よくある入れ替わりネタ

あらすじ:紅さんと眞言さんの中身が入れ替わりました。
よくありすぎて陳腐この上ないのですが、お題ガチャメーカーには逆らうすべがなかったのです。お題で書くと、キャラの皆さんの意外な一面が見つかることもあるので、どんなお題でも感謝します。
こういうおちゃらけお題でも、紅まこ(紅さんと眞言さんのカップリング通称)だとついシリアスにしてしまうのが悪い癖です。できれば今後はギャグも書きたいです。

紅が眞言で眞言が紅で

「……何これ」
 目の前で俺が声を上げた。確かに、いつも鏡で見ている俺が、俺の前にいる。
 これはいったいどうしたことか。しばし無言になる俺へ、俺の顔をした者は更に重ねた。
「どうして俺が俺の目の前にいるの」
 俺の顔をした男の言葉に、俺は己の顔に触れる。とはいえ、指先の感覚だけでそのものの形を捉えられるような訓練は受けていないため、何の解決にもならない。
「……お前には、俺が何に見える」
「確かに多禄丸紅の顔をしてるけど……もしかして、眞言?」
 俺がうなずくと、俺の顔をした男は俺の肩を掴んだ。
「眞言……俺は紅だよ。俺は今誰の顔してる?」
「俺の――迦具土眞言の顔をしている」
「つまり……俺が眞言で眞言が俺で?」
「そのようだな」
「いったい何が……」
 紅は俺の顔をして首をひねった。
「おそらく、俺の力の暴走だ。こういう不可思議なことがたまにある」
「それは、まぁ、ずいぶんと」
「俺の力は肩書きに依存するものではない。迦具土の家を出ても、この力とは一生つき合うことになる……お前にもおいおい慣れてもらわなければ」
「うーん……いや、今、君……」
 赤い瞳が、嬉しそうに俺を見る。なかなか落ち着かない光景だ。
「俺と一生一緒にいるつもりって言った?」
 俺にとっては当たり前のことだ。それでも言葉にすれば無性に羞ずかしい。
「その通りだが……」
「照れ顔がほんとに可愛いよね……」
 俺の顔をした紅は俺の顔に顔を近づけかけ、キスをする寸前で止まった。
「うーん……」
「どうした」
 俺が問うと、紅は――俺の顔は不服そうに眉を寄せた。
「もし、もしだよ? この状態が続くとしたら……俺たちはどうやって抱き合えばいい?」
「抱き合う……」
 俺は考えを巡らせる。
 紅は俺を抱くつもりだろう。役割は身体に依存するものではない。
 しかし。
 忌まわしい蛇神にもてあそばれたせいで、俺の身体は男を受け容れられるように変異している。だからこそ、紅と深く激しい夜を共有できてきた。
 しかし、紅の身体はそうではない。普通の男は男に抱かれるようにはできていない。
「自分の身体が心配か?」
「い、いや、いざとなったら俺が抱かれるから……」
「俺は無理をしてまで俺を抱きたくはない」
「だよね……」
 俺の姿をした紅は頭を抱えた。
 そういえば、と俺は思い至る。
 もしこのまま巳の日を迎えてしまったら。
 あの日のことを思い起こすたびに、俺は羞恥と快楽に身を震わせる。
 腹の底が疼く。己がひどく空っぽに感じる。その空白を埋めてほしい。太く、たくましく、確かなもので。そのためなら、脚を開いて招くことなどなんともない。早く、早く、一刻も早く俺の中に入ってくれ。
 巳の日を終えれば、己のしでかしたことがとたんに羞ずかしくなる。淫らに身をくねらせて己の内側に雄を求めるなど、はしたないことこの上ない。そんなことを我慢できない俺は、男として人として唾棄すべきものだ。
 そんな激烈な快楽と後悔を、俺なら辛抱できる。何度も経験してきたから、耐性ができているのだ。
 しかし、清潔な身体の紅には耐えられるだろうか。俺はそう思わない。愛する男が飢餓感を持て余し、あげくに深い後悔をするなど、俺は許せない。
「眞言」
 紅が気遣わしげに赤い瞳を向けてくる。
「すごく心配そう。俺の顔でも、君がそんな顔してるのは見たくないよ」
「紅――俺はお前が愛おしい」
 俺の顔をした紅は頬を赤らめる。自分でも不健康なほどだと思う白い頬に朱が差すのは、確かに目を惹く。さすがに自分の顔を可愛いとは思わないが。
「お前を傷つけたくない。もし巳の日までにこの状態が直らなかったら、俺は丸一日どこかへ行っていようかと思う」
「ちょっと待って」
「何度もあの時の俺を見ているだろう……あんな醜態を晒しては、お前は後悔する。俺はお前にそんな思いをして欲しくない」
「それは違うよ」
 俺の言葉に、紅は決然と返す。録音した己の声は何度か聞いているが、紅の魂が入った声は格別だ――などと思っている場合ではない。
「君の様子は何度も見てる。醜態なんで俺は思わない。苦しそうで切なげな君を見てると、守りたいって思うんだ。それにもし俺がそんな状態に陥ったら、俺は君にしがみつきたい。独りじゃ耐えられないし、他の誰よりも君に助けて欲しい。俺が君を助けたいと思うのと同じように」
「紅」
「眞言――俺も君が好きなんだ。俺が好きなら、俺のこと救って」
 まったく、図々しい男だ。
 と、以前の俺なら思っていただろう。己の弱みを晒し、自分を助けて欲しいなど、男の風上にもおけない、と。
 しかし今の俺は、紅のしなやかな強さを知っている。苦しい時に救いを求めるには、つまらない矜持を捨てる覚悟と勇気が必要だ。紅はそれをあっさりとしてのける。巌のようではないが、どんなことにも柔らかく対処できるのも強さのひとつだ、と紅は俺に教えてくれた。
「紅――」
「眞言、今日はもう寝よう。もしかしたら、明日の朝には元に戻ってるかもしれないし。君の力を信じよう」
 楽観的とも言える紅の態度が、今は救いになる。伸べられた手に逆らわず、俺は俺の――紅の腕の中に収まる。普段なら顎に乗せられる肩が、今日は高い。肩口に額を寄せれば、紅は苦笑する。
「俺の身体ってこんなに抱きしめやすかったんだね」
「やはり小さい身体の方がいいか」
「いや、俺はいつもの君を抱きたい」
 俺たちはしばらく抱擁した。
 じいやたちが面倒を見てくれていたとはいえ、この力の効果や弊害については、俺は孤独だった。誰に話しても「宗家はそのようなものなのです」と返された。幼い頃は、このような力などいらない、と駄々をこね、周囲に叱られていた。
 しかし。
 どんな異常事態も、この男となら乗り越えられる。そう信じさせてくれる男と出逢った。
 そのことだけは、あの鑑知に感謝すべきなのかもしれない。礼などは一生言いたくないが。
 抱擁を解いた紅は、俺の手を握る。柔らかく傷ひとつない、洗練された磁器のような手と違い、本来の俺の手は山行で鍛えられてごつごつしている。
「やはり俺は、お前の手に包まれたい」
「そうだね、俺も、たくましい君を抱きしめたい」
 そう言って、紅は微笑んだ。姿かたちこそ俺のものだが、その表情はおおいに異なる。屈託なく優しげで、どこか刺激も含む笑顔は、俺の知る紅独特のものだ。
「本当に、早く元に戻りたいね」
「そうだな」
 こんな状況でも、ひとつだけ確かなことがわかった。
 互いの姿がどう変わろうとも、俺たちの愛情や信頼はそよとも揺るがされない、ということだ。

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