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恋慕


さて、日の元で彼に会えるようになると、

ここに発散せずとも気持ちが落ち着いてくるもので、

あっという間に時間が経っていた。


無論、気持ちが落ち着いてくるというのは、

彼本人に気持ちを存分にぶつけられているから私の心のコップは表面張力を保っている

という意味である。


そんな今回の内容は、彼に恋をし、告白するまでの

いわば私史上最後の甘酸っぱい片想いの回想となる。


いつかの記事に彼との出会いを綴ったが、

話はそれから二年過ぎた高校最後の夏の暮れのことである。


丁度今時分の暑さ残る季節。


高校最後の文化祭の準備、大学受験の真っ只中、

ひょんなことから彼と再び接点を持つようになる。


今ではすっかり懐かしいm◯xiで、

たまたま彼のページが目に入った。

自己紹介を読んでみると、なんと、私が中学の頃から愛してやまないアーティストが好きだと書いてある。


今ではあちらこちらにファンがいるようなアーティストだが、

その当時はまだ学年に4〜5人いるかどうか程の認知度だった。


そんな貴重なファン仲間がこんな身近にいようとは…っ!!!


ということで、部活に遊びに来ていた(彼の大学が高校の近くだったためしょっちゅう来てはトレーニングをしていた)彼に思い切って声をかけた。


これが無ければ今の私たちは無いのだから、

そのアーティストには感謝しても仕切れない(一生ついていきます結婚式も曲流します)。


彼の在学中には挨拶を交わすだけの先輩後輩関係だった訳だから、

かなり挙動不審に声をかけただろう。


  先輩、○○お好きなんですか?! 

  実は私も大好きでして先輩がお好きだと知って嬉しくて…

  あ、新曲出ましたよね!もうフラゲしましたよ!

  先輩ももう持ってますか?!


といった内容を2秒で捲し立てて話した記憶が微かにある。


先輩(彼)は、少し呆気にとられたような表情を一瞬見せたものの、

一拍置いて返事をくれた。


  俺最近好きになったんだけど、ライブ観るのが好きで、

  DVDばっかり買ってるよ。

  新曲はまだ持ってないんだよね。

  良かったらDVD貸そうか?


…はい、もう素晴らしい提案。

そして古参のファンを刺激しないように、

最近好きになったとわざわざ申告する辺りの配慮ができすぎている。


ファン仲間として会話できたことに興奮していたその頃の私は、

後に彼に恋するとは思ってもいなかった。


それから少し肌寒くなってきた頃、

私は部活最後の大会と、指定校推薦で決めた大学の入学金を貯めるためのバイトでなかなかに忙しい日々を送っていた。


先輩に借りたDVDも観れず、申し訳ないと思いつつ、

なかなか返せずに1ヶ月程経った頃、先輩から連絡が来た。


  DVD観れた?


…すみません観れてません最早開けてすらいません。


正直にまだ観れてないです、今週中に観ます!と伝えてなんとか二枚組のDVDを観終わったことを連絡した。

するとすぐに返信が来て、その内容が衝撃だった。


  電話番号教えてもらってもいい?


それだけが書かれていたのである。

DVDに触れずそれだけ。


若干17歳のうら若き乙女()はドギマギしつつも、

番号をポチポチ打ち込んでメッセージを送る…


この時はまだmi◯iのメッセージでやり取りしていた。


程なくして、見慣れぬ番号から着信アリ。


すぐに出た方がいいと思いつつ第一声をどうすべきが悩み、

6回ほど着信音を聞いたところで意を決して電話に出た。


…も、もしもしっせ、先輩でしょうか?!


今もそのことはよく覚えている。

部屋の中をウロウロして、服の裾を無駄に引っ張ったり、

しゃがみこんだり、ぬいぐるみを抱きしめたり、

壁に頭をぶつけてみたり。

とにかく耳に伝わる先輩の声が低く胸に響いて、

耳がこそばくなるような感覚がした。


声フェチの私にドンピシャな声色だったわけである。


そんな声色にソワソワしていると、


  今日、これから時間ある?


え、今から先輩に届けに行くには電車で30分ほど、、、

夕方近くだから家出にくいなぁ、、、


  もし大丈夫なら、そっちまで行くからどの辺りか教えてほしい。


は、、、?

長いこと借りっぱなしだった奴のために、

取りに来てくれるだと、、、?


しばらくフリーズしてから、いやいやそれは申し訳なさすぎると我に返った。


  いや、先輩、私がそちらへ行きますよ?!

  借りっぱなしだったの私ですし!

 

  いや、もう夜になるし俺が行くよ


…しばらく押し問答をした後、結局彼が来てくれることになったのである。


まずは父親に 先輩に借りっぱなしのDVD返しに出かける と伝えて、

ソワソワする気持ちを持て余したまま部屋をウロウロ。

ハッと我に返り、こんな服装ではまずいと、

適当すぎず、でもめかしこみすぎてない服に着替えてスタンバイ。


最寄駅で待ち合わせ。

先輩が来るまでには居ておこうと、家から5分の駅に待ち合わせ時刻20分前に到着。

そろそろ分厚いアウターが必要になる季節だなと、

無意識に擦り合わせた手のひらに感じた。


程なくして、伝えてもらっていた先輩が乗っているであろう車が道路の反対側に停まり、

想定通り先輩が降りてきた。


  先輩、こっちです!


その声に先輩が振り向き、歩いてくる。


  待たせたね、ちょっと寒いし何か飲もうか。


と、流れるように自販機の前でそう私に話しかける。


この一連の出来事が当時の私にはとてもスマートな大人に感じ、

またそんな扱いを受けたことがなかった私には刺激が強かったんだろう。

 

  いや、もういけますいけます。

  全然喉乾いて無いんで!


可愛げのかけらもない。

体育会丸出しの返事に我ながら呆れた。


  そっか、じゃあ俺の飲み物選んでもらおうかな。

  コーヒーかココアどっちが好き?


  ココアが好きですね!


  ピッ。


  はい、どうぞ。


?!?!?!


頭の中はハテナだらけ。

あくまで私に気を遣わせまいとしたその対応だったんだろうけど、

余りにもスマート!

余りにも自然!!!


こんなのときめかないわけないじゃないか…


と、心臓がうるさく鳴り出したのを今も覚えている。


その後、小一時ほど立ち話をしたが、

内容はほぼ覚えておらずただただ心臓がうるさかったな、と。


それでも鮮明に記憶しているのは、

先輩にDVDを無事に返して、さようならをした帰り道で、

無意識に先輩の声や仕草を思い返している自分がいたことである。



これが後に世界一大好きになる彼に恋をした日の思い出である。





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