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「不思議の国のアリス」と海の向こうでの日々と母との思い出

先日、谷瑞恵さんの「小公女たちの幸せレシピ」という本を読んだ。

タイトルだけ見ると料理のレシピ本と思われるかもしれないが、この本は小説の連続短編集。あらすじは本文最後に本のリンクを貼っておくのでそちらでチェックしていただくとして、今回はその本の中に登場したいくつかの児童文学を話題に挙げたい。その本の中では、短編ごとに一冊ずつ海外(しかもイギリス限定)の児童文学作品が一つずつピックアップされていて、その作品の中に出てくるお菓子のレシピを中心に、メインの物語が展開していく、という流れなのだ。

具体的にどんな児童文学作品がピックアップされていたかというと、「小公女」、「風にのってやってきたメアリー・ポピンズ」、「ドリトル先生」、「不思議の国のアリス」、「トムは真夜中の庭で」、「秘密の花園」、以上6作品。

どの作品も、誰だって一度はタイトルくらい聞いたことがあるだろう不朽の名作ばかり。そして私はというと、ただ聞いたことがあるだけではなく、これらの作品のタイトルを聞いただけで懐かしさと愛しさで胸が高鳴る。というのも何を隠そう、私は物心ついた頃から本を読むことが大好きで、その中でも、まさに上記したようなイギリスの児童文学が大好きだったのだ。児童文学の中でもアメリカ児童文学ではなく、特にイギリス児童文学。なぜかと問われると明確に言葉にするのは難しい気がするのだけど、大まかにいうと、ただただ雰囲気が好きだった。イギリスの児童書によく登場する古くてミステリアスなお屋敷やお城、もしくはこじんまりとした洋風コテージ、田園風景、王室、貴族、魔女、魔法使い、妖精…(立地も時代もジャンルもバラバラな順不同なキーワードたちですが)。日本という地、文化では存在しない風景や存在の数々にただ魅せられた。

先ほど挙げた6作品の中では、特に「小公女」「不思議の国のアリス」「メリーポピンズ」「秘密の花園」に思い入れがある。(「ドリトル先生」は幼少期にあまり動物に興味のなかった私にとってはあまり魅力を感じず、「トムは真夜中の庭で」に関してはもちろんずっと作品の存在は知っていたのに、ずっと手にとることがなかった。その理由についてはまた別の機会に書きたい)

今回「小公女たちの幸せレシピ」を読んだことによって、そこに登場するイギリスの児童文学作品にまつわる自分の思い出が次々と思い起こされ、しまいにはそのエピソードたちをどこかにアウトプットしたいという思いが募り、そんな私の純粋な欲望を満たすために、これからただただ私とイギリス児童文学作品との思い出をつらつら書いていこうと思う。何かたいそうな事を論じることもなく、ただ思い出を遡る。

今回はタイトルの通り、「不思議の国のアリス」との思い出について書こうと思う。


海外生活で触れた英語と読書


これらの作品との思い出を語る前に、私の若干変わっている幼少期の話を少々しておいたほうが話を進めやすいのではないかと思う。実は私は小学3年生から5年生にかけての約2年間、母に連れられてカナダのバンクーバーに住んでいた経験がある。それまではごくごく平凡な一般家庭の女の子だったのだけれど、急遽海の向こうの外国で暮らすことになった(この体験の詳細はまたいずれ書きたい)。

そんなわけで、小学3年生で急遽英語を使わざるを得ない環境に突入し、最終的には2年間で英会話と英語の読み書きのスキルを習得した。それに伴って、もともと理解していた日本語に加えて、私の読書という行為においては、英語でも本を読むことが可能になった。なので、私の幼少期の文学作品との思い出というのは、日本語圏と英語圏それぞれでの思い出が入り混じっていたりする。ここから先もそんな背景を前提で思い出を振り返っていく。


「不思議の国のアリス」との最初の出会い


「不思議の国のアリス」。もう、本当に本当に大好きな作品。

私が一番最初にこの作品に触れたのは、実は本ではなく、ディズニーのアニメーション映画だった。あの少し色彩が暗くて怪しげなイラストと音楽のオープニングから始まるディズニーの「ふしぎの国のアリス」は、物心ついた頃からビデオが我が家にあり、気に入って何度も何度も見ていた記憶がある。ちなみにそのときに見ていたビデオの「アリス」は日本語吹き替え版だった。

