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異業種からの転職体験


現在書いている素人短編小説がちょうど「転職」にまつわるものなので、そこから抜粋した超短編小説仕立ての異業種転職体験記です。ノンフィクション部分をベースにしたストーリー展開なのでちょっと長いです。追記に異業種転職で大事に思えたポイントを別途書いています。
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       「転職」
 洋子はゆっくりと飲み物を口にはこんだ。でも一口飲もうとしても、喉の奥にすんなり流し込めないでいた。前に座っている田中という女性が気になっていた。先ほどから、なぜか洋子をみては、一人でニヤっと笑い、また飲んでいた。気になった。
 今日は加賀君に誘われて大学の小同窓会。学生時代からは三年ほどたっていて、当時から利用していた店の赤提灯は年季が増し、床もテーブルも何度も水拭きされていて黒光りしている。
 
 洋子は上品な紺のパンツスーツに身を包んでいる。シンプルなデザインのジャケットの中は白い前開きのシャツブラウス。ヨーロッパのデザイナー物にしようとも思ったが、やはり今日の面接の趣旨にはそぐわないと思った。質素に、駅前デパートで購入した、可も無く不可も無い普通のパンツスーツだ。せめて素敵な色のハイヒールを合わせたいところだが。四センチヒールの黒のシンプルなパンプスにした。ハンドバッグも靴と同じところで買い、おそろいの地味なセット品だった。
 今日は決戦の日。なんとか無駄に目立たないように、万人に良い印象をあたえたい一心でこの服装にした。ヘアスタイルに関しては、洋子の自慢の緩いウエーブのかかったロングヘアでは無く、わざわざ今日のために、内巻きの、肩に髪の毛のかからないボブカットにした。もちろん、修正パーマでストレートヘアも実現した。  
    でも、ブラウスの中に隠れているネックレスは、自分の一番のお気に入りで、母から十六歳の誕生日に譲り受けた小さなアメジストの付いているペンダントにした。無意識に時々、指で胸元にあるのを確かめたりもするが、今日は絶対失敗のないよう、無駄な動作は意識的にしないようにした。目線もそう。口元の微笑みもそう。相手の話しを聞く時の相槌の顔の角度も鏡の前で計算した。すべて準備万端、ミスの無い転職面接が出来たとホッとしてから、この会に参加していた。
 
 田中はたしか帰国子女で、母一人子一人の母子家庭育ちの洋子とは異なった生い立ちだった。ウェイトレスや家庭教師のアルバイトに精を出し、行きたいテニスの合宿や、午前の人気のあるゼミも、仕事の都合で辞退しなくてはいけない洋子とは違っていた。
 
 「ねー、本当にびっくりしたわけよー」と田中がまた言い出した。今度はまわりも彼女の方を注目した。
    「そうだ田中、会社かわって、今は大手町の外資系保険会社になったんだよね。どう、おもしろい?なんかあったの?」とまわりが聞いた。
 マヨネーズを口の端に付けたまま、酔っている田中は 「うん、なんか英語使ってやってる。変な営業のおじさんがいっぱいいる。とにかくみんな英語下手だから、ヘルプしてんの。ま、それは置いておいて、今日はもう本当にびっくり。だってさー、洋子がウチに面接にきたわけよー!洋子には見えてなかったかもしれないけど、私その時、人事部長と役員室に入る洋子がみえたの。なにそれ、ライバルじゃん洋子!」 と洋子を見てけたたましく一人で笑った。
「田中さん、それ、ちょっとまずいでしょう。ね、違う話しようよ。」
 加賀君が上半身を田中におおきく向けてたたみかけた。周りも状況の成り行きに一瞬シーンとなった。みんな気まずかった。でも空気が読めない田中が続ける「オーマイーゴッド!で、インタビュー(面接)したCEO(最高経営責任者)ね、とっても気に入ってたみたいでさー、あたしに訊いてきたの。同じ学年卒だよね、って。で私が、そうですけど、私は洋子と違ってブスでどうしようも無いけど、真面目だけが取り柄なんです、って言ったの。へー洋子さんは真面目じゃないの?って聞くから、気が付いてないみたいだったから、私が説明したのよ。洋子さんの事。そうしたら、他の人も、ちょっと似ていると思ってた人も周りによってきて、みんなで大騒ぎになったのよ。だって!セクシーを売りにしている水着のグラビアアイドルがウチに面接にきたんだから!」
 
