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女子プロレス観戦記 #01 on 2022.05.13

SEAdLINNNGという運動体から生えた芽、海樹リコ選手。

全日本女子プロレス(全女)の強さの象徴である赤いベルト(WWWA=スリーダヴリューエー)。その最後のチャンピオンである高橋奈七永(当時・高橋奈苗)選手の立ち上げた団体であるSEAdLINNNG(シードリング)。
そのSEAdLINNNGは昨年の2021年に社長兼選手である高橋選手が退団し、現社長で2014年に選手引退をした南月たいようさん、中島安里紗選手(2006年デビュー)、世志琥選手(2011年デビュー。デビュー時は世Ⅳ虎)、海樹リコ選手(2020年デビュー)、アマゾン選手(2008年デビュー)の計4名の所属選手で興行をおこなっている女子プロレス団体である。
SEAdLINNNGの現在の中心選手である中島選手、世志琥選手、元
代表の高橋奈七永選手からイメージされるのが「強さ」。SEAdLINNNGのリングは「強さ」を何よりも美徳とし、プライドとし、象徴とするリングであると言える。
そんなSEAdLINNNGの選手を初めて観戦したのは他団体に出場していた海樹リコ選手だった。
海樹リコ選手はSEAdLINNNGでデビューした現存する唯一のSEAdLINNNGの生え抜き選手である。SEAdLINNNGの全てを背負う運命を託された若手選手。その日は2021年11月23日、センダイガールズプロレスリング(仙女)の後楽園大会で、この大会の目玉の一つがデビュー3年未満の若手選手を総勢8名集めたトーナメント「第4回じゃじゃ馬トーナメント」の1回戦の全4試合のシングルマッチ。この日、海樹リコ選手は仙女所属のカノン選手(2020年デビュー)と対戦。カノン選手は当時15歳の中学生ファイター。
じゃじゃ馬トーナメント出場選手の中で、海樹リコ選手はやはり「異色」だった。他の選手が強さを求めていないわけではないけれども、彼女の試合には「殺し(プロレス用語。気迫とかそういう感じの極端な出力表現)」があった。

そして僕が何よりも感じたのは海樹リコ選手の試合には「痛み」があるということ。彼女の「痛み」の先には「勝利への執着」がすごくあるなと感じ入ったのだった。

カノン選手の攻撃に痛みを表現する海樹リコ選手。すごい痛そう!

プロレスラーが痛みに耐えるのは「勝つ」ためには「負け」られないからだ。攻撃を受けたこと、ダメージを負ったことが判定などのポイントとしてマイナスにならないことがMMAなどの格闘技と大きく異なる点だ。プロレスは経過ではなく結果が全てでありながらも、勝ち負けだけがその選手の価値にならないのも魅力だと思うけれども、海樹リコ選手は「勝つ」ということ、対戦相手との序列を明確に「お前より上であること」に重きを置くようなそういう「強さ」にこだわる選手だと思った。
この試合を通じて、海樹リコ選手の魅力、もっといえばその先にあるSEAdLINNNGの魅力をより味わいたいと思った。

SEAdLINNNGにおける強さの格差という現実。

2021年12月16日。退団発表報道後、初めてファンの前で話す高橋奈七永選手。

SEAdLINNNGのリングで海樹リコ選手を観てみたい。そう思った私は仙女の大会から1ヶ月も経たないうちに新木場1stリングに足を運んでいた。
前回の観戦は他団体のリングかつ同世代の選手たちとの試合であったから、キャリアも実力も上の選手と戦う姿が観たいと思った。
この日は海樹リコ5番勝負と銘打って、運営が指名した刺客とシングルで対戦していく試練系マッチで、第三戦の相手は真琴選手(2006年デビュー)であった。真琴選手はフリー選手ながらもSEAdLINNNG内ユニット「Las Fresa de Egoistas(ラス・フレッサ・デ・エゴイスタス、以下ラスエゴ)」の一員であり、海樹リコ選手もそのメンバーである。つまり、同門対決ということでもあった。
試合は真琴選手が3カウント取られそうになる場面もあったけれども、実力の差を見せつけての勝利であった。

