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アバター(2009)が観客にのこした宿題~アバター:ウェイ・オブ・ウォーターの前説 

「アバター:ウェイ・オブ・ウォーター」(ジェームス・キャメロン監督 12/16公開)の予習として、「アバター」(2009)公開当時の感想を振り返ってみます。


社会背景:
2001年の米同時多発テロ(9-11)に対する反撃として、米国はまずテロ組織アルカイーダに活動の場を与えていたアフガニスタンを攻撃。当時のタリバン政権を打倒します。
その後、ブッシュ政権は米国民をテロの脅威から守るためと称して、9-11に直接関係のないサダム・フセイン独裁政権下のイラク攻撃を計画。その理屈は①イラクが大量破壊兵器をもっているかもしれない ②イラクがその大量破壊兵器をテロリストに供与するかもしれない ③大量破壊兵器を得たテロリストが米国を再び攻撃するかもしれない …という”かもしれない”の三階建て。テキサス出身で石油業界とも近いブッシュの本当の狙いはイラクの石油であろう、というのが大方の人々の解釈でした。
西側も独仏は協力を拒否する中、2003年に米国(英・豪となぜかポーランド)はイラクに侵攻。サダム・フセイン政権は打倒され、市民は独裁から解放されたかにみえ、民主的な選挙で新しい政権も誕生しました。ところが、イラク各地で様々な武装勢力が米軍に攻撃を継続しつづけ、泥沼の戦争状態が継続。
そして、2008年の大統領選挙でイラク撤退を掲げたオバマが選出された…
というのが公開当時までの世相です。

あらすじ:
舞台は、貴重な鉱物アンオブタニウムが埋蔵されている衛星パンドラ。地球の資源公社はパンドラの原住民ナヴィと交渉するが不調。ナヴィと地球人のDNAを操作してつくりだした人造生命体アバターを人間が遠隔操作しナヴィ社会に潜入させて、ナヴィを懐柔しようとする。ところが費用対効果にしか興味のない公社はアバター計画半ばで軍事進攻を開始してしまう… 

メタファー:
異星人の肉体のアバターを操って様々な経験をするのは、車イス生活の元海兵隊員ジェイク。映画館の椅子に身を沈めた観客が、映画で何か別の世界を体験する姿のメタファーになっています。
しかも異星人の肉体を得て身も心も解放されるという設定が、3D映像でより没入感のある体験として作り込んである。なので3Dで観る必然性のある映画です。
また、3Dの偏光メガネ経由の方が蛍光色が綺麗にみえるという特性があるようで、パンドラの森は蛍光色満載。なので3Dで観た方が普通に映像が非常に綺麗で、当時2D版と見比べたら驚くほど違いました。

衛星パンドラと原住民ナヴィと地球(アメリカ)との関係については
映画:
・反抗的で恩知らずの野蛮な原住民
・かれらの足元に埋蔵される貴重な資源
・資源を力づくで奪おうとする地球(アメリカ)人
現実:
・アメリカ人がなんとなく抱いているイメージとしてのイラク人
・原油
・米軍
という陳腐なまでにわかりやすい対応関係です。
ジェームズ・キャメロン自身、イラク戦争との直接の対比は否定しつつも、アバターでいいたかったことは「みんな目を開いて、戦争への過程で何が起きるかをしっかり見て、意味不明な言葉に耳を傾けて、戦争を起こしたいと思っている人達が何を語るかをきちんと聴くべきということだ」と当時語っています。

当然米国内で保守派の反発は当時ありました。とはいえ、こういうメタファーをアメリカの観客が、比較的に抵抗感やいらつきなく楽しむことができるのもオバマ政権が誕生しイラク撤退の方針がリアルで出てしまっていたタイミングだからこそだったでしょう。

また原住民ナヴィの文化のあり方については、
映画:ナヴィ各人が拡張神経のようなもので生物学的にグローバル・ネットワークでつながっており記憶を共有している
現実:グローバルネットワークで記憶・情報を共有するようになった人類
…というところまでは相変わらず几帳面なメタファー。

ところが、ここにメタファーの空白があります。
ナヴィたちは、拡張神経で動物、植物、そして衛星そのものとコネクトし、記憶や情報を共有して調和を保っています。
で、人類のみんなもグローバルネットワークを手にしたけど
どんなようすかな?
という身につまされる宿題が観客へのリアルに対して残された。

メタファーを色んなレベルで積み重ねておいて、最後にメタファーの空白をもって観客に宿題をおいていく。しかも"グローバル・ネットワークによる連帯"という希望をいったん提示したというのは、なかなか高度な手法でありかつ、その後の13年間の世相を考えるとなかなか皮肉であったと思われますけれども。