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2022年のOnアスリートの展望と新スパイクの開発

(トップ写真:https://www.on-running.com/より引用

2022年1月11日に、今年の中長距離で「プーマとオンの時代がやってくるであろう」という趣旨のツイートをした。

ということで今回はオンについて書いてみる(記事執筆は2月上旬)

オンはマラソン選手も契約選手が多くいて、英国のクリス・トンプソンはユージン世界選手権の英国代表に内定しているがクラウドブームエコー3.0はそこで見れるだろう(夏に発売か?)

オビリを含むトラックの契約選手はオンのスパイクをこの夏の世界選手権で存分にアピールするのではないかと思う。

OACの創設と五輪/室内大会での活躍

オンは2020年にコロラド州ボルダーを拠点とするOAC(オンアスレチッククラブ)という陸上中長距離のプロチームを創設。コロナ禍初期にパンデミックが世界中で起きていた頃、各ブランドは店舗の売上が低下し、そのこともあって北米においての陸上のプロ契約市場が渋っていた時期である。

2020年の暮れに、五輪の4年サイクルでの契約期間を終えたナイキ契約の選手たちの幾らかがナイキと再契約できず、他のブランドとの契約を選んだりノースポンサーになっていた。そういった最中、オンは逆に陸上中距離のプロ契約市場において大きな投資に出る。

オンの北米におけるスポーツマーケティングの要は2人。元オレゴントラッククラブで1500m 3:30.90の記録を持つアンドリュー・ウィーティングが2019年8月からオンのスポーツマーケティング部で勤務。また、2020年4月にはブルックスの元スポーツマーケティング責任者でプロ中距離チームのBrooks Beastsのテコ入れを担当していたスティーブ・デコーカーがオンに引き抜かれた。

このようにして、アメリカのプロ陸上チームに携わった2人がOAC創設のための選手のスカウト業務やコーチ招聘を担当。そして、OACのコーチに就任したのは、かつてはオレゴンプロジェクトの所属選手として世界ハーフ銅メダルと5000m12分台を出した“リッツ”ことデイゼン・リツェンハイン。彼は選手としても一流であるが、マーク・ウェットモア、ブラッド・ハドソン、アルベルト・サラザール、ハンソン兄弟といった名コーチたちの指導を受けた経験があり、そこで様々なエッセンスを吸収しているコーチだ。

2020年秋時点のOACの初期メンバーの選手8名(男子4名/女子4名)は皆NCAA出身の北米拠点の選手であり、2021年にOACに加入した3選手も同じくNCAA出身。OACはボルダー拠点であるが、コーチのリッツを含めてコロラド大出身者が3名(J.クレッカー、S.ハータ)ウィスコンシン大出身者も3名いる(O.ホア、M.マクドナルド、A.モンソン

OACのすごいところは、現在の11名のメンバーのうち、8名が全米学生選手権の優勝経験があることである(DIだけでなくDIIの大学出身の選手を含む)つまり、アメリカの大学トップのドラフト上位クラスの選手にオンは多額の投資をしていることを意味する。

そのようなエリート集団ともあって、11名のうち5名(クレッカー、ホア、マクドナルド、モンソン、コニエチェク)が東京五輪に出場した。2022年にはアメリカで史上初の屋外での陸上の世界選手権が開催されるが、OACの選手たちが旋風を起こすかもしれない。

そのサインとなったのが2022年1月下旬のミルロースズゲーム。A.モンソンが女子3000mで8:31.62(全米歴代5位)の好記録で優勝。O.ホアは男子1マイルで東京五輪1500m銅メダリストのJ.カーに競り勝って優勝。そして、G.ビーミッシュは男子3000mで鮮やかな最内をつくラストスパートを見せて、その後にウイニングランを飾った。

このようにミルローズゲームというアメリカ最大クラスの室内大会において中距離3種目でOACの選手が優勝を飾ったことはセンセーショナルかつ印象的なことだった。


室内大会で脚光を浴びたオンの新しいスパイク

OACが2020年夏に結成された時点で、すでにクラウドスパイクシンカ(中長距離用)とクラウドスパイクトーカ(短距離用)というスパイクをオンは完成させていたが、それらのスパイクが販売されることはなかった。

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現在では短距離用のクラウドスパイクスプリントが新たに開発されているが、先ほどの室内大会で脚光を浴びたのが中距離用のクラウドスパイク1500mと長距離用のクラウドスパイク10000mである。

【クラウドスパイク1500m】

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・5本ピン
・厚さ20mm未満
・ミッドソールのフォーム、プレートの有無など内部構造は不明

【クラウドスパイク10000m】

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・6本ピン
・厚さ20-25mm
・ミッドソールはPebaxフォームを採用

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(写真はhttps://www.on-running.com/より引用

