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ジンギスカンはどこから来たのか??



日本独自の羊料理で、北海道文化遺産

にも登録されています。
北海道文化遺産にも関わらず、海外の英雄の名前を冠し、多くは海外産の羊肉を使うにも関わらず(日本の羊肉の99%は輸入肉であるから)文化遺産というグローバルだけれども、良い意味でローカリゼーションされた珍しい料理ではないかと思います。日本人の食に対するおおらかさと大陸や草原への憧れが込められた素敵な名前ですよね。

このジンギスカンの歴史は、すごい研究されている方もいらっしゃるぐらい深い話題ですが、ざっくりと要約し、北京に4年住んでいた経験なども入れてまとめますと、その元は、北京の伝統的な羊肉の焼き肉「烤羊肉(カオヤンロウ)」だと考えられます。

平らな鍋(鉄板系の場合もあるし、隙間がある鉄板と網の中間のような鍋もある、日本のジンギスカン鍋のスリット付きとなしを連想してしまう)に醤油ベースで味付けした羊肉のスライスに玉ねぎやパクチーを入れた物を焼く料理で、日本の味付けジンギスカンを思わせます。こちら、北京ではモンゴル式と呼んだりするので、日本で「ジンギスカン」と呼ぶのも、間違いではありません。

中国大陸との行き来が多かった戦前に、餃子や拉麺(ラーメン)などの料理とともに、日本に入り込んだようです。北杜夫の小説楡家の人びとに昭和初期の描写として「中華料理屋でジンギスカン料理を食べた」と言う描写がありました(異様な臭気が鼻を突き・・・とか書かれていた)し、小説や文章で見かけることも多いので、「大陸の香りがする珍しい料理」との扱いでした。一部、羊の串焼き(羊肉串)がジンギスカンのベースと書いている場合もありますが、
「烤羊肉」というと鉄板の上で味付きの羊スライスと野菜などを焼く料理という認識があり、こちらのほうがジンギスカンになったという方が自然かなと考えます。この「烤羊肉」の有名店は「烤肉季(カオロウジ)」。紫禁城の裏辺りに店舗があり、清朝の道光28年(1848年)の創業の老舗です。正陽楼という店も戦前の日本人の記録の中で見かけますがすでに無いとのこと

これが「烤羊肉」 七輪にかけた鋳鉄の上で、タレに漬けこまれ野菜が混ざっている肉を焼く。



戦前に誕生したジンギスカン専門店(成吉思荘)

ジンギスカンという料理の日本での発祥は諸説が入り乱れており、東京高円寺に昭和11年にあった「成吉思荘(ジンギスそう)」である説と、札幌の横綱というおでん屋だったという説があったりとなかなか面白いです。もし、高円寺が発祥だったとしたら「ジンギスカンの発祥は杉並区」となってしまいます。これ以外に、岩手県遠野市や千葉県の三里塚などジンギスカンの発祥を名乗る地域は結構あります。ここでは何処が発祥!論は不毛なのでこのぐらいにしておきます。
また、この「ジンギスカン」という名前ですが、満州鉄道株式会社の調査部長であった駒井徳三という人であるという説。北京の邦人向け雑誌が発祥説など、こちらもいろいろな説があるそうです。しかし共通することは、すべてが大正期から始まっており、他の料理と比べるとやはり新しい料理であるという事がわかります。
ジンギスカンの発祥と、名前について簡単にまとめてみました。

誰が名前をつけたか? どこで生まれたか? はっきりとした事はわかりませんが、手軽さとみんなで鍋を囲んでワイワイと食べるこの「ジンギスカン」という料理が今後も日本を代表する羊肉料理であることは間違いありません。


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