視える人 其の弐

  私が高校生の時の話である。

 おなじクラスにいたMさんは、ショートカットによく日に焼けた肌、ぱっちりとした大きな目が印象的なとても明るい性格の少女だった。このMさん、実は寺娘だったのだが、

「私? 確かに家はお寺でお祖父ちゃんもお父さんはお坊さんだけど、私には霊感とか全く無いから。変なモノも視えないし、変な音や声も聞こえないよ? だから心霊系の話とか心霊スポットに一緒に行くとかの誘いは役に立てないから誘わないでね! あはは」

といつも明るく笑っていた。

実際、Mさんはテニス部の練習や試合で忙しい日々を送っており、放課後や休みの日も殆ど私達とは遊べなかった。

 二学期の期末試験も終わって冬休みが間近に迫ったある日、当時茶道部だった私が、年末の稽古納めと茶器の点検で普段よりも遅い時間に帰路に着こうとしていたら、丁度部活終わりで学校から出ようとしているMさんに出会った。

「あれ~? 鈴郷さんこんな遅くまで学校いたの? 珍しいね」

「Mさんも今帰り? いや~、茶道部は今日が今年最後の部活でね、お稽古の後に道具の点検あったりしたから遅くなった」

「私もネットの片付け当番で少し遅くなったんだよ。茶道部は今日で部活終わり? いいなあ~! テニス部は29日まで練習あるんだよね~!」

「Mさん電車だよね? 私も電車だから駅まで一緒に行こうよ」

「そうだね、暗いし寒いから話し相手がいて良かった! あはは」

などと話しながら校門を出たのは午後7時頃。陽が暮れて暗い夜道を、学校から少し離れた駅まで二人並んで駅に向かって歩き出した。

 学校から駅まではほぼ一直線。真っ直ぐ歩いて行けば駅まで7~8分で着くはずなのだが、途中にある小さな公園の横を通る時に私はMさんと会話できずに顔を背けて公園の方を見ないようにして歩いた。

「鈴郷さんてさ、さっきの視えてたよね? だから何も言わずに公園を見ないようにして黙って歩いてたんだよね? ぐんにゃり歪んで回ってる渦みたいなのね。水飲み場のところね」

と私に言ったので、

「Mさん、本当は霊感あるの? Mさんもあれが視えるの?」

私がそう聞き返すとMさんは、

「まあ、うちがお寺だし。でも興味本位で聞かれるのも嫌だし、霊のいる場所に連れて行かれるのも嫌だから。それにそういうの信じてなくて否定する人もいるから嘘つきとか言われるのも嫌だから。鈴郷さんもそうじゃないの? だっていつもそういう話題避けてるし、霊とかいる場所に近づかないようにしてるよね?」

と真顔で言って大きな目で私を見た。

 駅に向かう途中にある小さな公園にはいつもたくさんの霊がいて、その霊たちは何かを待つように公園のほぼ中心にある水飲み場の周りをウロウロしていた。年齢も性別もバラバラで、見る度に違う霊が入れ替わり立ち替わり公園の水飲み場の周りウロウロしていた。

霊が視えるだけならまだ良かったが、公園に近づき過ぎるといつも視界がぐにゃりと歪んで、その歪みの中に引き込まれるような気がして怖くてたまらず、私はいつもその公園の横を通る時は公園の方を見ないようにして足早に通り過ぎるようにしていた。

 Mさんは私よりもはっきりと公園内のモノが視えるらしかった。私には公園内をウロつく霊しか視えなかったが、Mさんは水飲み場のすぐ脇に開いた灰色の大きな渦が、ぐにゃりと歪みながら霊を飲み込むのが視えるのだと言った。

「うちのお祖父ちゃんがね、あの公園には大きな霊道の入口があるって言ってたよ。だから霊道に入りたい霊があの公園に集まって来るんだって。でね、霊が霊道に入る時に入口が歪んでぐにゃりとなるわけ。水飲み場の脇の灰色の大きな穴みたいなのが入口なんだろうね。鈴郷さんが感じた引き込まれるような感じはそれだと思う」

Mさんは私にそう説明してくれた。そしてこれからもお互いに「視える」ことは他言無用にと約束して駅で別れた。

その後もMさんは、

「ごめ~ん! お寺の娘だけど霊感全く無いから! うちの家族もみんな霊感無いみたいだし、その手の話題や相談の役には立たないよ~。あはは」

と相変わらず明るく笑いながら、寺娘に期待を寄せる一部の心霊・オカルト好きの同級生達やテニス部員達を残念がらせて高校生活を送った。


私の知る限りですが、「視える人」はやはり「視える」事を公言しない人の方が多い気がします。










 










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