その後、小学3年生にてカナダへ一時移住。海の向こうへ引越した当時、私は一切英語なんぞ喋れないというのに、母によってカナダの現地校に突っ込まれ、最初はもちろん周りの人とのコミュニケーションにおいて大変苦労しながら、しかし最終的には英語を習得した(幼少期の吸収力、順応力ってすごい)。そうして後に、バンクーバーの図書館にて、「不思議の国のアリス」の英語で書かれた原書「Alice's Adventures in Wonderland」に出会った。アリスといえば誰もが思い浮かべる、あのジョン・テニエルのイラストが表紙や文中に使用されている、分厚いハードカバーだった。私はそれを借りて帰って、返却までに何度も読み返した。

実はその時点で、「不思議の国のアリス」については、日本語でも本ではまだ読んだことがなかったので、本の中ではディズニーアニメでは端折られているエピソードやアニメ化するにあたり変更された設定などがあることを知り、最初は馴染みのアニメとは異なる内容に不思議な感じがしたのを覚えている。ところどころに挿入されるテニエルの絵も、大人になった今では味があって素敵、なんて思うけれど、当時の私にとってはなんだか薄気味悪く感じられた。

そんなこんなで時は経ち、私は小学5年生になる頃に日本に帰国。それからの私の「不思議の国のアリス」とのエピソードといえば、まずはカナダから帰国後、母がディズニー映画の「ふしぎの国のアリス」の二カ国後版のビデオを改めて買ってくれて、その音声を英語設定にしてよく見るようになった。

ここでまたちょっと変わったエピソードなのだけど、カナダから帰国後の我が家では、せっかく習得した英語を私と三歳下の妹が忘れてしまわないようにと、家の中では一切日本語での会話は禁止で英語で話すこと(日本語話したら一回10円払うという罰金まであった!)、そして日本のテレビは一切見てはいけない、という決まりが課せられたのだ。そして日本のテレビを見てはいけない代わりに、母が洋画のビデオを大量に買ってくれたり、レンタルショップで毎週のように借りてくれた。「ふしぎの国のアリス」の2カ国語版もそんな過程で買ってもらえたのだ。

(ちなみに日本語での会話禁止というのはさすがに家族全員しんどくなり、その決まりは一年も経たずに立ち消えとなった気がするのだけど、日本のテレビ禁止&洋画はいくらでも見ていいという決まりのほうは、なんと私が中学校に上がるまでの約二年間、本当に実行された!今思うといろんな意味でそれが持続されたのってすごいことだけれど、学校で日本のテレビの話題に一切ついていけない代わりに、恐らくその年齢では周囲の小学生の誰よりも大量の洋画に触れる機会を得た。そもそもカナダから帰国したばかりの私は日本の番組を知らないからこそ興味がなかったし、今振り返れば、あの頃大量の洋画に触れられたというのはとても貴重な体験で、私もこの点はただただ楽しんで従っていた。毎週母と妹と一緒にレンタルビデオ屋さんに新しいビデオを選びにいくのが楽しくてたまらなかった。)

さて、帰国後にゲットしたディズニーの「ふしぎの国のアリス」に話を戻そう。その頃には普通に英語を聞きとることができるようになっていたので、英語の音声だけを頼りにアニメを見た。そして、ここで一つびっくりしたのは、英語版「ふしぎの国のアリス」の英語の発音だ。当時私が見た「ふしぎの国のアリス」は、きっと原作がイギリスの児童文学ということで、音声もイギリス英語で収録されていたのだ。カナダのバンクーバーで暮らしていた私が使用していたのは基本アメリカ英語の発音だったので、最初アリスの口から出てくるイギリス英語が、聞きとれなくはないのだけどものすごく違和感があってびっくりした。今思えば、私がまともにイギリス英語の発音(やそれが使用されたコンテンツ)に触れたのは、あの「ふしぎの国のアリス」の英語版が初めてだったかもしれない。とはいえ、しばらくは違和感があったものの、小さい頃から馴染みのあったアリスのアニメがもともと大好きだったので、じきにイギリス英語の音声にも慣れて、引き続き大好きなアニメとしてよく見ていた。

