友人と思っていた話
帰りの電車で、友人を作るために奮闘しているという話を聞いていた。
社会人になってしまうと友人を作るハードルが途端に高くなる。これはコミュニケーション能力の問題じゃない。
むしろコミュ力の高まりとともに、会話の反射速度も上がる。
面の皮ばかりが厚くなって、話せない内容が増えていく。
会ったばかりの人と話せる内容なんて、
趣味の上澄みか、世間話、休日の過ごし方くらいである。
年齢や居住地のなどの個人情報はアウトだし、何がハラスメントになるか分からないし。
上澄みの話を徐々に重ねてゆき、氷が溶け、晴れて個人情報を聞き出せるのである。
*
「四暗刻さん、友達になろうよ」
「えっ いいけど… 」
友達宣告をされることが10数年ぶりで動揺した。
休日に2回以上会ったことある人、みんな友達だと思ってたよ。
「いいけど、友達ってどういう意味で言ってる?」
「相手の時間や好みを考えず、好みに偏りのありそうな催しに誘う」
気を遣わないってことなのだろうか
今まで一緒に過ごした休日は、本当の意味でのお遊びだったということか…
このように友達の境界は曖昧で、ぼやけている。
友人だと思っていても、同僚と思われている。
友人だと思っていても、恋人になりたいと思われている。
*
先日、12年越しの想いを伝えられた。
実はずいぶん前に人づてに宣告されて知っていたけれど、さすがに時効だと思っていた。
どうにかなりたいというよりは過去の精算と決別のニュアンスで、
それ以上は聞けなかった。
気持ちの動きを全て説明して、お得意の合理の壁を高く建てた。動揺を隠すために偉そうに振る舞う。
自分、メチャクチャキモいけど仕方なかった。
この先気を遣わないなんて建前だし、以前の関係には戻る気もないから言ったのであって…
そんな人に返す言葉などないのだ。
いつだか後輩に言われた
「友達はずっと一緒にはいられないじゃないですか」
という言葉は本当だったんだなぁ
一緒にいられるタイプだと思ったんだけど、私もあの人も、普通の人間でした。
おわり
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