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お題『催眠術で素直になった仰木さんと、可愛い龍くん』

今日も頑張って小説を書いた。

龍くんの可愛さをできる限り表現したつもりである。お読みいただけたら幸い。
また、眞実耶が初めて伝奇らしいことをしている点にも注目。カグツチ会の名前を出せば何でもできる気がする。

催眠術で素直になった仰木さんと、可愛い龍くん

「催眠術とは少し違うけど……できるよ?」
 眞実耶ちゃんはそう言って首を傾げた。
 紅さんは仕入れのために出かけている。カフェのカウンターの内外で留守番をしてる僕と眞実耶ちゃんは、見るともなしにテレビを眺めていた。
 夕方の情報番組らしからぬ、オカルトっぽい特集が流されている。催眠療法とか前世療法などと呼ばれている心理療法らしい。
 灯りを落とした部屋で、横たわるクライアントに垂れ落ちる水滴の音を聞かせる。半睡眠状態のクライアントへ、カウンセラーは穏やかな声をかける。
『何が見えますか?』
『あなたは何をしていますか?』
 問われるままに、クライアントはぽつぽつと答える。次第に、クライアントが今何を見ているかが明らかになる。どうやら江戸時代の大奥のような場所にいるらしい。その時の失敗が、今のクライアントの生きづらさに直結しているという。
 目の覚めたクライアントに、カウンセラーは解釈を語る。眞実耶ちゃんは、肯定も否定もしない様子でテレビを見ている。
「ちょっと疑わしいよね」
 僕が声をかけると、眞実耶ちゃんは視線を伏せたまま言った。
「わたし、あれくらいならできるよ」
 そして話は冒頭に戻る。
 眞実耶ちゃんの赤い瞳には、気負いもてらいもない。眞実耶ちゃんにとっては当然のことでも、僕にとっては驚きしかない。
「どうやって」
「んーと、こうやって視線を向けて、眠いよねって働きかける感じで」
「え、えぇ……」
「龍くんはできないの?」
「できるわけないでしょ」
 少し冷たく聞こえる言葉だったかもしれない。眞実耶ちゃんは悲しげに目を伏せた。
 そういえば、と僕は思い直す。
 眞実耶ちゃんは、一部で熱狂的な信者を持つ新宗教、カグツチ会の宗家の出身である。カグツチ会の教祖の血筋には不思議な力があると、オカルト雑誌の仕事をしていた鈴藤千架(すずとう・ちか)さんから聞いたことがある。その能力を活かして信徒集めをしていることも。しかも眞実耶ちゃんは通常でない生まれ方をして、出生届を出すこともできなかったという。
 ここを根城にするまでは縁のない話だったが、今ではおおいに関係がある。
「いや、ごめん。僕が悪かった」
 僕が頭を下げると、眞実耶ちゃんは頭を振った。
「いや、大丈夫。外の世界はそうだって習ったから」
 言葉の選び方からして、少し切ない。僕はますます後悔する。
「ごめん、ほんとごめん」
「謝らなくていいって。なんなら、わたしの力見る?」
 眞実耶ちゃんの言葉に、僕は二回まばたきする。
「誰か、本音を聞いてみたい人っている?」