真琴選手の攻めに苦痛の表情を浮かべる海樹リコ選手。

この試合も痛みのあるプロレスではあったのだけれども、一瞬、海樹リコ選手の「心が折れる」そんな場面がいくつかあった。痛みのキャパシティが限界に近い表情。そして実力差をまざまざと体感する苦痛。まだまだこれからと言えば聞こえはいいけれども、強さを求めるが故に、リング上ではハッキリと格付けされる。その境遇で試合をし続けること、もしくは負け続けることの苦しみは、海樹リコ選手を観ているとピリピリと感じることができるし、SEAdLINNNGのリングの鉄の掟のような威厳を知ることができる。
海樹リコ選手と同じくこのリングで五番勝負を繰り広げるもう一人の「リコ」こと川畑梨瑚選手(2018年デビュー)の試合はもっとその「強さ」による「格付け」がハッキリとした試合だった。

川畑梨瑚五番勝負第2戦。永島千佳世選手に完敗。残酷なぐらい川畑選手は負けた。

対戦相手は永島千佳世選手。1995年にGAEA JAPANでデビューした永島選手はベテラン。一方デビュー3年目の川畑梨瑚選手に一切の花を持たせない攻防で徹底的に格の違いを見せつけた。永島選手にとって川畑梨瑚選手なんか眼中にない、それをまざまざと本人に知らしめた試合だった。正直な感想をいうと「愛のないプロレス」。永島選手には川畑梨瑚選手を成長させようとか、そういう先輩的な愛情を、少なくとも観客には「わからせない」試合を提供した。リング上で悔しがる川畑選手には絶望感が漂い、このリングがどれだけ厳しいものなのかを十二分に伝えるものがあった。この試合はこの大会のベストマッチ。
「SEAdLINNNGはヤバいリングだ!」これが僕が初めて観戦したSEAdLINNNGの大会の率直な感想だった。

痛みを知ったものだけが辿り着く境地、SEAdLINNNGの光景。

新生SEAdLINNNGの幕開け。この時、新調されたマットがお披露目された。

高橋奈七永選手が退団して新生SEAdLINNNGの開幕戦は2022年2月11日の新木場1stリングからだった。海樹リコ選手の熱量の元を知る旅からSEAdLINNNG熱にうなさるようになっていた僕は躊躇なくこの日のチケットを入手し、観戦に挑んだ。
この日の注目カードは海樹リコ選手の五番勝負5試合目と川畑梨瑚選手の五番勝負4戦目。それぞれに五番勝負を戦い続けて、この日、何を魅せてくれるのか、非常に楽しみ試合であった。
第一試合目から海樹リコ選手の五番勝負であった。最後の相手は藤本つかさ選手(2008年デビュー)。藤本選手は海樹リコ選手のデビュー戦の相手でもある。この5番勝負の成果を見せつけるのは格好の相手だったのだが。

藤本つかさ選手。一切の手加減がない攻撃と全ての受けに愛を感じてしまう。

藤本選手ってこんなにも「殺し」がある選手なの?という試合運び。キャリア的にも年齢的にも後輩である海樹リコ選手に一切の手を抜かない攻撃。デビュー戦の選手でもなく「一人の(自立する)女子プロレスラー」としての「海樹リコ」を倒しに来ている、そういう雰囲気。すべての女子プロレスラーの中でトップカテゴリーに存在する自分の壁の高さ、世代交代抗争的な匂いを一切させない試合ぶりであった。海樹リコ選手はそのトップカテゴリーの選手の相手としてチャレンジマッチではなく「一つの勝負」としての試合を行なったと思う。最後の五番勝負とあって心が折れる瞬間が垣間見れることもなく、素晴らしい試合であった。確実に成長しているし、確実に強くなった。そして一人の女子プロレスラーとして、SEAdLINNNGの
リングの上で勝負できる選手になった。そんな瞬間に立ち会った気がする。

