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マンガの顔を描く授業をすれば生徒の人間洞察力は飛躍的に上がる

私は昔マンガ家を目指していた。
そのときに培った洞察力は四十代になった現在でもメチャメチャ生きている。
さて、「マンガで洞察力?」と疑問に思う人もいるかもしれない。それについて今回は語ろうと思う。
私が言うマンガを描く授業とはいわゆるマンガの描き方ではない。ストーリーの作り方とか、具体的な描画の技術のことではない。
マンガを通した人間を読む力を養うことだ。
ノートに鉛筆で人間を描くのだ。
マンガに描かれた人間は、特に顔だが、その描き方次第で内面を表現できる。
つまり顔を見ればだいたいどんな人間かわかる、ということになる。
そう言うと、「人間は顔ではわからない」と反論が来るのはわかる。私も人間は顔ではわからないと思う。しかし、それはマンガの顔を描きまくって洞察力を得た上で、「人間は顔ではわからない」と言っているのであり、洞察力を養っていない人が、「人間は顔ではわからない」と言うのとは深みがまるで違う。
マンガの表情は、顔のシワ、眉毛のカタチ、口元の歪み、などで表現される。
仮に悪役がいて、そいつがどうしようもない悪人で殺されても構わないような人間として描かれることもある。しかし、私はそういうマンガは洞察力の低いマンガ家の描画であると思う。もちろんわざとそういう悪人を描くという演出もある。映画で言うと、ターミネーターはどこまでも追いかけてくる感情のないロボットの顔でなければならない。しかし、そんな感情のないロボットみたいな人間はいない。いや、いると言う人もいるかもしれないが、私がマンガを描いて研究した限りではそういう人間はいない。顔というのは面白いもので、幼児では綺麗だった顔も、人生の荒波に揉まれると、その揉んだ波の種類によって顔のシワに特徴が出てくる。例えばいつもいやらしいことを考えている人は、そういう顔にだんだんなっていく。マンガではいやらしさを口元のシワで表現できる。しかし、断っておきたいことは、いやらしいことを考えていてそういうシワができたからと言って、その人がいやらしいことをするかどうかとは無関係である。それが、先に述べた「人間は顔ではわからない」を一歩踏み込んで考察した結果である。要は、顔というものは人間の内面を表わしているのは間違いないが、それは必ずしも行為と結びつくわけではなく、あくまで精神を表わしていると言える。ストレスを抱えている人は、そういう顔をしているというのは一般論でもあると思う。
しかし、私はこの顔の哲学の落とし穴に陥っていたことがあって、それは人間には「童顔」というのがあることだ。童顔の人は、額にシワができにくいし、口元も歪んだシワができない。だから、私は「童顔の人は心の綺麗な人」という誤謬に陥っていた。しかし、童顔の大人もよく見れば、内面のストレスや何かは顔に表れているのである。
顔には所与条件(生まれながらに与えられた条件)の上に後天的なストレスが加わりその顔の特徴ができていく。しかし、マンガ家でも人間の描写ができていない人が多い。ある登場人物の五歳の時の顔と、十五歳の時の顔と、二十五歳の時の顔と、四十歳の時の顔と、六十歳の時の顔と、九十歳の時の顔は同じ所与条件の上に年齢と共に精神的な原因でシワが刻まれていくのである(もちろん外的環境要因もあるが)。五歳のその人と、九十歳のその人は同じはずなのに、多くのマンガ家が、その二つの時期の同一人物をまるで別人のように描いてしまう。有名な例を挙げれば、宮崎駿監督の『ハウルの動く城』の主人公ソフィーは若い頃は美人なのだが、歳を取ると、なぜか鼻がデカくなる。あれはあきらかに鼻の骨まで歳を取ると変わるみたいに描かれているが、人間はそんなふうに歳を取らないのである。所与条件は変わらず、その上に加齢による変化が加わっていくのである。そういう意味では優れたマンガ家ならば、各年齢の同一人物を的確に描き分けることができるはずである。しかしながら、若い主人公は描けるのに、その主人公が九十歳になったときの顔を的確に描けるマンガ家はあまりいない。
私がマンガ家を目指していたのは二十年以上前だが、その頃の、『マンガの描き方』みたいな本をよく本屋で見たのだが、例えば、「敵キャラの描き方」みたいなのが載っていた。私はあまりにレベルが低いそのような「教科書」はまったく当てにしなかった。人間を敵と味方に分ける思考はあまりに幼稚でそんなものが教科書として出回っているのがマンガを志していた私には悲しかった。マンガに文学と対等な価値を付けたいと思っていた私には、マンガ文化のレベルの低さを嘆かざるを得なかった。今でもそのような「教科書」は売られているのだろうか?
マンガの顔は感情移入して描くものである。人物が泣いている顔を描くならば、マンガ家も泣きそうな顔をしているはずだ。そうやって魂を込める修練を積めば、きっと、小学生や中学生も高校生も人間洞察力が上がり、人を思いやる心が育つのではないかと思う。マンガを描くことは心の中を覗くツールである。

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