 僕の指は勝手にスマホをタップしていた。気づけば、目の前には仰木さんがいる。
「勝手に呼びつけてすみません」
「いや、今日は非番だったから」
 仰木さんは、カウンターの内側にいる眞実耶ちゃんへうろんげな視線を向けた。
「君がいなくていいの」
「眞実耶ちゃんも、たまにヘルプに入ってくれることになって。今日はもうすぐ閉店だから、その練習で」
 ごまかしである。アルバイトというわけではないが、面倒を見てもらっているお礼だと言って、眞実耶ちゃんはカフェで働くことを直訴している。紅さんは、高認の受験も控えている眞実耶ちゃんを働かせることに反対しているが、正直そうなったら僕は楽だ。
 そんな事情を視線に込めると、仰木さんは納得したのかどうか、僕の勧める椅子に座った。僕はそしらぬ顔で上座に座る。普段は上座を譲る僕の行動に、仰木さんは不審げに目を細める。
 眞実耶ちゃんが注文を取りに来た。仰木さんも僕も、ブレンドをブラックを頼む。眞実耶ちゃんはすぐにコーヒーを運んで、またすぐカウンターの内側へと戻る。ちょうど、上座の僕を挟んで眞実耶ちゃんが仰木さんを見つめられる恰好になる。
 これでうまくいくといいが……。
「それで、どうしたの。君から俺を呼び出すのも珍しい」
「ええと……」
 僕は言葉を探す。『用がなければ呼んじゃいけませんか』などと言いたいが、ただの情報提供者からそんなことを言われたら、僕なら殴りたくなる。僕は常に仰木さんとの距離感を測らなければならない。近づきすぎないよう、遠ざかりすぎないよう。
「あっそうだ! 仰木さん、前にあの件調べてたじゃないですか。ちょうど詳しい人間を見つけたんです」
「ふむ」
 嘘ではない。僕は仰木さんが知りたがっていることなら、地の果てを這い回ってまでも調べられる。好きな人の役に立ちたい、という気持ちは、僕に実力以上の力を与える。紅さんは「それ、やりがい搾取って言うんだよ。謝礼としてデートでもしてもらいなよ」と苦い顔をするが……。
 僕は紙のメモ帳を開き、スマホの音声メモを聞かせ、仰木さんから頼まれていたことを次々と伝える。最初は熱い視線を僕に向けていた仰木さんだったが、少しずつ様子が変わってきた。だんだん瞼が重くなり、こっくりこっくりと頭が揺れる。
「すまない、安永くん、ちょっと待って……」
 眠気と戦おうとして、それでも生理現象には勝てない。カウンターを振り返ると、眞実耶ちゃんは右手の親指と人差し指で輪を作り、『OK』のサインを作った。僕は仰木さんへ向き直り、そっと呼びかけた。
「……仰木さん」
「なんだい」
 脳の重さに屈して、かくかくと頭が揺れている。それでも、仰木さんは寝ぼけた小声で僕に応える。
「僕は仰木さんの役に立ってますか?」
「それはもちろん……安永くんがいてくれるからいろんなことが知れる……」
 少し大きな吐息の間で、仰木さんは最上級の勢いで言う。それだけで、鼻の奥が痛くなる。
 もう少し突っ込んだことも聞いてみよう。この状態がいつまで続くかもわからない。
「仰木さん……僕のこと、どう思ってますか」
「……可愛い」
 夢見るような声音。僕の涙は引っ込む。
「……可愛い?」
「可愛いよ」
「ど、どこがです」
 脳のバッファが、まばたきの速度で減ってゆく。驚きと同様と戸惑いと――嬉しさ。混乱する。
 可愛い? 僕が?
 その感覚には賛同できないと思いつつも、好きな人から肯定的な評価を得られたのは嬉しい。
「俺を見て嬉しそうに身体を跳ねさせるとこも……俺がコーヒー飲んでるとこをうっとり見てるのも、俺の役に立とうとやっきになってるのも……みんな可愛い」
 こぼれる言葉に、僕はあわてる。
 僕は仰木さんへの想いを隠してきたつもりだ。紅さんには感づかれたが、それはあの人が特別に観察力や洞察力に優れているからだ――と思っていた。
 しかし――しかし。
 僕の気持ちを、仰木さんは知っているのでは? その上で、僕の好意の発露を好ましく見ているのでは?
「……仰木さん」
 目を伏せたまま、こわごわ、そろそろと声をかけてみる。しかし、返事はない。仰木さんは完全に寝入っていた。鼻と口から規則的な呼吸が漏れ、頭は完全に垂れ落ちている。安心したような、不安なような気持ちになる。そっと離席して、カウンター席へ移る。眞実耶ちゃんは嬉しそうな顔でコーヒーを出してくれた。
「よかったね龍くん、仰木さんも龍くんのこと好きみたいだよ」
 ……『も』。その助詞ひとつに込められた気持ちに、僕の心はかき乱される。
 僕の気持ちはだだ漏れだったのだろうか? 眞実耶ちゃんはもちろん、仰木さん本人にも。
 確認する勇気はない。自分のうかつさ、思慮の浅さに、顔から火が出る。
「龍くん?」
 眞実耶ちゃんの問いかけにも、顔を上げることができない。
 今後僕は、どんな顔をして生きていけばいいのだろうか。
 うつむいたままコーヒーを飲む。紅さんが選び、挽いてくれたブレンドはおいしい。

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