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ストーン劇場(2)

「紹介が遅れましたね。私の名前はゴールドマン。ストーン劇場の支配人です。」
ゴールドマンは帽子を取り、丁寧にお辞儀した。
「さぁ、一番前の特等席にどうぞ」

男は促されるがまま、劇場一番前の真ん中の席に座った。ステージに人の気配はなく、劇が始まる様子もなかった。ゴールドマンは男の横に腰かけると、ステージを見つめながら語り始めた。

「ペイナイトはね。支払うという意味の『pay night』ではないんだ。本当の意味は『Painite』、つまりペイン石のことだ。ダイヤモンドよりも希少価値の高い、鉱石だよ。知っているかい?」
知らない、といった風に男は首を横に振った。
「そうか。だがあなたはこれからペイン石のように希少で価値ある体験をすることになる。」
人生が変わる。そう言いながらゴールドマンがゆっくりと立ち上がり、ポケットから一枚の金貨を取り出した。彼は金貨をフチを親指と人差し指で持つとそれを男に見せた。
「さぁこれを良く見て」
ゴールドマンが金貨をゆっくりと上下、そして左右に揺らし始めると男は強烈な眠気に襲われた。

気づくとそこは自分の部屋だった。午前6:30、日の光がほとんど入らない窓、テーブルとベッド、それから冷蔵庫が部屋の大半占めているいつもの小さな部屋で男は目覚めた。とても心地よい夢を見ていた。ホコリっぽいベッドから起き上がると、今日見た夢について考えた。ゴールドマン、確かに彼はそう名乗っていた。金貨が頭の中でくるくるまわって、目が冴えなかった。顔を洗おうと狭い洗面所へ向かおうしたとき、テーブルの上に見覚えのない便箋が置かれていることに気がついた。男はまさかと思いながらも、手紙を手に取り、封をあける。さっきまで男の頭の中を回っていた金貨がそこには入っていた。一緒に入っていた手紙には短くただこう書かれていた。
「来週の金曜日、21時にストーン劇場へ。―ゴールドマン」
男は洗面所でいつもより念入り顔を洗った。

ビー、という開演の合図が鳴ると会場は暗くなり、緞帳が上がった。
男は金曜日、約束の時間にストーン劇場へと向かった。劇場の周りに人気はなく、入り口にはスタッフが一人立っていた。スタッフすぐにこちらに気がつくと、男を劇場内に案内した。ペイナイトの日とは違い、出迎えてくれるスタッフは彼だけだった。男は前回と同じ席に座り、開演を待つ。一体どんなステージが見られるのか、男は胸を高ぶらせずにはいられなかった。

緞帳が上がる。物語が始まった。ステージには若い男女、二人が質素な暮らしを営んでいるシーンから始まった。ステージ左に小さな田舎の家、右側が二人の仕事場のようなセットが佇んでいる。始まってみると案外普通の劇で、男は少しがっかりしていた。人生が変わるとは大げさだ。だがあのとき会ったゴールドマンという人物の存在が、この劇が平凡なものであるとは考えにくかった。
劇では二人の男女が安い賃金で共働きをし、何とか生活を営んでいた。父親は炭鉱夫でいつも夜遅くまで働いた。母親は工場でミシンを使った製造業。仕事は単調で厳しかったが、二人はどんなにお金がなくても幸せな生活を送っていた。あるとき母親は子供を身ごもった。父親は子供の為にもっといい職を見つけ、街でタイヤのセールスを行った。そして遂に子供が産まれた。子供の名前は「ベリル」と名づけられた。元炭鉱夫である父が名づけた名は、美しい宝石のような名前だった。

男はハッとした。この劇は、いや、この人生は誰の人生なのか。この劇が一体何の劇なのか、ようやく気づき始めた。これは他の誰でもない、僕の物語だ。

ベリルが3歳になった頃、父親は死んでしまった。もともと肺が悪く、医師にかかる金もなかった。その5年後、母親も亡くなった。交通事故だった。ベリルは8歳にして孤児院に引き取られたが、ただただ自分の生きる意味が分からなかった。16歳になって一人で十分に稼げる歳になってから、ベリルは孤児院を出てひとりで暮らした。偶然、ベーソルトシティに立ち寄ったとき、興味本位で立ち寄ったと劇場でステージを観たことがあった。ステージはこの世からかけ離れた異質感を放っていた、誰もが輝ける場所そんな場所にベリルは強い憧れを抱いた。僕もステージに立ちたい、かか23歳のベリルはストーン劇場でペイナイトになった。そしてベリルは今、まさにストーン劇場でステージを見ている。

ステージに一人ぽつんと佇むベリルと観客席のベリル、二人の目と目が初めてあった。ステージのベリルはややあってから、観客席のベリルに一言こういった。
「ここから先はベリル、君が頼むよ」
あぁ、そういうことだったのか。ベリルはゆっくりとステージに上がった。
「ようこそ、ストーン劇場へ」
スポットライトがまぶしく、ステージから見る観客席はとても広く見えた。

(終)

#短編小説 #小説 #ショートショート

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