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『Winny』を映画にした理由(後編)

「Fintech研究所 瀧の対談シリーズ」第12回目の後編をお届けします(前編はこちら)。

映画『Winny』(2023年3月10日公開)の企画を手掛けた、マネーフォワード執行役員の古橋さんをゲストにお迎えし、Winnyを映画のテーマに選んだ背景や想いについてお話を伺います。後編では、SaaS比較サイト『BOXIL SaaS』をはじめ複数の事業を手掛けてきた古橋さんからみる映画制作とスタートアップの共通点やこれからの日本映画にかける想いについて伺った内容をお届けします。

(『マネーフォワードFintech研究所ブログ』は、今回の対談記事から「note」にプラットフォームを移しております。過去の記事をお読みになりたい方はこちらをご覧ください!)

古橋 智史(ふるはし・さとし)
2014年にスマートキャンプ株式会社を設立し、SaaSマーケティングプラットフォーム『BOXIL』をはじめ複数事業を運営。2019年11月に同社がM&Aにてマネーフォワードへグループジョイン。2020年6月には、スタートアップ向けのベンチャーキャピタルHIRAC FUNDを設立し、代表パートナーに就任。同年12月、マネーフォワードの執行役員に就任。

映画づくりとスタートアップ事業はどちらがリスクが高いのか

瀧:映画を作りながらご自身が変わっていった部分ってありますか?

古橋:企画者として変わった視点はありますね。映画は、本当にビジネスの何倍も予定通りいかないことが多いというか、それが当たり前という世界線で物事を考え、進めなくてはいけないなと。

例えば、撮影時期が平気で1年遅れるとか、超コアメンバーである監督が変わってしまうとかですね。 人や時間軸の問題がスタートアップや企業の比にならないんです。会社でも創業メンバーが突然抜けるとか、開発スケジュールも1、2ヶ月遅れるとかは起こり得ることですが、年単位で進行が遅れる事態ってあんまりないですよね。


瀧:例えばキャストのスケジュール的に調整が難しくて遅延が発生するという感じでしょうか。

古橋:はい。ロケ地が決まらないとかもそのひとつです。あとはなんといっても、大きいのは予算、資金集めの壁です。スタートアップの場合、この10年でエコシステムは本当に良くなっていて、企業がチャレンジする時に国からも拠出されるような仕組みが生まれてきています。一方、日本で映画を撮る時は、余程のことがない限りは誰もお金を出してはくれません。

瀧:前提となる環境が全く違いますね。

古橋:フランスでは映画製作に関する助成金が存在しますが、日本だと完全に個人資金かスポンサーを集めるかの2択になります。公開を目指す場合でも、劇場で上映できる確率は極めて低いです。今回はたまたま比較的多くの劇場で上映できることになりましたが、本当はひとつの映画館だけに営業をかけようかという案もあったくらいです。ただ、そうすると資金回収の見込みは低くなる。

瀧:今後、作り手に今以上にお金が還元されるスキームになっていくといいなと感じる話です。

古橋:正直、コスト面の難度が高い世界ですね。

瀧:お金はストックというか、時期やタイミングによる影響があるんでしょうか。

古橋:会社によると思いますが、純投資という観点で考えにくいモデルなんですよね。『Winny』は製作委員会方式で進めたのですが、例えば大手エンタメA社が組んだ場合であれば海外の配信権やDVD販売権をもらえ、B社ではこういうグッズが作れますと。一方、いわゆるエンジェル投資家のような支援をしてくださる方には何か権利が付与されるわけではありません。勿論今回の場合は私はお金儲けという観点でこの映画を企画したわけではないので関係ないのですが、映画業界ににおいてはピュアな応援投資文脈の方々の肩身が狭いように感じました。