そうして、次の、そしてある意味最後の私と「不思議の国のアリス」のエピソードは、カナダから帰国してさらに数年後、たしか私が高校生くらいになったときのことだ。


桜木町の本屋さんでの最後の出会い


カナダから帰国後、母と私と妹の三人で定期的に訪れていた場所がある。横浜のランドマークタワー内にあった有隣堂だ。

現在いわゆる横浜のみなとみらい地区と呼ばれている地域は、私の幼少期の1990年代にはまだそんなネーミングは一般的ではなく、少なくとも我が家ではあの地域をランドマークタワーの最寄り駅名から「桜木町」と呼んでいた。当時我が家は桜木町と同じ横浜市内にあったのだけど、とはいえ横浜も広いので、同じ市内とはいえど電車を乗り換えて二時間弱かかるような場所から、二、三ヶ月に一回くらいのペースで桜木町に遊びに行っていた。

もともと母が昔からあの海の見える桜木町という場所が好きだったのだ。小さい頃から私と妹は年に何回かは連れて行ってもらっていた気がするし、恐らく母一人でもちょこちょこ訪れていたではないかと、そんな気がする。今は亡き母に確認する術はないのだけど。ともかく、私たちは電車と横浜地下鉄線を利用して、当時からあったランドマークタワーと後に新しくできたクイーンズスクエアに遊びに行った。そのときの大きなお目当ての一つがランドマークタワー内の有隣堂だった。

当時のランドマークタワー内の有隣堂は、恐らく周辺地域の中でも有数の洋書取扱店だった。お店面積の約三分の一を洋書で占めていたという、今思うと、当時洋書の需要がどこまであったのかわからないけれど、そんなことして経営大丈夫かと心配になるくらいに豊富な展開をしてくれていた。とはいえ、当時はまだAmazonのようなオンラインショップがまともに展開していなかった時代だからこそ日本国内で洋書を手に入れるルートは限られており、それこそそういった限られたルートでの洋書の入手を希望する人たちにとって、あの有隣堂はきっと頼りにする場所であっただろうし、洋書の需要、そしてそれに伴っての売上は店の三分の一の面積を使って展開するほどに価値のあるものだったのかもしれない。実際に、我が家が定期的にこの有隣堂を訪問をしていたのも、まさに洋書を手に入れるためだった。

日本に帰国後、英語を忘れないように我が子たちに洋画を見せまくっていた母が、私と妹の間でもう一つ途切らせないようにしていたのが、英語の本を読むことだった。英語で書かれた文章にも触れ続けてほしい、英語で書かれた本を読み続けてほしいという希望が母にはあり、そしてそれは、もともと読書大好きでカナダに行って英語を習得し洋書まで読めるようになった私にとっては大歓迎な話だった。

カナダから帰国後に桜木町に遊びにいくと、まずは有隣堂に立ち寄り、母が私と妹それぞれに一冊ずつ好きな洋書を買ってくれるのが決まりだった。有隣堂の入口に到着すると、今日はどんな本に出会えるだろうかとワクワクしながら、お店の一番奥のほうに位置する洋書コーナーへと急いだ。最低でも30分、もしくは一時間くらいは売り場を見て回っていた気がする。母も自分の洋書を見て選んでいたし、私も妹も店内を自由に行ったり来たりして欲しい本を吟味した。その日買ってもらう大切な一冊を慎重に選ぶ時間は本好きの私にとってはたまらなく幸せな時間であったし、洋書コーナーで英語だらけ洋書だらけの空間に身を置くその時間は、カナダでの生活を蘇らせ、やはりどこか懐かしいような、子どもながらにノスタルジーを感じるような、そんな心地よさもあったのだった。

そうして何度か同じように桜木町の有隣堂を訪れ、その都度洋書を一冊買ってもらっていたあるとき、ここでようやくまた「不思議の国のアリス」の登場だ。

その日、これまでと同じように洋書コーナーに放たれた私は、どの本を買ってもらおうかとゆっくり店内を見て回った。その頃には、たしか私は高校生くらいになっていた気がする。そんなとき、ふと洋書の児童書コーナーで目に入ったのが、かつてカナダの図書館で手にした、あの「Alice's Adventures in Wonderland」だった。もちろん、カナダでの日々から何年も経っていたし、全く同じ版型や出版社のものではなかったかもしれないけれど、見覚えのあるアリスの後ろ姿とチャシャ猫が描かれた表紙に懐かしさがこみ上げた。

