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食べログ逆転勝訴報道だけではわからないアルゴリズムvs公正取引委員会の今後



食べログ訴訟の控訴審判決が出たが…

数日前にフォートナイト訴訟の件をnoteに書いたばかりですが、


1月19日には再び(今度は国内ですが)、独占禁止法に関する注目の訴訟について控訴審判決が出ました。

「食べログ」がアルゴリズムを不当に変更したために評価点が下がったことが客足に影響し大きな損失を被ったとして焼き肉チェーン店の運営会社がカカクコムに損害賠償を求めた訴訟です。


食べログの勝訴!と単純には割り切れないかも

今回の控訴審(東京高裁)判決は、食べログの独禁法違反(優越的地位の乱用)を認定して3840万円の賠償を命じた一審(東京地裁)判決を覆し、焼肉チェーン側の訴えを退けるものとなりました。

これを受け、大手新聞のサイトには「食べログ逆転勝訴」といった見出しが並んでいるのですが、


個人的にはこの話、単純に「食べログ(カカクコム)の勝訴!」ととらえることはできないと思っています。


※ちなみに本件判決に関する原告(焼肉チェーン)と被告(カカクコム)のコメントは、NHK記事によれば下記の通りです。

原告「判決は大変遺憾 強い憤り感じる」上告する意向
逆転敗訴となったことについて、原告の「韓流村」の任和彬代表取締役は、会見で「不当に点数を下げられたほかのチェーン店にとっても残念な結果で、衝撃的だ。システム変更後のおよそ5年間で28店舗のうち、19店舗が赤字が続いて閉店に追い込まれた。判決は大変遺憾で、強い憤りを感じる」と述べ、最高裁判所に上告する意向を示しました。

食べログ運営会社がコメント「当社の主張正当と認められた」
判決について食べログの運営会社「カカクコム」は「食べログのアルゴリズム変更に違法性がないことが確認され、当社の主張が正当だったことが認められたと考えている」などとコメントしています。


損害賠償請求が認められなかった=敗訴とは言い切れない

カカクコム側の「逆転勝訴」と報じられている大きな理由のひとつは、一審では認められていた損害賠償が控訴審(二審)では認められなかったことにあるでしょう。

ですが、独禁法訴訟における損害賠償請求は、もともとかなり難しいと理解しています。というのも、損害賠償請求においては、損害の存在やその金額を立証するのは原告側(この場合は焼肉チェーン店)の責任となってしまうのですが、その証拠を手に入れるのは至難の業なのです。

※実際、原告(焼肉チェーン)側の勝訴とされた一審判決でも、実は、損害賠償額については大幅に減額(約6億円→3,840万円)されています。

独禁法違反での損害賠償請求はそもそも無理ゲー要素が強いため、この件だけをもって原告側の敗訴とするのは違うのではないかなと思うのです。

日経電子版 2024年1月19日
「食べログ」逆転勝訴、アルゴリズム変更は妥当 高裁判決


アルゴリズム変更に関する違法性判断の根拠は一審と異なっているように見える

カカクコム側の「逆転勝訴」が報じられているもうひとつの理由は、被告のアルゴリズム変更について、控訴審が(一審とは異なり)「独禁法違反にはあたらない」と判断したことでしょう。

ですが、これについても、実は一審と控訴審(二審)とでは微妙に異なる判断をしているのではないかと考えられます。

朝日新聞デジタルの記事で筑波大准教授の平山賢太郎弁護士がコメントしておられるように、

高裁判決は、食べログが優越的地位にあり飲食店に不利益を与えたと認定した。食べログ側が一定程度内容を開示したアルゴリズム変更を「チェーン店の評点調整」だけでなく他の調整とまとめて包括的に検討した。結論は逆転させたが、変更に合理性がなければ違反になり得ると示したと言える。

一審では、カカクコム側がアルゴリズムに「チェーン店ディスカウント」を付していたことについて絞って判断されていたのですが(詳しくは、こちらの法律事務所さんの記事をお読み下さい)、なぜか控訴審(二審)では、アルゴリズムの違法性を判断する根拠を広げて(「『アルゴリズムの定期的な見直しや、それに伴い評価点が変動することはサイト上で公開されており、飲食店側も認識し得た』と指摘)」判断しているんですよね。。。

判決文が入手できないので正確なところを申し上げることはできませんが、各報道を見ていても、ここは一審と違う根拠で判断していると読めました。

原告側が準備した「チェーン店ディスカウント」についてのプレゼン資料がこちらのページ下部から入手できます。ご興味あるかたはご参照ください。


重要なのはアルゴリズムに「不当な差別」が存在したか否か

実は、一審裁判にあたっては、裁判所が公正取引委員に対して意見を求め、これに対して公正取引委員会は「公審第650号」文書を提出し、書面で回答しています 。

この文書の中で公正取引委員会は、独占禁止法の趣旨及び判断基準のひとつとして差別的取扱い」とは何を指すのかについて丁寧に解き、「不利益」や「不当」はこの文脈で判断されるべきことを説明しています。


公正取引委員会がここまで本件訴訟に力を入れた(協力した)理由は、彼らが近年、IT技術を使った独禁法の摘発ノウハウを手に入れようとしているためだとの指摘もあります。

今、食べログの評価点に限らず、さまざまな分野でアルゴリズムによる評価がなされるようになっています。そこで新しい社会問題になりつつあるのが「点数化による差別」です。