瀧:スタートアップでいうエンジェル的な人が入っていきにくい感じでしょうか。

古橋:そうですね。スタートアップ事業よりも圧倒的にリスクが高いですよね。構造として課題を感じたので、ここを変える事業を考えたことがあったのですが、残念ながら非常に難度が高いという結論になり、実行に移していません。僕はここを消化しきれなかったので、この世界でご飯を食べている人は、それこそ天才だと思います。

瀧:今回の映画は、映画祭のクラウドファンディング企画がきっかけでしたが、『ラ・ラ・ランド』のデイミアン・チャゼル監督も、出世作では段階的に資金調達して映画を撮っていましたよね。

古橋:最初に短編を撮って、短編で同監督の『セッション』の元となる作品をクラウドファンディングで撮影されましたね。

瀧:クラウドファンディングのようなスキームであれば、資金面や回収などの課題感を少しでも解決できる可能性はあるんでしょうか。

古橋:可能性はゼロではないと思います。片渕須直監督の『この世界の片隅に』がまさにクラウドファンディングでの製作だったことは、ご存知の方も多いのではないでしょうか。

瀧:確かに記憶に新しいです。

古橋:アメリカの場合だと、映像製作に対する公的支援があります。銀行の融資を受けられるスキームもあって、作品がヒットした暁には興行収入で返済しますと。日本の場合、1970年代くらいまでは日本の映画のプレゼンスは非常に高かったと思います。しかし、映画は企業がスポンサーの主体という構造になり、テレビのコンテンツがどんどん充実していくと劇場に足を運ぶ人も減っていったという歴史があって、今の日本の映画業界は非常に苦しい状況だと捉えています。

教育としての芸術における埋まらない世界との差

瀧:映画業界を目指す場合、どういった進路が適しているのでしょうか。

古橋:個人的には正直、海外の方が充実していると思いますが、日本でも芸大や映像学科などがありますし、そういったところから目指す道はあると思います。ただ、映画云々というよりも日本の教育は芸術に対するプライオリティをもっとあげてほしいなと感じます。

瀧:うんうん。芸術の評価点は低いですね。

古橋:アメリカのUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)にはダンスの学科がありますよね。海外に目を向けると有象無象にそういった芸術に特化した学科を持つ大学が存在しますが、日本はフィルムスクール(学部・大学院・専門学校レベルの映画教育を行なう教育機関)が圧倒的に少ないです。

瀧:幼少期から考えても、芸術に対する授業の評点が非常に低いという実態がありますよね。

古橋:音楽、体育、図工の評点が低くても、難関校目指すような学習塾の中では関係ないじゃないですか。そこがやはり海外とは違うなと。

瀧:映画監督の小泉徳宏さんが、私の中高の部活の1つ上の先輩だったんです。今や押しも押されもせぬ人気監督ですが、彼は映画の学校に行っていたわけではなく、中学の国語の授業で出た課題がきっかけで、ビデオカメラを持ったのが始まりらしいです。

古橋:そういったケースもありますよね。

瀧:映画とスタートアップを対比してみると、今のスタートアップって環境が恵まれているなと感じます。特に僕らがいる金融業界、Fintech界隈全般は、他の業界と比べたら官庁のリーダーシップもあって、格段にイノベーションにフレンドリーだなと思います。

古橋:本当におっしゃる通り、ここ10年でスタートアップ界隈は景色が変わりましたよね。それはマネーフォワードをはじめとするスタートアップが担ってきたものもあると思っています。そういうことが映画の世界だと起きがたい。どうしても、アートの世界だから、というのを課題に感じます。

瀧:日本は独自のやり方が構築されて、ある程度のマーケット規模もある分、圧倒的なマネタイズができるやり方になっていないのかなとも思いました。この国からマーベル作品のような流れや、『アナと雪の女王』が生まれるのは難しいのかなと感じました。私自身も映画に育てられてきた部分はあると感じているので、今後に期待したいです。

古橋:特に娯楽としてはそうですね。アメリカの映画はショービジネスだと揶揄されて、イギリスからは批判されたりしますが、日本はヨーロッパ寄りな、思想的でややダークな作風が多いのかなと。でも、それはあまり大衆受けしないので本当に難しいですね。

