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『ああ砕け散る 運命の星たちよ』

 ——信州安房峠(あぼとうげ)、標高1800mから見上げた夜空。プラネタリウムの様にひしめく満点の星空に、ひと際明るい光彩を放つ青い宝石の様な数個のかたまりを見つけた。それは六連星(むつらぼし)・昴だった。
                     —エッセイ 粋人と水ボタルより—

 初めて肉眼で見た「昴」はどの星よりも艶やかに瑠璃色に輝き、古より文人を魅了して来た理由がその時解りました。昴とは和名で、六連星はその別称。正式にはプレアデス星団と呼ばれ、お互いの重力によって星団を形作っている百余りの若い星々の集まりだそうです。
 青白く強い光を放つのは高速度の核融合反応のためで、若いにも関わらず星自体の寿命は驚くほど短く,やがては銀河の内側に向かってバラバラにに散ってゆく運命にある様です。

 このほど亡くなった谷村新司さん作詞作曲の「昴」の中で歌われる
『ああ 砕け散る運命(さだめ)の星たちよ……』
『名もなき星たちよ せめて鮮やかにその身を終われよ』
 この二つのフレーズはそうした昴の運命からインスピレーションを得た事は間違いありません。作詞当時の背景を重ねてみなければ深い意味はくみとれませんが…。

 また、プレアデス星団は宮沢賢治の「銀河鉄道第三次稿」…書かれている内容を異にする原稿…の終わりにも登場します。
 旅の終盤、ジョバンニが「カンパネルラ、僕たち一緒に行こうねぇ」とふりかえった時、カンパネルラの姿はもうありませんでした。泣き叫ぶジョバンニを嗜める様に現れたブロコニロ博士がカンパネルラの死を告げた後、こう言います。

「…あすこにプレシオスが見える。お前はプレシスオスの鎖を解かなければならない」  

 賢治はよく「造語」を使った事から、ここで言うプレシオスとはプレアデス星団ではないかとされています。
 それでは「プレシオスの鎖を解く」とはど言う事なのでしょうか。
 親友の死を受け入れることが出来ず、幸せを探しにどこまでも一緒に行こうと約束した事に固執しているジョバンニへの導きであり、現世の切符を持っているジョバンニこそがカンパネルラや汽車に乗り合わせた人々(死者)の為にも、幻想の世界ではなく現実の世界で幸せを見つけるべきだと言う諭しなのです。
 プレシオスの鎖を解く——と言うことはその固執を解き放つ事に他なりません。ジョバンニは自分の為に、母親の為に,死んだカンパネルラの為にも本当の幸せを探すと心に誓いました。
 そう誓った時、マゼラン星雲が地平の向こうから青いのろしの様に現れ…………光続けた…と表現していますが、マゼラン星雲は南半球でしか見ることが出来ません。天の川銀河とその両岸に広がる星座にとどまらず宇宙を知らなければ、そして星々との交感を持たなければ描き得ないものを、物語として書き描いた賢治の博識と情感には驚くばかりです。

 谷村新司さんの「昴」の歌詞には「我は行く」という表現で、夢を求めて出立の決意が幾度もリフレインされますが「本当の幸せを求めてまっすぐ進みます」と決意したジョバンニの言葉と付合してはいないでしょうか。いずれも硬く結ばれた昴からの旅立ちです。


 秋の深まりと共に「昴」は宵の口の東の空に、瑠璃色の神秘な光を放つようになります。
 谷村新司さんへの追悼、そして宮沢賢治の世界観に浸りながどうぞ星々との交感のひと時を………。

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