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#8 エネルギッシュなアジアの旅 マレーシアとシンガポール①

マレーシアにて

 1990年半ばは、北海道2泊3日よりアジアの旅 1週間の方が旅行代金が安かった。そしてシンガポールでは、五つ星であるインターコンチネンタルに泊まることができる。そう考えたら、北海道に行く案はまた瞬く前に消え去り、まだ行ったことのないアジアを旅することにした。

 実はこの旅は、独身最後の旅行にするつもりだった。結婚したら、そうそう海外には行けないだろう。そのことも決め手の1つとなった。

 シンガポール航空で、民族衣装サロンケバヤの美しい客室乗務員の姿を見たとき、そのエキゾチックさに、期待は最高潮に達した。飛行機を乗り換えてマレーシアのクアラルンプールに着いたのは、夕刻。ホテルに入る前に夕食をとるということで、現地係員とともにローカルな屋台村へ。牡蠣入り焼きそばが確か200円もしなかったと思う。おいしかったが、牡蠣が半なまで、一瞬「あっ」と不安がよぎった。ただ残すのは失礼だと思い、何とか丸呑みをしてホテルに行った。

マレーシア風 バクテー

 翌日から2日間、つまりマレーシアにいる時間の半分は、腹痛との戦いで、観光も現地のおいしい食事も味わうどころの騒ぎではなかった。友達は別メニューだったため、原因は食事だったのか、はたまた水当たりなのかはわからないが、現地でこんなに具合が悪くなったのは、後にも、先にもこれが初めてだった。

 3日目にはようやく体調が元に戻り、クアラルンプール市内の観光に出かけた。信号のない国道を横断しなければならなかったが、これがとてもスリリング。対策として現地の人が渡るときに、一緒に歩調を合わせて横断する策に出た。
(後年、ベトナムに行ったときには、たくさんのバイクが走る中、どこを渡っていいのかわからず、命の危険さえ感じたこともあったが… )

 ヒンズー教寺院のバトゥ洞窟では、猿に襲われそうになった。ここでは神様の使いとなっているので、野生の猿がたくさんいる。入り口付近でお菓子を持っている人や、子どもやお年寄りは狙われる。野生なので、眼光鋭く、とて怖い。
 友達と2人で行っても私がターゲットになってしまう。寺院は素晴らしかったが、もう二度と行く事は無いだろう。

バトゥ洞窟のあたり

 そして、マレーシア最終日は、マラッカ海峡へ。途中、高床式の特徴ある住宅を眺めながら進む。休憩のときに道端に生えているランブータンを前歯のかけた28歳のドライバーさんが、にんまり笑ってとってくれた。道に生えているものはみんな自由に食べていいそうである。マレー系の人はのんびりしていて、女性の方がよく働くと聞いた。考えてみればTシャツ1枚で1年中過ごせるし、道端の果物は食べ放題だし…あくせく働かなくても暮らしていける。マレーシアでも中華系の人は勤勉で財をなす人が、多いらしい。

さまざまな果物が並んでいるお店  中央がランブータン

 のどかな風景を見ながら、マラッカのセント・フランシス・ザビエル教会に着いた。そして、広々としたきらめく海へ。私はそれまでどこの海も変わらないと考えていたが、水平線の彼方までよく見渡せる、穏やかな海に感激をした。なぜなら、果てしなく広がっているから。ここからだったらどこにでも旅立てる。
かつて多くの人々もここで英気を養い,また、それぞれの目指す所に向かったことだろう。

 私は海を眺めながら自分の今後を考えた。結婚を考えている人はいい人ではあるが、私の冒険心をたぶん理解し、尊重してくれないだろう。それは単に旅行に行くとか、行かないとかそういう話ではない。
 でも、1人だったら自由だ。思い立ったら、どこにでも行ける。なぜかそう強く感じた。

黄昏のマラッカ海峡

 夏のマレーシアはフルーツ天国だった。その時食べた、マンゴスチンの香りと美味しさは格別だった。ちょうど旬だったらしく、果物屋さんでカゴいっぱい200円ぐらいで売られていた。日本に帰って冷凍ものを試したが,足元にも及ばなかった。また、マカオで見つけた時うれしくて買ってみたが、その芳醇な味はしなかった。

果物の女王といわれる マンゴスチン

 マレーシアはどこかのんびりしていて、ゴムの木など自然がいっぱいだった。隣の国シンガポールと連続して訪問したので、その違いがいっそうわかった。
 
 訪れた際には,シンガポールに比べ,物価がかなり安かった。私は、伝統的なろうけつ染の生地であるバティックを買って、母へのお土産にした。日本の布は、90センチ幅だが、マレーシアは120センチある。スカート1着分を買ったが、小柄な母はそれでツーピースを作った。とても似合っていたのに、2 、3年で見なくなったので、
「なぜかなぁ」と思っていた。最近その謎が解けた。ウェストが細くて、たぶん入らなくなったのだ。
 
 本人は、若い時から、ウェストが細いのが自慢だったから、私に入らなくなったというのが嫌だったんだろう。試しに私が着てみたら、入ることは入るが、それを着ては食事ができないように細かった。今となっては面白いエピソードの一つである。

バティックの柄の一例




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