 洋子は緊張した。田中が面接の事を公言するとは。非常識だった。社会人なのにあり得ない行為だった。洋子は血が頭に上るのを感じた。泣きたくもあった。でも堪えた。周りには愛想笑いもした。自分で考えても奇異な立場になった。グラビアアイドルが一流企業に転職面接に行ったのだから。それを学生時代の仲間が知ることになり、はずかしかった。
 
 五年前も全然違う恥ずかしさを経験したことがあった。学園祭の手伝いをしていた加賀君に大学のミスコンテストに応募するように薦められて恥ずかしながら挑戦した事だった。洋子は得意の英語を使ったバイリンガルスピーチとMCの促す即興ヒップホップダンスを鮮やかに踊って、なんと2位になった。それからモデル事務所からスカウトが来るのに時間はかからなかった。
 
 「ね、ちょっとそこ剃ってくれない?そのカーテンの後ろで。このビキニだとおケケがはみだしちゃうしモコモコするから。洋子、IラインとかVライン、ケアしてないでしょう?プロなんだから、ちょっとやっておいた方がいいよ。とにかく、はいっ剃刀ね。クリームまでいらないよね。前の上の方と脇の方ね。よろしくー」 スタイリストがカメラマンと一緒に洋子を見る。日常茶飯事のどうといったことの無い撮影現場の会話だった。
 
 すでに大学を卒業してから三年たっていた。もっと早くモデルの仕事を辞めようとも思ったが、小さな事務所の女社長に頼まれ「洋子さん、ここで辞めたら本当に勿体ないわよ。損よ。もうちょっとだけ頑張らない?うーん、たとえば、25歳まで。ね、この事務所のスタッフも洋子さんを応援して頑張ってきているから、頼むわ。それに洋子さん、お母さんにマンション買ってあげたいんでしょう?今年収が大台にのっているんだから、もうちょっとやれば、それが実現できるわよ!その後にサラリーマンになってもいいじゃない。ね25歳まで。」
 
 在学中の最初の頃の仕事はファッション雑誌のお洋服を着るだけの仕事が多かった。でも、テレビコマーシャルに受かりだし、スポンサー会社が付いてくると、グラビアでの撮影も増えてきて、水着の仕事も増えた。最初の頃は健康的な太陽光の下での撮影が多かったが、25歳近くになる頃には水着も小さくなり、より妖艶な映像が求められた。洋子は悩んだ。プロのモデルや普通の女性でも今時ビキニラインのケアはしている。でも、自分はちょっとそれを躊躇するタイプだった。そして、カミソリを持たされて、洋子は決断した。25歳となった今、母のために小さいながら、日当たりの良いマンションを現金で購入し終わったところだった。なので、三ヶ月以内に辞められるように、はっきりと事務所に退職届を出すことを決断した。
 
 その撮影から五ヶ月が経ち、洋子は事務所を辞めて、サラリーマンとなるべく転職活動をしていた。
 
 ちょうど幹事の女性が立ち上がって、皆に声をかけた、「すみません、そろそろ時間となってきました、今日はありがとうございました。また来年会いましょう!」
 
 洋子は加賀君と店を出て、それぞれ違う方向に歩いて行く前にちょっと立ち話をした。「ま、洋子が前から俺に言ってくれていた転職計画な、頑張れよ。人が何を言っても。それに洋子、英語得意だったよな、それを活かせる仕事ができるといいな。TOEICとかいい点とってるか?」
 「うん、おかげさまで私も子供の頃から英語が好きだったし、モデルの女の子達も結構いろんな国の人がいたから、英語でおしゃべりしたり、時々スタッフの通訳をしていたの。楽しかったから、待ち時間とかは英検とかTOEICの勉強を一生懸命してたよ。この間の試験で、まぐれだとおもうけど、750いったのよ!」と元気を取り戻して伝えた。
 「おー!俺も英語頑張って今商社だけど、それすごくいいよ!大丈夫、未来は明るいよ、洋子!じゃあな。」
 