そして、我ながら面白いのが、そのときの私はもう高校生で、「アリス」に夢中になっていた小学生時代からはある程度年月が経っていたのだけど、だからこそ、自分が小さい頃に思い入れがあった「不思議の国のアリス」という作品や、それをカナダの図書館で借りた思い出などが、なんだか振り返ってみると非常に尊く思われて、今それに夢中だからその本が欲しいというより、少し距離を持って「以前大好きだったあの作品をぜひとも改めて手に入れて大切に保管しておこう」と思い立ったのだ。要は、記念品として改めて手に入れたいおいうような心境だった。

またそのとき目にしたその洋書の「Alice's Adventures in Wonderland」はハードカバー(いわゆる単行本)で、そのどこか重厚で美しい装丁がより一層記念の「宝物」として保管するにはぴったりのように思えた。この美しい本をぜひとも手に入れたいと思い、母にお願いして買ってもらった。当時、この分厚いハードカバーともなると、恐らく4000円近くはした気がする。まだまだ日本で手に入る洋書は値段が高かった。それでも、そのとき文句を言わずにこの本を購入してくれた母には感謝の気持ちでいっぱいだ。それでいえば、母は私と妹がこの有隣堂で選んだ本に文句を言うことはほとんどなかった気がする。いつも私たちの選択を受け入れてくれた。

余談だけれど、この「Alice's Adventures in Wonderland」を手に入れた数年後に、この有隣堂は閉店してしまった。それこそAmazonなどのオンラインショップでの買い物が当たり前となり、洋書も含めて本がもっと簡単に手に入りやすくなったことも関係しているかもしれない。ちなみにその後、この有隣堂が入っていたスペースにはまた別のチェーン書店が入り、その後その書店も閉店して、また別のチェーン書店が入り…という過程を辿っている。本好きとしては、どのチェーン店であれ、なんとか引き続き桜木町という場所に本屋さんが継続されていることはとても嬉しい。でもやっぱり私にとって、カナダとの思い出、そして今は亡き母との思い出に繋がっているあの頃の有隣堂は特別だ。今でもあのお店の奥のほうに展開されていた洋書コーナーの景色は鮮明に記憶の中にある。


というわけで、以上が私と「不思議の国のアリス」という作品との思い出とこれまでの道のりでした!母に購入してもらった「Alice's Adventures in Wonderland」は、購入してもらった30年以上経った今でも手元にあり、まさに「宝物」のように、我が家の自宅の本棚の中に存在感を持って大切に収められている。

今回、「小公女たちの幸せレシピ」を読んだことによって、懐かしくなって、久々に本棚から引っ張り出してきた。せっかくなのでここに実物の写真も載せておこうかなと思う。

これが私の"Alice's Adventures in Wonderland"


いやぁ…改めて振り返ると、なんだかじんわりきます。幼少期のディズニー映画との出会い、その後の何十年も前のカナダでの暮らし、そこから帰国後の英語と洋画漬けの日々、最後に桜木町の書店で手にした洋書、そしてそれらの思い出すベては、私の今は亡き母との思い出でもあるなあと、今回思い出を振り返ってみて感じます。

一つの作品、一つの本、それに触れた記憶、読んだ記憶、そこに付随する思い出は、本当に色褪せない。今回文章にした記憶やエピソードは、何十年も経った今でも、鮮明に自分の中に残っている感覚です。今回は児童文学、その中でも「不思議の国のアリス」だったけれど、他の作品であったとしても、映画や本というものは、そうやって触れた人だけのエピソードや思い出を一緒に保管してくれるもので、だからこそ特別なものなのかもしれないなぁと思います。

それでは今回はこの辺で。書いていてとても楽しかったです。今度はまた他の作品の思い出も振り返れたらいいなぁ。


谷瑞恵さんの「小公女たちのしあわせレシピ」


このセットの中に私が見た「ふしぎの国のアリス」が入っているようです!
え、1000円…?欲しい…


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