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【連載小説】アナザー・ガール アナザー・プラネット #61.0

「彼に気に入られたみたいですね。店の人間にもそんなことするの見たことがないです」

ビギーは急に静かになり、そして鳥籠の中でゆっくり羽を伸ばした。その様子を、ドレラと僕はじっと見守った。進展も質問もなさそうだとわかると、なにかあれば、といって再び店員は去っていった。

「ビギーは本当にすごいね」とドレラは言った。

「ビギーが自由を求めていることは伝わってきたよ。はやく彼を自由にしてあげて、イギーのもとへ返したい。鳥籠を開けて、放してあげたいくらい」

「それはさすがにまずいでしょ」

「わかってる。それくらいそうしてあげたいってこと。ほんとビギー、可愛い...」

「ビギーも男の子なんですね」さきほどの店員の言葉が頭を駆け巡る。うん、そりゃ、飼い主が飼い主だもの、そうなのかもしれない。そしてドレラに目をつけるなんて、やるじゃないか。僕はドレラに懐くキバタンに少し嫉妬していた。

「さ、じゃあ目的を果たしましょ」
「なんだっけ?」
「ちょっと、大ボケかまさないでよ、動画でしょ、動画撮りに来たんでしょ」

「あ、そうだった」
すっかり目的を忘れていた。僕はズボンの右ポケットに入れていたスマートフォンを取り出し、カメラを起動させた。

僕達は鳥籠を挟むかたちで立ち、インカメラにし、位置を微調整した。
しかし、しばらくあれこれやってみたのだけれど、ビギーと僕らがうまく入らない。
「これだとうまく映らないな、もっと近づけて撮ろう。僕らは顔だけ入ればいいって感じで」

「うん」

気づくと彼女の顔が、僕のすぐ近くにあった。目と鼻の先とはこのことを言うのだろう。彼女の髪の良い匂いが鼻をくすぐった。

「もっと近づいたほうがいい?」
そう言うと答えを待たずに僕のほうへすり寄ってきた。
完全に肩が触れ合う形になり、服の上からでも彼女の温もりのようなものを感じ取った。もう少しで肌にも触れそうだ。それにより体温が2、3度上昇した気がした。

僕は左手を目一杯伸ばし、僕らとビギーが入るポジションを確認した。
「あ、これなら入る、ちょっとそのまま待って」
「うん」


スマートフォンを操作し、シャッターボタンを押した。

「動画も撮ろう」
「そうだね」
僕は返事をし、録画ボタンをタップした。

「いい?いくよ。あ、でも話すこと何も考えてなかったな。うん、ちょっと待ってね。えっと、こんにちは、いや、こんばんは?ここは日本のペットショップです。私は日本の高校生で星野キネン、と言います。隣にいるのは、えっと、どうぞ」
「あ、はい、私も同じ高校生で浅野ドレラって言います」
「イギー、えっと、見てください、ここにいるのはあなたが探しているキバタンのビギーです。あなたが困っているのを私達は知っています。
なぜビギーがここにいるのかはわかりません。でも、この子は間違いなくあなたの友人のビギーではないですか?確認してみてください」
一旦カメラをビギーに向ける。ビギーは少し不思議そうにしながらも、理解してくれたのか、首を傾げながらも、まっすぐにカメラに顔を向けてくれた。もとの位置にカメラを戻し、再び語りかける。
「イギー、見てくれましたか?今すぐにでも助け出してあなたのもとに届けたいけれど、言った通り僕達は高校生です。賢くないし、英語もできません。もちろんお金もありません。どうやってあなたに知らせればいいか考えて、この動画を撮りました。今、状況はそれほど良いとは言えません。このままでは彼は売られてしまいます。連絡待っています。

あ、言い忘れました。彼女はあなたのファンです。あなたが心の支えです。なんとかあなたの力になりたいと思っています。
ちょっと長くなってしまいました、ごめんなさい」

停止ボタンを押し、撮れているか確認した。

「うん、大丈夫、ちゃんと撮れてる」

彼女を見ると、泣いていた。

「え、どうしたの?僕なんか悪いこといった?」

「ううん、違う、なんか嬉しくなっちゃって。ありがとう、キネン君」

「いや、そんな。うん、きっとイギーに届くはずだよ」

ビギーは首を左右に振り交互に僕らを見て会話を聞いてるように見えた。

その後、簡単なメッセージも付けて送った方がいいだろうということになり、動画をキミオ君に送り、イギーへの簡単なメッセージを作成してもらうことにした。その際に彼は字幕を付け余計な部分の編集まで約束してくれた。

前回と同じように駅までドレラが送ってくれ、僕は9時前に家に着いた。門限らしい門限はないけれど、多少の小言を母に言われる結果にはなった。

夜、いや夜中に目が覚める。スマートフォンで時刻を確認すると2時を少し過ぎた時間だった。同時にメールの通知にも気がついた。それはドレラからで、キミオ君が依頼した文章と動画の編集が完了した知らせだった。仕上がった動画とメッセージも添付されている。キミオ君はものすごい早さで仕事をこなしてくれたようで、感謝しかなかった。

完全に目が覚めてしまったので、僕は身体を起こし、スマートフォンを操作した。改めて動画を再生し問題ないことを確認し、英語で書かれた文章を確認した。僕の英語力では全てがわかるわけではなかったけれど、それでも合っているであろうことはなんとなくわかった。僕は意を決して、イギーのSNS(3種類確認できている)に例の長文メッセージと動画のアドレス付きのもの、今日作ってもらったメッセージと動画そのものなど、できうる限りの形で送信した、ダイレクトメッセージには全てを、誰でも見れるものには、ダイレクトメッセージを見てほしい、と。どれか一つでも見てもらえたら、そしてやれることはやっておきたい、そんな思いからだった。

すべての作業を終え、再び横になりドレラのことを考える。触れた肩を思い出す。ありがとうと言ったときの顔を思い出す。遠くで鳥の鳴き声が聞こえた気がした。夜になく鳥などいるのだろうか?そして何を思って鳴くのだろう。

朝、目覚ましの気に障るアラーム音で起こされた。

(続く)


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