 加賀君と別れて交差点の方に歩いている途中、洋子は今日の面接の事を振り返っていた。履歴書審査を通過して個人面接となった今日、洋子は大手町のビル陣にある会社を訪れ、人事部での面接のあと、直々役員室で、日本人部長と欧米系のCEOとの面接に通された。物怖じしない洋子にとっては、和やかな日本語と英語での始めの挨拶で、良い第一印象を持ってもらえた気がした。そして、試験を感じさせない雰囲気の中で、質問をいくつかされた。おそらく日本人部長さんは英語も出来るのだろうが、あえて洋子に、そうだ、この数字、英語でなんてマイクに説明したらいいだろう?
 「保険料五億三千万円。それと、13万人の四分の一。」等と訊いてきた。洋子は微笑みながら、「530 million yen in premiums. And one-fourth of 130 thousand people.」と即答した。今度は外国人CEOも「How can I say that we want to further motivate the sales team and offer them a better incentive program in order to further increase customer satisfaction and number?」洋子は「営業チームをより動機付けするために、より良いインセンティブ、つまりボーナス的な要素を設け、顧客の満足度と数を増やしたい」と答えた。
 少々専門用語が違っていても、それは入社してから教えてもらえるのだから、取りあえずは躊躇せずに答える事にした。もちろん数字だけは絶対に言い直しをしたり、間違えてはダメなのは経験からわかっていた。完璧だった。
 
 加賀君とわかれてから、洋子は歩きながらスマホの着信メールを見て気がついた。足を止め、メールを読んだ。なんと、今日会った部長さんから直接メールが来ていた。
 「今日はお会いできて、有意義な時間となりました。社長のマイクと話した結果、洋子さん以外は考えられないとなり、是非、チームの一員になっていただきたいと言うことで、マイクからもいわれ、連絡しています。こちらの勝手な都合を申し上げると、なるべく早く入社していただきたいと思います。洋子さんが希望している、給料、福利厚生、キャリア形成プラン等は、ご要望にそえると思います。取り急ぎ失礼いたします。明日、人事部より正式な連絡が行きます。See you soon!」
 
 洋子は立ち止まったまま、スマホの画面を長くみていた。ようやくスマホから目を離し、周りの街路樹の美しいイルミネーションが黄金色に輝く中、洋菓子屋が目に入った。
 「そうだ、ママにケーキを買って行ってあげよう。二つ、いえ三つずつでもいいかもしれない。今夜は二人で前祝い!」洋子はほとんどスキップをするような足取りでケーキ屋に入っていった。
(完)
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    追記の異業種転職ポイント
 
 上記は何年も前の出来事をベースにしていますが、現在と変わらない転職ポイントがあるかと思いました。

1.   よほどブラック企業ではないかぎり、ある程度経験を積むつもりで、既存職場でがんばってみる。どうしても、自分でこの職種じゃないとはっきりと確信した時、行動を起こす。

2.   円満退職を心がける。特に中小企業は次の人を雇うのも大変だろうから、余裕を持って辞める。

3.   転職に向けて、自分を磨いておく。これが一番大事。チャンスが来た時に、両手でつかめる用にしておく。どんなに良い人柄であっても、能力が無いとダメ。得に転職は速攻戦力が欲しい企業が多い。来週からでも使える人材になること。目的に向かって、日々の勉強、スキルアップ、資格習得を常日頃から頑張る。

4.   異業種転職でも物怖じせず、自分がその会社に貢献出来るとおもえれば、チャレンジする。

5.   少々意地悪や嫌みをいわれても、自分の決めたことは計画的にひたすら進む。ただし給料が下がったり、条件が前より悪くなる場合は慎重に。最低、給料10%アップと通勤時間や福利厚生の待遇アップ。将来ローンを借りられやすい仕事かどうかを考える。

6.   いくら自分の判断とはいえ、親しい友人のアドバイスや、やはり親や結婚している人は配偶者の事を考えてから転職する。後々のサポート体制につながる。

  以上、私の異業種転職体験記でした

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