出した。イリンも興味がある事については、一気に話していた。兄弟というのは似るのかなとシノーは思った。

-そんなに楽しかったのか。だが、それはまだまだ序の口だぞ。

そうだ、私が一つ面白い話をしてやろう。お前には想像が出来ないかもしれないが、今の時代では性別というものが存在しないのだ。

-性別ですか?それは男と女というその性別ですか?

-そうだ。簡単に言うとだな、男には性染色体でX染色体とY染色体が一つずつ、女にはX染色体が二つ存在していた。

しかし、今の現代にはY染色体というものは存在しない。

元からY染色体というのは小さな染色体であったのだが、世代を繰り返す度に加速度的に小さくなり、ある時期に消滅してしまった。

今から三千年前だ。ややこしいんだが、お前の時代から九千年後にはY染色体は無くなっている。

三千年前から一千年前までは女性のみが存在していたらしく、どうやって子孫を残すのかという課題があった。

しかし、女性だけの社会は生殖という問題を見事に克服した。

頭脳の完全デジタル化だ。それにより、クリック一つで脳の複製、つまりは個体の複製が可能となった。

それが三大欲の一つである性欲との決別でもあった。また、食欲の克服もそうだ。食べなくても良いという選択肢の幅が拡がったのだ。

つまり、脳へ栄養を供給するシステムが構築された。睡眠に関してもそうだ。

クリック一つで、スイッチオン、シャットダウンが可能である。

しかも、脳以外の個体を持たない選択肢もあるから、疲労という概念がない。

それによって最も進歩した領域が宇宙開発だ。宇宙船での移動には時間を要する。

只、そういう性急な発展は、弊害ももたらす。これら欲が無くってしまった以上、人間は他の事で欲求を満たそうとする。

それが精神世界であり、思想的満足感だ。


リキッドは一気に話した。これから数千年経つだけで、物凄い未来が待っているという事を想像してほしかったのだ。

-余り簡単な説明ではないような気もしなくはないですが、何となくは分かりました。ということは、あなたは男でも女でもないということですかね。

-ああ、そうだ。それからミクロの話もしようか。今、お前のベッドの脇に木の葉が落ちているが、これはミクロの分子というもので構成されているのだ。

-分子ですか、それはどういったものでしょうか。

-簡単に言うと、モノの最小単位だな。これらが組み合わさってお前の身体も出来ている。試しにこの葉の最小単位の画を見てみよう。


リキッドは分子構造図を、シノーの頭に転送した。


-何やら丸いものが並んでいます。おお、しかも整然と並んでいるんですね。
シノーは、自分の眼に見えないミクロの世界が身近な所に存在している事に驚愕した。



-そうだな。これら分子構造は我々から見られるという意識や感覚は無いはずであるが、いつもこのような形を見せてくれている。

-なるほど、という事は自然は人間と違って、サボるということを知らないのかもしれませんね。

-そうかもしれない。これらびっちりと配置されている恐らく次の世代の葉の構造は前世代のものとほぼ一緒であろう。

恐らく見分けるのは不可能に近い。人間社会でも一緒かもしれない。

皆同じ行動をしていても、一部のものは異なる行動を取る。大抵は弾きだされるが、それが変化を生む場合もある。ええ、それから…。


シノーはリキッドの話に夢中になり、時間を忘れていた。そして、外では小鳥が囀り始め、薄明るくなってきた。

-あ、どうしてくれるんですか、あなたは寝なくても良いかもしれないですが、あとちょっとで起床時間ですよ!

シノーの口調は強いものではあったが、何か嬉しい感覚も含んでいた。

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