藤本つかさ選手の懐の深さが光る試合だった。

一方の川畑梨瑚選手はこの日水波綾(2004年デビュー)選手との五番勝負。この試合は先ほどの海樹リコ選手VS藤本つかさ戦と双璧を成す名勝負だった。とにかく水波選手の受けがすごい。圧巻だったのは川畑梨瑚選手のドロップキックを何度も打ってこいと誘いながらも微動だにしない体幹。プロレスラーは打撃を受けた痛みでたじろぐのではなく、相手選手の気迫や気持ち、想いに応えるから痛みを表現する。渾身のドロップキックが水波選手の想いに跳ね返され、思わず涙ぐむような苦悶の表情を浮かべる川畑選手。痛いのはきっと水波選手なのにそれよりも何倍の痛みになって川畑選手に跳ね返ってくる。

声を上げ気合を入れるが水波選手は「こんなもんじゃないだろ?」と真っ向から受け続ける。

水波選手は「アニキ」と呼ばれている。熱い試合をする選手だ。僕は水波選手のアメリカンなノリがイマイチ苦手ではあったけれども、この試合で水波選手に対する印象がガラリと変わったのがわかったし、水波選手のファンになった。こんなにも胸が締め付けられる試合、双方の気持ちと双方の痛みが伝わってくる試合はなかなか観ることはできない。後輩選手に対して圧倒的な壁であり続け、お前はこんなもんじゃないだろ?と技を受け続けるということ。何度、気持ちは折れてもいい、必ず気持ちを立て直すなら。気持ちを立て直すまで技を受け続ける。そんな水波選手の気持ちの入った試合だった。

試合後のマイク。水波選手が川畑選手に投げかけたメッセージ。僕はまるで自分に投げかけられたかのように涙ぐんでしまった。とんでもない試合を観させられた、そんな気持ちになったのだった。
自分の限界を越えるということ。それは痛みが伴うことの方が多い。だからみんな「ここが越える時だ!」と思っていても二の足を踏んでしまう。けれども、特に、特にプロレスラーはその一歩をリングの上で見せる事によって、その成長を観客の目に焼き付けることができるし、一生忘れられることのできない「名勝負」として大切にファンの心に残る。

川畑梨瑚選手。いずれトップレスラーとして女子マットを圧巻する選手の一人。

この試合の後、川畑梨瑚選手は師匠・堀田祐美子選手(1985年デビュー)と五番勝負を行い、4月29日、海樹リコVS川畑梨瑚によるSEAdLINNNGシングルチャンピオンベルト選手権試合挑戦者決定試合を行なった。勝者は海樹リコ選手。
5月13日。新宿FACEにてチャンピオン・中島安里紗VS海樹リコが行われたのであった。

SEAdLINNNGを背負う者たちの夢の途中。

SEAdLINNNGの最強の証は「SEAdLINNNG BEYOND THE SEA SINGLE CHAMPION」のベルトである。
そのベルトをかけて、団体生え抜きの海樹リコ選手が王者・中島安里紗選手と戦う。この試合はどうしても観ておかなければならない試合だと去年からの流れを観ていて確信していた。

ロープに囲まれたその先の世界は僕たちが言葉でしか立ち入れない聖域だと思う

SEAdLINNNGが他の女子団体とは顕著に「強さ」を求めることの鮮烈さは「勝ち」にこだわる姿勢にあるように思える。特にその「勝ちに対する執着」が強いのがこのタイトルマッチの二人だと思う。
現在、海樹リコ選手のマッチメイクはどちらかというと他団体も含め同世代の選手が多い。なので同期や同世代には負けたくないという意地があるのはもちろんではあるが、やはり、ちょっと、他の団体の選手とは違う気がする。それはなんだろうか?と考えるとSEAdLINNNG独特の価値観にあるように思える。
強さの単位はいくつかあるけれども勝ちには一つしかない。そして試合には二つしかないのだ。それは「勝ち」と「負け」だけである。
タイトルマッチ挑戦権をかけた海樹リコVS川畑梨瑚戦後のマイクを見るとそれがとても明確だ

