ロールキャベツ


登場人物

渡蟹(わたりがに) たかお(26)……長男。フリーター。コンビニでバイトしている。

渡蟹 たかひろ(24)……次男。会社員。

まりも(23) ……たかひろの彼女。たかひろとは飲み屋で知り合った。

霧見(きりみ)(27) ……コンビニ店員。たかおのバイト先の同僚。バンドマン。

■コンビニ・夜

  まだ日をまたぐ前の夜のコンビニ。

  たかおと霧見がレジカウンターにいる。

  (SE)ファミマのメロディ。(来店時に鳴るアレ)


二人 いらっしゃいませー。

たかお ……俺、思うんすよね。

霧見 うん。

たかお 肉食系女子が増えてるっていうじゃないですか。

霧見 うん。

たかお 俺、そんな女子に遭遇したことないです。

霧見 うん。

たかお 捕食されたことないです。

霧見 あー。ちなみに渡蟹くんは何系なの?

たかお 俺は、なんだろう……。

霧見 これまでの経験からして。

たかお 肉食ではないことは確かですね。

霧見 彼女は?

たかお いましたよ。学生の頃。4年前。

霧見 4年前かあ。

たかお それは、まあ、向こうからだったんですけそ。

霧見 おお。なんだよ、モテてんじゃん。

たかお いや、でも、それは、俺言い出せなくて。誘導みたいな感じに。

霧見 あー。自分からいってないのか。

たかお 運良く食いついてくれました。

霧見 自ら食われるのを待ってたと。

たかお 待ちましたね。こう、「いつでも食ってね!」みたいな。

霧見 とんでもなく受け身だねー。そっか。そうやって生きてきちゃったんだね。

たかお 生きれちゃいましたね。

霧見 でも童貞じゃないだけマシしゃない?

たかお え?

霧見 え? ……そういう経験。彼女いたんだよね?

たかお まあ……。でも。

霧見 え?

たかお や……。

霧見 え、なんで?

たかお なんでって……襲われなかったんです。

霧見 ……受け身だねー。

たかお どうしたらいいんでしょうね。

霧見 そうだなあ…。


  (SE)自動ドアの開くメロディ。

  まりもが入ってくる。


二人 いらっしゃいませー。

まりも おでん、いいですか。

たかお はい。大きい器と小さい器ありますが。

まりも 小さいので。

たかお はい。なんにしますか?

まりも ロールキャベツあります?

たかお いくつですか?

まりも 5つ。

たかお ……「5つ」でよろしいですか?

まりも ええ。

たかお 1、2、3,4、5……。ロールキャベツ5つ、こんな感じで。

まりも どうも。

たかお ロールキャベツ5点、625円です。

まりも はい。

たかお ありがとうございました。


  まりも、去っていく。

 (SE)自動ドアのメロディ。


霧見 ……ロールキャベツって。

たかお はい。

霧見 おでん界で邪道だよな。

たかお そうですね。


■渡蟹家・夜

  スーツ姿のたかひろ、入ってくる。会社からの帰宅。


たかひろ ただいまー。

たかお おかえりー。

たかひろ ただいま兄貴。今日は夜勤じゃないのか。

たかお 今日は休みー。

たかひろ 働けよ、フリーター。

たかお (言葉につまり)ぐ……。

たかひろ はは、うそうそ。

たかお ……あ、今日母さんのとこ行ってきた。

たかひろ ああ、元気だった?

たかお まあ順調そう。

たかひろ そうか。ありがとな、いつも。忙しくてなかなか顔出せなくて。

たかお いや、俺、暇だからさ。母さん会いたがってたぞ。

たかひろ うん、時間見つけなきゃな。

たかお 面会が俺ばっかだから、飽き飽きだって。

たかひろ 母さんらしいな。そうだ、おみやげ。

たかお え、なに?

たかひろ コンビニおでん。

たかお あー……おでんか。ありがと。

たかひろ コンビニおでんかよって顔してんな。

たかお えっ、そんな顔した? ごめん。

たかひろ いやわかってたよ。しかもファミマだしな。飽き飽きだよな。

たかお うんまあ、見飽きたよ。ははは。

たかひろ もらったんだよ。食おうよ。

たかお 誰にもらったの?

たかひろ まりも。

たかお ……?