クラウドスパイク10000mは長距離用ということで全体的にクラウドスパイク1500mよりも分厚く、特に前足部のボリュームがある。カラーはどちらもオンらしいホワイト / ブラックカラーでデザイン性が良い。Pebaxフォームを採用しているということで、これまでのオンのシューズとは違ったパフォーマンスに特化した中厚底スパイクである。

名前はそれぞれ1500mと10000mとあるが、それぞれそれよりも短い距離でも使用できるスパイクだと思う(↓モンソンは女子3000mでクラウドスパイク10000mを履いて8:31.62の好記録で優勝)

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(Twitter:Dathan Ritzenheinのツイートより引用)

中距離用スパイクは○○MD、長距離用スパイクはメタスピードLD 0のように○○LDといった名前になることがチラホラあるが、オンのスパイクに1500mや10000mと名付けられているのは、OACに1500mと10000mのスペシャリストがそれぞれいることにちなんでいるのではないかと思う(コーチのリッツも10000mで5回の世界大会出場を経験している)

LRCの記事によると、今回男子3000mで優勝したビーミッシュは試合の週に初めてクラウドスパイク1500mを試したそうで、それまで履いていたスパイクを履くかどうか迷ったそうだ。しかし、レースではクラウドスパイク1500mを履いて鮮やかにラスト100m12.6の驚異的なラストスパートを決めてみせた。

また、男子1マイルで優勝したホアのサイズのクラウドスパイク1500mは用意できていなかったようなので、コロナ禍では新製品やサンプル品の供給がまだまだ安定していないと思われる。

2月中旬の室内大会を見ていると、オン契約の欧州の中距離選手の数名(2022年から契約した選手たち)はまだオンのスパイクを履いていないので、新スパイクの生産が安定していないと思われる。

とはいえ、今後、オンは米国での室内大会での成功を受けて新スパイクを発売するまでのプロセスでうまくプロモーションしていくだろう。


世界王者オビリのOAC加入とオン契約のロード選手

今年に入ってヘレン・オビリがオンと契約して将来的にOACに加入するというニュースがあった。

オビリは5000mで世界選手権を連覇。また、リオ、東京五輪で連続で銀メダルと女子トラックの現役最強クラスの選手であるが、それまでに契約していたナイキとの契約を終えて、今回新たにオンと契約。

これは彼女のトラックでのキャリアが終わって、主戦場をロードに移すということでもあるが、そこで大きなディールを果たしたのがオンだった、というわけだ。これまでケニア拠点だった彼女は今後家族でのアメリカ移住(ボルダー)を予定しており、ビザが発行されればOACでトレーニングを積む。

これによって、OACはアメリカの選手だけでなく、オーストラリア、ニュージランド、メキシコ、スペイン、ポーランドそしてケニアの7ヵ国の選手が在籍することになりグローバルなチームとなる。

オビリは2021年4月に初ハーフを走って1:04:51の好記録をマークしているが、2月19日のRAKハーフでは1:02:22の自己新で2位。3月28日のイスタンブールハーフではオンの新しいクラウドブームエコー3.0のプロトを履いて1:04:48で優勝。

オビリは当初の予定を改めて、今年の夏のユージン世界選手権ではトラック種目で出場する意向を示しており、初マラソンは2023年に走る予定。今後、彼女がどんなパフォーマンスを見せてくれるだろうか。

元ナイキの選手を引き抜いたという意味では、2021年のベルリンマラソンで3位に入ったヘレン・ベケレ・トラも2021年からオン契約である。彼女も元々素晴らしい実績を持っていたが、OACだけでなくこのように次々とロードの大物選手とも契約していることが印象的である。

オン契約の選手ではイギリス代表のクリストファー・トンプソン、スイス代表のアブラハム・タデッセ、アメリカ代表のジェイク・ライリーが東京五輪の男子マラソンに出場しており、同じく東京五輪に出場したOACの5選手を含めてオン契約の中長距離選手が今後もジワジワと国際大会で存在感を出してくるだろう。


ベン・フラナガンのVNTC加入とクラウドブームエコー3.0?