みなさんよくご存じの事件から話を始めます。複数の医大で入試の際に女性の点数を意図的に下げて不合格にしていたことが問題になりました。

実はこの問題、食べログ問題と同じだと言ったらどうお感じになるでしょう。医大入試の場合は出願者が「女性である」ことで点数が下げられました。韓流村の主張によれば「チェーン店である」ことで点数が下げられた。医大は教授会でそう決めて、食べログはブラックボックスのアルゴリズムがそうなっている。

ここが実は問題で「女性であるから差別された」というようなことは発覚しやすいのですが、アルゴリズムによって差別が起きるとそれは発覚も証明もしづらいのです。

2022年6月18日 東洋経済ONLINE
食べログ点数訴訟に連なる「AIによる差別」の恐怖

アルゴリズムの問題は欧州連合(EU)などの競争当局も近年注視しているテーマだ。アルゴリズムを使ったランキング付けや価格設定などがデジタル市場への影響力を強める一方、外部からの検証が難しく透明性や公正さへの疑問も指摘されているためだ。

欧州委員会は17年グーグルに対し、検索エンジンのアルゴリズムが自社サービスを不当に優遇しているとして24億ユーロ(約3200億円)の制裁金を課した。英国やドイツ、オランダなどの競争当局もここ数年、アルゴリズムが競争環境に与える問題について相次ぎ調査をしている。
(中略)
動きが速いデジタル分野では競争当局は後手に回りがちで、民間同士で訴訟をした方が早い場合がある。慶応大非常勤講師で元公取委審査局長の山田弘氏は「欧州の当局も民間の訴訟を活発化させようとしている。公取委も独禁法執行の幅を広げる狙いがあるのだろう」とみる。

日経電子版 2021年10月30日
グルメサイトで評価急落、独禁法違反の恐れも 公取見解


「アルゴリズム/AIがもたらす競争上のリスクに関していち早く知見を集積し、適切に対処していかなければならない」

公正取引委員会は、今、来るべきビッグテックとの(事前規制を含む)対決に向けて精力的に動いているように見えます。

2023年10月には、公正取引委員会は、巨大IT企業からの人材引き抜きに乗り出していることが報道されていました。


人材獲得は重要です。かつては立件が難しいと言われたGAFA向けの(反トラスト法)訴訟が2021年頃から急に増えたのは、過去にデジタル広告企業の幹部であった人物が反トラスト法研究者となったことがきっかけとの報道もありました。

2021年10月の時点で、公正取引委員会の委員長は記者との懇談会で次のように述べています

3月には,「デジタル市場における競争政策に関する研究会」が,アルゴリズム/AIと競争政策を巡る課題・論点について報告書をまとめました。アルゴリズム/AIは,デジタル市場におけるイノベーションの鍵となる技術であり,多くの企業がAIを利用して事業活動を行うようになっています。競争当局としても,アルゴリズム/AIがもたらす競争上のリスクに関して,いち早く知見を集積し,適切に対処していかなければならないという問題意識の下に,我が国で初めて,アルゴリズム/AIについての競争政策上の課題を網羅的に取りまとめた報告書です。

AI/アルゴリズムを利用して反競争的な合意や単独行為が見えにくい形で埋め込まれると,競争法上の判断が難しくなるといった,新しい形態の競争状況が生じてきます。具体的には,アルゴリズムによるカルテル,アルゴリズムによるランキングの操作,パーソナライゼイション(アルゴリズムによる顧客ごとに差別的な価格の設定)を取り上げて,競争法上の論点を整理し,AIを通じてでも独占禁止法上問題となり得ることがあることを明らかにしました。もっとも,AIは機械学習とか深層学習とか急速に進化している途上ですので,現時点での考え方をまとめるにとどまっています。特に深層学習のアルゴリズムだと,ブラックボックスの中で生じる作用やその結果をどのように評価し,どう対処できるのか,競争法にとどまらず,政府全体で,AIに対するガバナンス(責任追及や規制)の問題として,検討すべき課題でもあり,公正取引委員会としてもAIやアルゴリズムに対する技術的な知見を含め,AIの進化の速度に遅れないよう習熟度を高めていくしかない。そういう将来に向けての認識も持てた報告書になったと思います。

アルゴリズム/AIがもたらす競争上のリスクに関して、いち早く知見を集積し、適切に対処していく――この決意こそが、食べログ訴訟の一審判決に反映されたとみるべきでしょう。

そして控訴審(二審)においても、「優越的地位を利用した不利益な取引」があったことは少なくとも認められています。

採点は権力である。その行使には責任が伴う。(しかし)インターネット上の紹介サイトには採点があふれている」と、坂井豊貴・慶応義塾大学教授は指摘します。

日経電子版2023年12月18日
デジタル広告、ゆがみを正す(上) アルゴリズム 公正さ高めよ


公正なアルゴリズムとは何か。嫌がらせで低い点を付ける少数のアンチのせいで、点数が大幅に下がることは公正か。たまたま最初のユーザーが付けた点が低かったせいで、店舗がサイトの上位に掲載されず、不利益を被り続けることは公正か。軽さが売りのドライヤーが風量重視で評価されることは公正か。ドライヤーが軽さと風量で評価されるとして、それら評価項目のウエートはいかに決められるべきなのか。考慮されるべき事項はあまたある。

考えれば考えるほど、判断の難しいことがらが多い「評価」。それをばっさりと独自の(しばしばブラックボックスな)基準で格付け・点数化して"わかりやすく”提示する――ESG評価機関と企業の関係にも見られるこの新たな「権力」とどう対峙していくか。

2024年、本件裁判の行方とともに公正取引委員会の動向にも注目しておきたいと思います。


以上、サステナビリティ分野のnote更新1000日連続への挑戦・103日目(Day103)でした。それではまた明日。

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