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週末 【短編小説/あらすじ】

お題「もみじまんじゅう」で考えた話のあらすじです。その2

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「お疲れ! 週末、空いてたら遊ばない?」
仕事帰りの会社員、理子は友人の千尋からのメッセージにどう返信しようか迷っていた。
今日は金曜日。駅のホームは大勢の学生やサラリーマンたちで混雑している。
待ちに待った週末、明日も明後日も特にこれといった用事はない。
それなのにどうしても肯定的な返信をする気持ちにはなれなかった。
すし詰め状態の満員電車で片道一時間かけての毎日の通勤。       それに加え、今週は残業続きで疲れ切っている。気持ちに余裕がない。
メッセージを見たときにまず思ったのは「どう断ろうか」ということだった。頭の中で言い訳が次々と浮かんでは消える。
「特にこれといった用事はないけれど、疲れていて遊びに行く気力がない。どこにも出かけず、誰にも会わず、家に引きこもってだらだらしていたい」
今の理子の心境をそのまま書くとこうなる。
遊びに行くのが嫌なわけではない。誘ってもらえるのは嬉しい。会えばきっと楽しい。
だが、どうしても気が乗らない。先週も都合が悪いからと言って断ってしまった。
最近、休日はほとんど出かけずに家でじっとしている。
結局疲れた頭では何も思い浮かばず、理子は「後で返信しよう」とスマートフォンをバッグにしまった。

電車が来るまでにはまだ時間がある。                 ホームの隅に立ってぼんやりとしていると、近くにいた男性三人組の会話が耳に飛び込んできた。
三人で一台のカメラを覗き込み、ワイワイと盛り上がっている。
「いやー、楽しかった」
「ほんと。ずっと天気がよくてよかったよな」
「晴れたのは俺の日頃の行いが良いおかげだって」
「はいはい。おっ、これ見て。うまく撮れてる」
「おー! いいじゃん」
「俺の腕がいいんだよ、腕が」
「ぜってー違うわ。このカメラの力だし」
「うわ、レンズ触んな。やめろ、これ高いんだぞ」
「なー、その写真、後で俺にもデータ送って」
「旅行アルバム作ろうぜ」
全員大学生くらいだろうか、どうやら旅行帰りらしい。
(はあ、旅行ですか。いいね、旅行。そういえば最近行ってないな……。  まあ、行く気にもならないっていうか。あーあ、学生はお気楽でいいよね。そんな元気も気力もないですよ、こっちは)
理子が心の中でやっかんでいると。
「あの、すみません。」
突然三人組の一人がそう声をかけてきた。
驚きで目を見開く理子に青年が首にかけた一眼レフカメラを指し示す。
「あの、シャッターを押してもらっていいですか」
「あ、ああ、はい。いいですよ。」
彼らはここでも記念撮影をするらしい。青年からカメラを受け取り、理子はシャッターの位置を確認した。
「ここを押せばいいですか?」
「そうです」
「お願いしゃーす!」
「イケメンに撮ってくださいね!」
ニカッと笑う青年たちにつられ、理子は思わず笑ってしまった。
「ふふ、分かりました。じゃあ撮りますよ」
並んで満面の笑みを浮かべる三人を撮る。               カメラを返すと、三人は口々にお礼を言った。
「あざーす!」
「どうもすみません」
「ありがとうございました」
眼鏡を掛けた青年が手に持っていた紙袋をガサガサと探り、何かを差し出す。
「あ、お姉さんこれ。お礼です。よかったらどうぞ」
「……ありがとう……」
青年から手渡されたのはもみじまんじゅうだった。どうやら彼らは広島へ行っていたらしい。

向かいのホームに来た電車へ乗り込む青年たちを見送り、何とは無しにパッケージを開ける。
そっともみじまんじゅうを口にすると、どこか懐かしくほっとする餡子の味が舌に広がった。
「……美味しい」

程なくしてやってきた準急電車に乗り、理子はシートに体をうずめた。
疲れて重く沈んでいた気持ちが少し軽くなっている。
「……いいな、ああいうの」
バッグからスマートフォンを取り出し、指を動かす。
「週末、空いてるよ。あのさ、よかったら、少し遠出しない?」


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