今日は負けてしまって本当にすみませんでした
この試合は時間切れ引き分け。試合の結果には「勝ちと負け」しかない。引き分けは「負け」であるという思想。この寸前の流れのマイクで中島安里紗選手がいう。
勝ちたい気持ちがまだまだだなと思った。それを二人に教えてあげてもいと思ったけど、それじゃあ、納得しないと思うから、一日も早く、決着つけてください」からのマイクを投げ捨てるこの一連のシーンがSEAdLINNNGだと思う。
海樹リコ選手と中島安里紗選手。師弟関係の二人のシングル。しかもタイトルマッチ。SEAdLINNNGを背負う二人が魅せる夢の途中に嫌が追うにも期待は増す一方だった。

相手が誰であれ「負けたくない」気持ちが痛みと共に伝わる。

この試合の見立てとしては中島安里紗選手に憧れてプロレスラーになった海樹リコ選手が、先輩でもあり師匠でもある中島安里紗選手にどれだけ立ち向かうことができるか、そして中島安里紗選手の後継者となり得る選手かどうか?だったと思う。

タイトルマッチらしい攻防が繰り広げられた。

結論からいうと海樹リコ選手は中島選手の防衛戦に相応しい相手であった。そして僕が今まで観てきた中で最高の「海樹リコ」であった。
海樹選手の「勝ち」に対するこだわりが随所に垣間見えた。途中、南側ロープに捕まった中島選手をドロップキックでリング下に蹴り落としたのはなかなかの見どころだったし、セコンド陣も意表をつかれて慌ててサポートに回ったほどだった。
また海樹リコ選手が格上の選手と戦う時に時折見せていた「心が折れる瞬間」がほとんどなかった。諦めなかった。それが一番、この試合をチャレンジマッチではなくタイトルマッチに昇華させたのだと思う。
そして中島安里紗選手が時折見せる「技を喰らってからの笑顔」。それはチャンピオンとしての余裕の笑顔かもしれないし、師匠としての笑顔かもしれないが、その笑顔がこの試合をただのタイトルマッチではない「物語のページ」を進めていったと思う。

「負けない」気持ちが強ければ強いほど「強いレスラー」になるのだと確信した

中島選手にとって海樹リコ選手は「お前なんかに負けない」ではなく「お前には負けない」選手になった瞬間であったし、海樹リコ選手にとって中島選手は「シングルで戦いたい相手」ではなく「必ずお前に勝ちたい」という次のステージに上がったような試合だったと思う。
とはいえ、中島選手は名実ともにSEAdLINNNGの絶対王者だし、海樹リコ選手はまだまだ「顔」じゃないかもしれない。けれども、SEAdLINNNGが
掲げる「強さのあるリング」は「勝ちにこだわるリング」だし、そのテーマは確実にこの試合にあった。

どれだけ先かはわからないけれども、いつかまたこの二人のタイトルマッチが組まれることがあるだろう。僕が熱望するのは、そう遠くはない未来、海樹リコ選手がベルトを巻き、そのベルトに中島安里紗選手が挑戦する景色が観れる日だ。まだまだ二人は夢の途中だし、きっとファンである僕らも夢を見させてもらっている途中かもしれない。

「強くなったな」という言葉を投げかける中島選手。
高橋選手との髪切マッチで高橋選手が言ったことと全く同じだったセリフだった。
敗戦後、力尽きる海樹リコ選手。素晴らしいタイトルマッチだった。

#女子プロレス曼荼羅
〈2022.06.07 記〉

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