たかひろ 彼女。

たかお ……彼女?

たかひろ うん。

たかお お前、彼女いんの?

たかひろ カミングアウト。

たかお ……へえ。なんだよ! びびったあ! 知らなかったし俺!

たかひろ 悪い。いつ言おうかと思ってて。

たかお 言えよ早く! まりもって彼女の名前?

たかひろ そう。今度、紹介するな。

たかお ……おう。でもお前モテんなあ。何人目だよ、まったく。

たかひろ そんなにいねーよ。

たかお じゃあ、食お。餅巾入ってる?

たかひろ あ、いや。実は。

たかお 蓋開けまーす。いえー。……ん?

たかひろ 全部ロールキャベツなんだ。


■コンビニ・後日

たかお 弟に彼女が出来たんですよ。

霧見 へえ。

たかお なんで俺、出来ないんだろ。

霧見 ……金じゃない?

たかお やっぱ、そこなんすかねえ。

霧見 どう考えてもコンビニ店員に天秤は傾かないっしょ。

たかお はあ。

霧見 正社員は興味ないの?

たかお 正社は、ちょっと……。


  (SE)ファミマのメロディ。


二人 いらっしゃいませー。

まりも おでんください。

たかお はい、(ご注文)どうぞー。

まりも ロールキャベツ、5つ。

たかお ……あ。

霧見 あー、すみません。今ロールキャベツ、4つしかなくて。

まりも じゃあ……4つでいいです。

たかお (まりもに気をとられている)

霧見 (たかおに急かすように)ロールキャベツ! 4つ! ですね!

たかお あ! はい!

霧見 はい、じゃあお会計こちらで……。

たかお ……ロールキャベツ……。

たかおとまりもそのままに、霧見、去る。

二人の不思議な空間。

まりも、たかおに親密そうに話しかける。

まりも ロールキャベツ、お好きですか?

たかお ……えっと。

まりも あれ、お嫌いですか?

たかお いや。あの、

たかひろ、入ってくる。

たかひろ なに、お前またロールキャベツ?

まりも うん、え、だめかな?

たかひろ おでんってもっと「具」あるじゃん。

まりも 「タネ」だよ、たかひろくん。おでんは。

たかひろ (少し笑って)なんでもいいよ。

たかお あの。

まりも はい?

たかお なんで、ロールキャベツ、なんですか?

まりも え?

たかお あ、ちょっと気になって。

まりも えーと、なんか……合理的じゃないですか。

たかお ……合理的。

まりも 野菜とタンパク質、両方とれるじゃないですか。

たかお ああ。

まりも おでんのネタたちのなかで、一人で、優秀だなあって。


  一瞬の間。


たかお 好きだ。


  まりも・たかひろ、たかおを残して去る。


たかお 好きだと思ってしまいました。でも彼女は、認知しているのだろうか。俺がロールキャベツを売ったコンビニ店員だということを。


■コンビニ・夜中

たかお ゴミ捨てに行ってきまーす。

まりもが入ってくる。

まりも こんばんは。

たかお あ……。

まりも ゴミ、大変ですね。たくさん。

たかお ああ、まあ。

まりも この前はお邪魔しました。

たかお ……気付いてたんですね。

まりも うん。

たかお この辺に住んで?

まりも うん、ご近所さん。

たかお そうだったんだ。

まりも ずっと、このコンビニですよね。私が高校生の時からいる。

たかお え。

まりも 私、知ってたんですよ。だからこの前おうち行った時びっくりした。あのファミマの人だ! って。

たかお すごいなあ、それって。

まりも そうですね。コンビニ好きなんですか?

たかお ……そういうわけでもないですよ。

まりも そうなんだ。

たかお 今日もおでんを?

まりも はい、今日も。

たかお 好きなんですね。……あ! ロールキャベツ、品切れじゃなかったですか? 補充してない……。

まりも ちくわ。

たかお え?

まりも 今日はちくわにしました。

たかお ちくわだけ?

まりも ちくわぶも。

たかお ……単品食いなんですか?

まりも ロールキャベツばっかりじゃ飽きるでしょ。

たかお でしょうけど。

まりも ちくわ、食べません?

たかお は?

まりも ちくわ食べましょう。一緒に。

たかお 一緒に、ですか……?

