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SF小説・インテグラル(再公開)・第七話「ある女性の場合 その1」

第六話はこちら。


 インテグラルは麻薬だ……、私はそう考えています。私はインテグラル・ムービーメーカー、バージョン1発売当初からのインテグラル・フリークです。私にとってのインテグラルは、現実以上にリアリティを持った世界であり、現実以上に心ひかれる世界だったのです。
 
 バージョン1を購入して間もなく、私はそのストーリーの、自由度の高さの虜(とりこ)となり、毎夜その世界に入り込み、さまざまな恋愛やら冒険などを楽しみました。その頃のインテグラルには、プレイヤーの心理を推論する能力はなく、何かあるごとに物語を中断し、この先どのような展開を望むかをプレイヤーに質問してきたりして、興をさまされることもしばしばありましたが、それでも私は楽しかった。夢中で「インテグラル世界」を探索し、そのすべてのイベントを体験しようと躍起になりました。
 
 そして、バージョン1の世界の探索をほぼ完全に終えたところで、バージョン2が発売され、私はそれを購入したのです。
 
 バージョン2では、バージョン1の欠点であった、プログラムからプレイヤーへの問いかけが無くなっていました。インテグラル・バージョン2には、プレイヤーの身体機能の変化をスキャンすることで、プレイヤーの心理を推論する能力が追加されていたのです。そしてそれに加え、バージョン2では、多くのフィールドとイベントが追加されました。私は再び、インテグラルの世界にのめりこみました。
 
 そしてバージョン3で追加された機能は……、前回プレイした内容を保存しておき、その続きをプレイできるという機能でした。これにより、「インテグラル世界」の探索の効率は飛躍的に高まりました。一日に二時間プレイすると、その世界から強制排除されるという制約により、バージョン2まではある程度以上のところまで、話を進めることが困難でした。バージョン3にもその制約はありましたが、新たに追加された保存機能により、私はインテグラル世界の奥深くに潜む、いくつかの謎の答えに初めて到達することが出来たのです。
 
 
 その一つが、「インテグラル世界」の地底深くに存在すると噂されていた、会員制の図書館でした。その入り口は、町から遠く離れた、荒地の真ん中に隠されていました。そこから長い長い道を下ると、暗闇の中に、彫刻をほどこされた白い門が荘厳にそびえ、その向こうに、巨大な図書館がたたずんでいました。
図書館の中は薄暗く、ひんやりとしていました。そこには、私以外には誰もいませんでした。噂によればその図書館には、かつて人類の記したありとあらゆる書物が、「本」という形で再現されている。そんな噂が真実であったことを知り、私は歓喜の声をあげました。何万冊、何億冊、あるいは無数とも思える本たち。その硬い背表紙、手にしたときのずっしりとした重み、そして、ページを開いたときの、時間を感じさせる懐かしい香り……。それから数日の間、私は書棚の間をさ迷い、収められた本たちのタイトルを、心の中で読み上げていきました。丁寧に、心を込めて。この巨大な図書館に所狭しとおかれた本たちの一冊一冊、そのすべてが、かつて地球に生きていた数多くの人間たちによって、長い年月をかけて書かれたという事実に、私は半ば恍惚としながらも、反面大きな畏怖も感じました。人類とは、人類の英知とはそして人類の欲望とは、なんと果てしないものであろうと、私は震撼しました。
 
 それからしばらくの間、私はそこで、誰とも会わなかったのだけれど、一週間ほど経ったころ、突然黒いスーツを着た一人の紳士が現れ、私にこう言いました。
 


「こんばんは。私はここの図書館員ですが、今日はどのような本をお探しですか?」
 
 いえ、別に……、と私は答えようとしましたが、少し考えたあと、こう言いました。
「神について書かれた本を……」
 
「神?」
図書館員と名乗った男は、私の言葉を聞いて、にっこりと笑いました。
「神、というのは、あの三人のことですか?」
「はい」
「わかりました。では、こちらへ」
 
そう言って彼は、私をある棚の前に案内しました。
「これは……」
「インテグラル世界についての書物が、ここに収められています。インテグラル世界のマスター、アラン、ニルス、ン・ケイルについての本は……、これです」

彼は一冊の黒い本を棚から抜き取り、私に差し出しました。私はそれを受け取りました。ずっしりと重く、黒い本。その表紙にはタイトルが描かれておらず、帝国の巨大な紋章だけが、金色の糸で美しく刺繍されていました。

(続く)


解説(ネタばれあり):

ここから、3話連続する「ある女性の場合 1,2,3」が始まります。

実は作者である私としては、一番じっくりと味わっていただきたいのが、この3話です。なぜかというとそれらは、

未来の、非常に特殊な女性が体験した出来事を、極めて正確に端麗に、文学的に記録した「私小説」を目指して書いてあるからです。あれこれトリックやギミックを配置した「インテグラル」という作品においては、この3話だけは「真実」。

ただし、その真実もただの「主観」であるため、何が真実かを読み取るにはさらに超絶的な読解力が必要になる、という非常にやっかいな構造となっています。

さらにネタバレしておくと、こうなります。
「すみませんこの小説、完全に矛盾がないようにするような考察はしていないため、矛盾ありありで、なので真実なんて考察では図りえない、それこそ夢の中をさまようような小説で、作者である私自身が、今読み返していてあれこれ混乱しております(困惑。ただ、この作品で一番味わっていただきたいのはこれらの3話であるのは事実。他のあれこれの情報は蛇足として、これら3話と、あとは最終話である第二十二話を味わっていただけるとありがたいです」

「ある女性の場合1~3」は、未来世界において歴史的な事件が発生した中、それとは知らずとある女性が体験してしまった出来事を、文学的な視点で描くもの。「未来世界のとある女性になりきり」、「その女性が描いた私小説を味わう」、という、超絶的なアクロバットを読者に強いるのがここからの3話。

「は? そんなこと俺になんの関係があんの? 知らねえよ!」

と、おっしゃられるような方、すみませんでした。私の目指すもの、私のやりたい実験が、あなたの望むものとは違っていたようです(ぺこりんこ。

なおこの作品では、「各話ごとに主人公が違う、文体も違う、なんならジャンルがエンタメになったり歴史ものになったり私小説になったりする」、というトラップも、そろそろわかりやすく発動してきています。

そんな作品にどういう意図があるのか。

そんな作品を読むことで、どういう達成感が得られるのか。

それに関してはまだ、教えてあげないよ、ジャン!。

次回はこちら。

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