瀧:それでいくと、韓国は非常にうまくいってますね。

古橋:韓国の場合は、BTSしかりアイドルの戦略含め、もはや国策ですよね。旧Big Hit Entertainment(現HYBE)は世界的にも稀有な芸能プロダクションの株式上場と言われましたが、​圧倒的に自国のコアコンピテンスのひとつとして、エンタメの領域に振り切っています。そこが明確で、だからこそ強い。Netflixもオリジナルシリーズは韓国の作品が圧倒的に強いのはそういう背景だと思います。

瀧:ここも日本が負けていると。

古橋:はい。日本が世界に誇るアニメの領域すらも、ずっとトップで居続けられることもなくなっていくかもしれないと思っています。中国では動画配信のBilibiliが飛ぶ鳥を落とす勢いですが、Bilibiliの歴史を振り返ると、日本のアニメをアップロードして配信して10億人のユーザーを集めましたと。その後に作っているオリジナルコンテンツが大ヒットしていますが、これはまさにイノベーションのジレンマです。

映画という世界観の中でWinnyを皆さんに呑み込んでほしい

瀧:若い世代を中心に日常的にテレビを見る人口が減りつつある昨今、そのライバルが非常に予算をかけた海外の配信コンテンツになっているわけですよね。そうなるとこの先、何も手を打たないと日本の地上波もずっと通販番組をやってる、みたいな未来もあり得るわけで。

古橋:今もクイズ番組とか情報バラエティが多いですが、その未来は全然あり得ると思います。

瀧:日本人は比較的まだテレビを見る方とはいえ、その未来がまだ訪れていないだけな気がしています。

古橋:あと20年も経つと本当に変わると思います。アニメは特に影響を受けるはずで、今でも中国の企業が日本のアニメ制作会社を買うという動きが加速しています。アニメ制作会社の若手って、多くが個人事業主で正社員じゃないんですよね。そうすると例えばインボイス制度の影響で手取りがさらに低くなるような懸念もあるはずです。こうしたことを見越して中国が日本の会社を買っています。虎視眈々とIP(知的所有権)にも目をつけているはずです。

瀧:産業政策としても課題があるんですね。ちなみに『Winny』も今後NetflixとかAmazon Primeに配信される日が来るのでしょうか。

古橋:まだ何も決まっていないですが、配信できるといいですね。実は、劇場で公開できなければ、都度払いで配信みたいな案もあったんです。

瀧:それがいよいよ全国公開です。

古橋:色々振り返ると、映画館で公開できるということになって本当によかったです。映画はやっぱり文化の拠り所で、エンタメとしては非常に上位に位置していますし、そんな映画という世界観の中でWinnyを皆さんに呑み込んでほしいなって。楽しんで観ていただけると思います。これがシンプルなドキュメンタリーとか、暴露本みたいなトーンだと僕らが目指したユーザー体験にはならなかっただろうなと。

瀧:やはりそこは映画だから実現できたと。

古橋:はい、映画という格式高いフォーマットだからこそです。やっぱり東宝さん始め業界の方達が映画というものを格式高く続けてくれているので、映画は器として素晴らしいと心から思います。スタートアップでいうとそれは東証なのかなと。東証プライムに上場しているという事実はこの国の誰にとっても評価されることですし、それは圧倒的な格式だと思います。

瀧:映画づくりのきっかけから始まって、いつもの古橋さんと話している感じがしなくて楽しかったです。最後にお伝えしたいことはありますか。

古橋:今日は好きに喋らせていただいて楽しかったです。この映画は、スタートアップ界隈の方、そしてマネーフォワードで働いてる方たちにはぜひ観てほしいと思います。テックに関わる方には、絶対に好きになってもらえる自信があります。

瀧:今日はありがとうございました。

古橋:ありがとうございました。

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