まりも 何時に上がりですか?

たかお ……まもなくです。


■まりもの家・バイトから上がって

  (SE)アパートのドアが閉まる。


まりも どうぞ。汚いけど。

たかお (1人ごち)マジかよ……上がって良いのか。

まりも 上がってください。

たかお ……お邪魔します。

まりも あ、さっき話してたの、これなんです。ネクタイ。

たかお あ、はい。

まりも ネクタイ忘れてっちゃってあの人。渡しときたくて。渡しといてください。

たかお ああ。……あの、俺お邪魔して本当に大丈夫でしたか?

まりも なんで?

たかお いや、こう、一般的に男を家に上げるってのはよくないっていうじゃないですか。まあ、兄弟ですけど。

まりも 来たくなかったですか?

たかお いえ、ぜんぜん。

まりも だから誘ったのに。

たかお え?

まりも 来たそうな顔してました。

たかお (茶化すように)そんな欲しがりな顔してましたか?

まりも してました。

たかお いや、でも、そんなつもりとか一切ないんで……。

まりも 嘘ですよ。兄貴くんはそういうタイプに見えないので。

たかお ……兄貴くん。

まりも たかひろがいつも「兄貴」って。

たかお 間違っちゃないけど。

まりも 兄貴くんは、自分を守ることで精一杯なんですよね。

たかお え?

まりも だから殻から抜けられない。あなたはどうやら新しいことを受け止めるのが苦手で、自分が頑張ることを恐れている。チャンスを成功に変えることを恐れている。チャンスを失敗にしてしまうことを恐れている。

たかお え、え、えっと……。

まりも あなたは一生コンビニ店員のままでいいの?

たかお ……どういうことですか?

まりも 私、人のチャンスになるのが趣味なんです。

たかお だからどういうこと?

まりも ふふふ。

たかお ……そういうこと?

まりも どうとでも。

たかお だめですよ!

まりも 私はあなたのチャンスになりたい。

たかお は……?

まりも 童貞なんてね、何の価値もないですよ。男が処女を相手するのが面倒と思うように、女も童貞は面倒なんです。

たかお なんで童貞なんて!

まりも 童貞でしょ?

たかお なんでわかるんだ!

まりも 童貞顔です。

たかお ……。俺、どうすればいいんですかね。

まりも 自分で決めて下さい。

たかお えーーとーーー……。


  まりも、にこやかな表情を浮かべる。


■コンビニ・数日後・夜

  (SE)ファミマのメロディ。


たかお いらっしゃいま……


  たかひろが入ってくる。


たかひろ おまえ、何してくれてんの?

たかお (色々飲み込めず)……え? 

たかひろ わかんないわけ?

たかお えっと……。

たかひろ わかんねえわけないよな。

たかお ……言ってみてくれる?

たかひろ おまえ、あいつの家で何してんの?

たかお ……。

たかひろ 信じられない。本当にお前、いい加減にしろよ。

たかお ……兄に対してその言葉遣いどうなのかな?

たかひろ は?

たかお ちょっと言い方おかしいんじゃないかな。

たかひろ 論点そこじゃねえだろ!!

たかお (怯む)!

たかひろ わかったよ。ちゃんとお伺い立てればいいんだろ。「私のまりもと寝たことに関しては、どうお考えですか?

たかお ……寝てない。

たかひろ 嘘つくなよ。

たかお 嘘じゃない。寝てない。寝てないから、そこまで言われる筋合いもない。


  (SE)ファミマの音

  まりもが入ってくる。一同の視線が集まる。


霧見 わーお……。

まりも あれ、すごい。奇遇。


  超絶に悪い空気。


たかひろ ……家で待ってるから。


  たかひろ・まりも、去る。


たかお 朝五時。夜勤明けはいつの日も清々しい。心地いい冷たい風。いつも通りの朝焼けだった。


  (SE)少しして電話が鳴る。


霧見 もしもし? 渡蟹くん? 大丈夫? バイト、来ないの? 今さ、渡蟹くんのライン、全部俺がカバーしてんだけど……いや、いいんだけど、それは。今家? ……え? ぜんぜんえ、聞こえない。なに? は? ……「山」?


  (SE)鳥のさえずりや木々の擦れあう音。


たかお 山なう。




16・07

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