「埋もれた研究」発掘の一環で,100の研究アイデアを妄想して分析したら見えてきたこと【予備調査・結果と考察編】

要約すると

  • 分析結果としては,たまねぎのような構造の3つのメタクラスタ(芯,葉,皮)が存在し,それぞれの特徴や関係性が示されています。芯メタクラスタは私自身の研究の知見や既有知識に基づき興味を持つアイデアが多く含まれており,葉メタクラスタは私自身の研究の知見を他者の「よい状態」(ウェルビーイング)に寄り添わせたアイデアが多数含まれています。一方,皮メタクラスタは願望やキーワードに引っ張られたアイデアが多いです。

  • 以上の分析結果から,方向性が異なる2種類の「斜め上方向」の研究アイデア群を見つけることができ,私個人の視点では「埋もれた研究」の発掘につながったと考えられます。しかし,他者視点からの研究アイデアの評価や,本来の目的のひとつである他者に「斜め上方向」の研究アイデアの外化を促すプロンプトの開発など,さまざまな課題が残されており,今後の研究の方向性について議論が必要と考えています。

何の分析をしているのか

この分析の背景と方法についての詳細は【理論編】

【予備調査・方法論編】

に譲ります。

分析の結果

3つのメタクラスタ:「芯」「葉」「皮」

メタクラスタをたとえるならば,たまねぎの「芯」「葉」「皮」のような位置づけとみることができると考えます。

芯・葉・皮の関係

実際どのような分布であったのかは次の図に示します。第2軸を横,第3軸を縦にとったプロットです(第1軸は一部の外れ値が飛び出して,後はすべて塊となるようなプロットになり情報が少ないので省きます)。五角形のプロットが「芯」,正方形のプロットが「葉」,逆三角形と円のプロットが「皮」にあたります。「皮」のうち逆三角形のプロットが外れ値です。

コレスポンデンス分析の結果(第2軸・第3軸)の散布図

各メタクラスタの特徴(私個人の印象として)

以下の分析で詳細を述べますが,このメタクラスタの特徴について

  • 芯メタクラスタは,私個人のこれまでの研究成果との関連は薄いものの,個人的に強く興味を持っている問いに深く関連するアイデアが多くみられた。

  • 葉メタクラスタは,これまでの私自身の研究の知見や学術研究の既有知識と,研究アイデアを出す際にヒントにした「わたしたちのウェルビーイングカード」のキーワードとをマッチさせようとしたアイデアが多くみられた。

  • 皮メタクラスタは,日常レベルの願望を述べるのみに留まっていたり,前述の「わたしたちのウェルビーイングカード」のキーワードに強く引っ張られ過ぎたりしたアイデアが多くみられた。

といった様子が読み取れました。【背景編】でも示した下の図でいえば,芯・葉とも中身としては「斜め上方向」とはいえますが,ベクトルの傾きについて葉の方が「垂直方向」に近く,芯の方が「水平方向」に近いといえるかもしれません。


研究の「垂直方向」「水平方向」「斜め上方向」

いずれにせよ,あくまで私自身が出したアイデアに対する印象を述べた以上のものではないので,フィードバックがいただけるとよいのですが。

メタクラスタの中身を詳細に分析する

各メタクラスタごとに,Pythonのnlplotを用いてタグの共起関係を可視化しました。

可視化手法を簡潔に説明すると次のとおりです。

  • 共起ネットワーク

    • タグの円の大きさが登場頻度,タグ間距離が共起関係の頻度で近いほどよく共起している,タグの円の色は後述

  • サンバーストチャート

    • 共起関係からタグをグループ分けしたもの,共起ネットワーク内におけるタグの円の色とグループ分けが対応

芯メタクラスタの共起ネットワークとサンバーストチャートは次のようになりました。


芯メタクラスタのタグの共起ネットワーク
芯メタクラスタのタグのサンバーストチャート

「学習」「コミュニケーション」「人生」「認知」「働き方」を中心とした共起関係ができあがっていて,とりわけ

  • 「学習」においては「正解信仰」の「アンラーニング」,「メタ視点」の取得といったアイデアが含まれていること

  • 「コミュニケーション」においては他者との「距離感」や,「ナラティブ」の共有による「対話」などのアイデアが含まれていること

  • 「人生」においては因果関係ではなく「縁」で動く面があること,「価値観」の「分断」との向き合い方,これらを踏まえたキャリア形成に関するアイデアが含まれていること

  • 「認知」においては「当事者」視点と「他者」視点の違いとここに起因する「違和感」に興味があること,「推し」という概念の認識に興味があること

  • 「働き方」においては,何でも「流れ」に逆らおうとせずに「流れ」に任せる生き方を「ナッジ」することに興味があること

    • 「学習」と「コミュニケーション」をつなぐ関係にもあること

が見えてきました。

葉メタクラスタの共起ネットワークとサンバーストチャートは次のようになりました。


葉メタクラスタのタグの共起ネットワーク
葉メタクラスタのタグのサンバーストチャート

「認知」「学問」「コミュニケーション」「社会」「ナラティブ」「公平と公正」「スポーツにおける熟達」を中心とした共起関係ができあがっていて,とりわけ

  • 「認知」においては「他者」との「違い」や「分断」を「ロボット」や「HAI(Human-Agent Interaction)」の研究の知見を生かして乗り越える試みや,「錯覚」に対して人々はどの程度自覚的かを知ることへの興味が含まれていること