もう1人、オンと契約した将来有望な選手をあげるとしたらカナダ人のベン・フラナガン。彼もOACの選手と同じようにミシガン大在学時に全米学生選手権で優勝しており(10000m)2021年まではリーボックの契約選手だった。

彼はミシガン大出身で、プロになってからリーボックのプロチームが拠点を置くボストンで暮らしていたが、オンとの契約を持って地元のミシガンに戻った(彼はボルダーのOACには加入していない)

そのミシガン州のアナーバーという街では名将のロン・ワーハーストが率いるベリーナイストラッククラブ(VNTC)に加入し、これからオリンピアン達(ニック・ウィリスメイソン・ファーリク)と練習を共にするようだ。

フラナガンは5000m PBが13:20.67と、この種目でも世界大会出場を狙えそうだが、オンと契約してからの初レースとなったヒューストンハーフで初ハーフを走って1:01:38をマーク。ファルマウスロードレース(11.2km)やマンチェスターロードレース(7.6km)という全米でもそこそこのレベルのロードレースで優勝しているので、昨年の夏以降は今後はロードに軸足を置いていきながら10000mにも出場するという感じになるのだろうか。

フラナガンの1月下旬のインスタグラムの投稿ではオンの新しいシューズをロードで試しているように見える投稿があった。

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オンがPebaxフォームをスパイクに採用したことや、世界陸連の承認シューズリストに3/6からクラウドブームエコー3.0が登録されていることなどから考えると、今後ロードのレーシングフラット / カーボンシューズのラインナップにそういった高反発フォームのシューズが加えられる日が来るかもしれない。今後が楽しみである。

(イスランブールハーフでオビリがクラウドブームエコー3.0を着用)

★ クラウドブーム → クラウドブームエコー(2.0の位置付け)→ クラウドブームエコー3.0

また、オンはクリーンクラウドという環境配慮のEVA成型技術(排気ガスに含まれる二酸化酸素を使用)を開発し石油系資源からの脱却を図る。そして、月3,380円のサブスク方式で入手できるクラウドネオという、サステナブル素材で作られた新しいシューズもラインナップに加えている。


ケニア人で構成されたオンのプロトレイルチーム

オンには陸上中長距離の契約選手だけでなく、ウルトラマラソンの石川佳彦(IAU24時間走世界選手権優勝)やトライアスロンのニコラ・スピリグ(ロンドン五輪金,リオ五輪銀,東京五輪6位)といった世界チャンピオンがいる。

ウルトラマラソンへのアプローチとして、オンは2022年にロサンゼルスとラスベガスの砂漠を走るスピードプロジェクト2022の女子選抜メンバーを募集している。また、その他の種目として陸上短距離の契約選手もいる。

日本のOnアスリートでいえば、石川の他にもサイラス・ジュイが2021年のITJ Around Alone 28k 男子で優勝するなど活躍。日本のトレイル界でもオンの契約選手が存在感を発揮している。

ジュイといえばケニア人ランナーであるが、オンとケニアの関係性といえば、テグラ・ロルーペの難民へのスポーツ支援が挙がる。

高橋尚子の女子マラソン世界記録更新よりも前に世界記録を持っていたロルーペであるが、選手引退後に五輪の難民選手団の団長を務めるなど母国のケニアや地元で難民へのスポーツ支援活動をしており、その活動を支援しているのオンである

その他にもケニアでオンが進めているプロジェクトは長距離の聖地イテンに2021年創設のプロトレイルチーム:ミリマリトレイルランナーズである。

Milimaniとはスワヒリ語で「山の中」という意味がある。ミリマニトレイルランナーズは名前のまま、ケニアのトレイルチームということだ。簡潔にまとめると、オンがスポンサードするミリマニトレイルランナーズは、冒頭のOACのようなプロチームの「トレイル版」であり、2022年以降にトレイル界に旋風を起こすことを目標としている。

コーチはマラソンで2時間16分の記録を持つフランス人のジュリアン・リヨン。2020年のITRAの調査によれば、トレイルランナーの約65%は彼のように欧米人であり、アフリカのランナーの参加率が少ない。ケニアのイテンを拠点に置くケニア人ランナーがトレイル界に本格的に参戦すれば見所が増えると予想できるが、今年の夏のSierre-ZinalとUltra-Trail Monte Rosaでのトレイルデビューに向けて選手達はイテンで練習を積んでいる。

ミリマニランナーズは男子4人、女子3人のメンバー。かつて世界のロードレースを転戦していたベテラン選手か、若手の実績がまだそこまでない選手達で構成されている。2021年暮れの欧州でのロードレースではハーフマラソン欧州記録保持者のジュリアン・ワンダースを破った選手が2人おり、トレイルチームながらにしてかなり高い走力を持っていることがわかる。

彼らの日頃の練習例として:
(標高2,100mで)6kmテンポ走2:55/kmペース
+3(1000m2:45 / 500m1:19 / 200m27")というハードなものである。

彼らがトレイル界でどれぐらいの活躍を見せるかが注目であるが、今後さらなる盛り上がりを見せるかもしれない。

今回はオンの契約アスリートたちや新スパイクについてピックアップしてみたが、このようにロードレースだけでなく、トラック種目やトレイルにも本格参戦してくることでオンの本気度がよくわかる。

2022年はオンの1年になるかもしれない... On Fire🔥🔥


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