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ドラッグ・クイーンたちの純愛、そしてストリートのタフな日常。舞台はLA。

Sean Baker(b.1971-)監督の”Tangerine”(2015)という映画を早稲田松竹で観た。ニュージャージーに生まれ育ったかれらしい映画と言えばいいかしらん。物語のはじまりは、ドラッグ所持を警察官に摘発されたことで刑務所に一カ月入れられていたアフロアメリカンのドラッグ・クイーン(おかまちゃん)、シンディがクリスマスの昼間出所してきたところから。彼女を出迎えた友人アレクサンドラもまたアフロアメリカンのドラッグクイーンで歌手志望。彼女は言う、「あんたの男はブロンドの白人娼婦と浮気してたわよ」。この瞬間、シンディはキレた。なによ、あたしが刑務所に入れられたのは、ドラッグディーラーの彼氏チェスターを護るために、カツラの内側にドラッグを隠してあげた。でも警官にカツラをとられてバレちゃったからじゃないの! それなのにチェスターったらあたしが豚箱に入っているあいだにちゃっかりブロンド白人女と浮気ですって!?? 許せないッ、その女をぶッ殺してやるッ!!! 他方、アルメニアからLAにやって来てタクシードライヴァーをやっている中年男ラズミック。かれはかいがいしく家族を養っているのだけれど、なぜかドラッグクイーンに夢中になってしまう。このふたつのドラマがやがて出会って、クリスマスの夜、しっちゃかめっちゃかなクライマックスを迎える。


ぼくはこの映画をげらげら笑って愉しんだ。撮影はMOONDOG LABSのアナモルフィックレンズ(1個14000円ていど)を装着した3つのi-Phone 5sでおこなわれたというところも斬新だった。プリントの色調も日中の光景では夕陽を強調するような仕上がりでそれも良かった。モノクロネガフィルムをテクニカラーで着彩し、フルスクリーン劇場上映してまったく遜色ない映像だ。


たいていの人は職業、資格、肩書、会社、仕事歴、社会的評価、コネ、家族、資産などに護られて暮らしているものだ。しかし、ドラッグ・クイーンたちはなにものにも護られていない。



この映画では語られていないけれど、彼女たちはただひたすら女にあこがれ女になるための努力を惜しまない。まずはヒゲ、脇、脛の永久脱毛をする。次に女性ホルモン注射を2週間に一回、数か月~一年ていど繰り返し、胸もぷにぷになって大きくなって。声の音程を高くするため声帯の手術をして喉仏を削除して。さらには欲を出して豊胸手術して。(人によっては男性器を切除して、女性器を作る)。なお、この映画の彼女たちはまだちんこは残しています。


そしてこの映画のヒロインの場合は、メイクをしてカツラをかぶり、黒いブラジャーをして、薄手のブラウスを着て、臍を見せ、ショートパンツで路上に立って、客をとる。サーヴィスを提供した後に代価をふんだくることさえも命懸けである。なお、彼女たちのライバルはちゃんと自然な女性器を持った白人娼婦たちである。



しかもこの映画のヒロインの彼氏はドラッグディーラーでありいつパクられてもいつ殺されてもおかしくない。それでも陽気に楽しみながらかれらは生きている。あしたのあるなしもわからないというのに。


なんてタフな日常だろう。こんな世界があるんだなぁ。まるで自分がLAの悪場所に滞在したような経験だった。音楽のつけ方もユーモラスで良い。なお、この映画のタイトルがどうしてモロッコの港湾都市の名前の形容詞形なのかぼくはわからなかった。検索してみたところTamgerin dream というかわいいドラッグ・クイーンのインスタグラムがヒットした。





なお、Sean Baker監督のフィルモグラフィは興味深い。以下の作品を"Red Rocket" と”Florida Project”を除いてぼくは見ていないのだけれど、ドラマを想像するのもまた楽しい。ざっとこんな物語であるようだ。


"Take Out"(2004)


ニューヨークシティでレストランの宅配で生きる中国移民の若者の物語。かれはアメリカに不法移民するにあたって移民仲介業者から背負わされた巨額の借金を返済しなくてはならず、人の二倍働いてもなお返済はとどこおり窮地に陥っています。さて、いったいかれは!??



"Prince of Broadway "(2008)

ラッキーは、ニューヨークシティのストリートで、有名ブランドのぱちもんを売りさばいて、大金を荒稼ぎしているススマートハスラー。しかし、かれの元ガールフレンドがかれが知らないうちに作ってしまった息子と一緒に現れたとき、かれの人生は揺れ動く。


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”The Florida Projectーフロリダ・プロジェクト 真夏の魔法”(2017)

ヒロインはムーニー、7歳の少女です。彼女はフロリダの格安モーテル、マジック・キャッスルイン&スウィーツで、シングルマザー、ハレーと一緒に暮らしています。ハーレーは胸に薔薇のタトゥーを入れた若くイケイケのおかあさんで、生活力もなく、怪しげな「仕事」でかつかつに暮らしています。ただし、ムーニーにはいつも優しく、ムーニーもまたど貧乏ながらたのしく暮しています。なお、ディズニーランドは目の前ですが、しかしムーニーや友達たちは入ったこともありません。ただし、ムーニーたちはそれを不幸におもったこともなく、そもそも彼女たちは自分が置かれた現実を知らず、ただ無邪気にキャッキャ言って遊び暮らしています。もちろんこんな危なっかしいけれどもムーニーにとっては幸福な日々が、いつまでも続くわけもありません。




Red Rocket(2021)

中年男のポルノ映画スターがすべてを失って故郷テキサスへ戻ってきて、かれはこれまでさんざんほったらかしておいた妻と妻の母の家へなんとか転がり込んで、テキサスで自慢の口八丁でドラッグディーラーとしてカネを稼ぎ、ドーナツ屋の17歳の美少女とうまいことやってけっこういいおもいを味わうものの、しかし人生そうまくいくはずもないという話。

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