    • 「スポーツ」「熟達」と「公平」「公正」がそれぞれ孤立したグループとして出ているが,これらは「認知」と間接的につながっていること

  • 「学問」においては「学際」的な研究を「共創」する上で,既有の専門知識の「アンラーニング」による「越境」が必要と考えていること

  • 「コミュニケーション」においては「自己」にしかわからない「自己」の「身体」の認識(「当事者」感覚)と,それを他者に表出する際の「違和感」や他者との「距離感」に関する興味が含まれていること

    • また,「当事者」感覚を語る上で「ナラティブ」ベースで捉えることを重視していること

    • さらに,「認知」と「コミュニケーション」をつなぐ形で「社会」が位置づけられていて,「コミュニケーション」の齟齬の「認知」的要因として「素朴理論」に関心があること

が見えてきました。


皮メタクラスタのタグの共起ネットワーク
皮メタクラスタのタグのサンバーストチャート

皮メタクラスタの共起ネットワークとサンバーストチャートは次のようになりました。「働き方」「習慣」「当事者」「コミュニケーション」を中心とした共起関係ができあがっていて,とりわけ

  • 「働き方」においては「労働」「キャリア」「環境」の「最適化」に関するアイデア(というよりただの願望)が含まれていること

  • 「習慣」においては「疲労」などの要因で「日常」における「習慣」づけに困難をきたしているため,「習慣」づけたい行動の形成(「行動分析学」「祝福」)について考えたいこと

  • 「当事者」においては「集中」することについてよい集中状態(「フロー状態」)になかなか入れず,集中できない,または集中しすぎる問題についてのアイデア(というよりただの願望)が含まれていること

  • 「コミュニケーション」においては他者との「共感」のきっかけをいかにつかむかに関するアイデア(というよりただの願望)が含まれていること

が見えてきました。ただし,あくまで機械的な分類に過ぎませんので,個別の研究アイデアを細かく見れば「この分野でなら研究になりそう」というのもあるかもしれません(前述の「習慣」のところは研究になる余地はあると思います)し,逆に芯・葉のメタクラスタの中にも「自明過ぎていまさら研究になるような考えではない」という研究アイデアも混ざっているかもしれません。

なお,より詳しく各研究アイデアのタイトルとタグについてCSVファイルでまとめたものを置いておきます。データ分析の切り口についてアドバイスがいただける方がおられましたら,積極的なフィードバックを歓迎します。

分析結果の考察……以前の問題

さて,今回の予備調査でひとまず他者の「よい状態」(ウェルビーイング)に寄り添おうという観点から100の研究アイデアの外化を試みました。その結果

  • 「垂直方向」寄りの「斜め上方向」のアイデア

  • 「水平方向」寄りの「斜め上方向」のアイデア

  • そのいずれでもない,研究になるとは言い難いであろうアイデア

に100の研究アイデアが大まかに分類された,と私個人は判断しました。全体を振り返ると

  • そういえば学生時代に考えていたが,いつの間にか忘れていた

  • 手が回せるのであれば回したかったが,諸事情で頓挫していた

  • 過去に思いついたことがあったが,この作業を機に思い出すことができた

といった研究アイデアが複数思い出せていました。その意味では私個人の中では「埋もれた研究」の発掘につながったのではないかと思っています。発掘された「埋もれた研究」の評価についてはまた別の話ですが。

実証研究の論文ならば結果を受けて考察を書くところですが,そもそも個人で出したアイデアを個人で分析して個人で判断するという「お手盛り」分析ですので,ここはあくまで議論の叩き台として考えます(将来的には一人称研究の方法論を応用できないかとも思いますが)。ここで解決していない問題は多数あります。その一部を挙げると次の通りです。

  • そもそもミクロ視点での「斜め上方向」のアイデアは,マクロ視点の「知の裾野」の開拓にどの程度貢献するのかという議論がまだできていません。現時点ではその先の「本気でアイデアを実現するための議論」のフェーズに入らないと,この議論すらできないのではないかと考えています。

  • この分類において私以外の方が判断したらどのような評価を下すだろうかという疑問もありますし,評価軸をどうするのかという点も問題です。心理学・認知科学の創造性の研究から知見を応用する,というアイデアも考えましたが,やはり自前で評価軸を考えねばならないと思われます。「専門分野によらない評価」「専門分野に依存した評価」の2つの軸が本当は必要なのかもしれませんが,差し当たり前者での評価軸を模索する必要があると考えています。

  • ここから当初の目的である「斜め上方向」の研究アイデアの外化を他者に促すプロンプトをどのように考えればよいかについては,表面的なものしかまだ思いつきません。ひとつひとつの研究アイデアの外化を振り返ったり,今後また新たなアイデアを出したりアイデアを洗練させたりする中で「この発想法は使えるかもしれない」と感じたものをプロンプトの候補にしてゆく方向でできないかと考えているところです。

今後について

今後の課題を列挙すると

  • そもそも論として研究の方向性として「垂直方向」「水平方向」「斜め上方向」とする見方に関する議論

  • 「斜め上方向」の研究アイデアの評価に関する議論

  • 「斜め上方向」の研究アイデアの,「知の裾野」の開拓への貢献の可能性に関する議論

  • 「斜め上方向」の研究アイデアの外化を促すプロンプトの開発

    • 異なる発想法での研究アイデアの外化によるアプローチ

    • すでに外化した研究アイデアの洗練によるアプローチ

  • 「斜め上方向」の研究アイデアを本気で実現させるための構想づくり支援

と考えております。


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