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“失敗談”の短歌が生みだす“魂の色”

NHK・Eテレで先々週(前編)、先週(後編)と放送されたNHKアカデミア「歌人・穂村弘の世界『短歌という魔法』」。
“短歌のニューウェーブの旗手”と言われ、分かりやすい言葉、記号、擬音語で、日常をポップに切り取って、詠んでいらっしゃる穂村さんが、失敗談をきっかけに詠まれ、ポップで鮮やかな世界に迫る、自ら選んだ作品を取り上げながら、講義参加者、作者と語り合いつつ、お話を進められました。

穂村さんの代表作から。

体温計くわえて窓に額つけ「ゆひら」とさわぐ雪のことかよ

「シンジケート」

天沼のひかりでこれを書いている きっとあなたはめをとじている  

「手紙魔まみ、夏の引っ越し(ウサギ連れ)」

シャボンまみれの猫が逃げ出す午下がり永遠なんてどこにもないさ

「ドライ ドライアイス」

では、番組でのいくつかの作品と、講義参加者、作者とのお話に触れつつ。

《前編》短歌という“魔法”
18歳の女性の作品です。

ペガサスは私にはきっと優しくてあなたのことは殺してくれる
                   冬野きりん

穂村さん:恐らく短歌を作ったことがない人の作だと思うが、見た瞬間痺れました。憎悪の歌ではなく愛の歌だと思う。

穂村さんは「すべてが妄想といえば妄想、すべてが中二病といえば中二病でもある」としつつ、「後から連想したのは、戦後最大の歌人塚本邦雄の代表作です」と、

馬を洗はば馬のたましひ冱ゆるまで人戀はば人あやむるこころ

「感幻樂」

に触れ、「極限の愛という意味では同じ」と仰いました。
いのちがけの愛。
「18歳の少女が名付けようのない愛の暴走を言葉にしたことが、戦後最大の歌人の最高傑作と結果的に凄く近いものになっている。これは”燃えさかるもの”の受け皿になった短歌という形の魔法=神様のギフトで、五七五の器に入れた時の“化学反応”であり、受け皿がないと零してしまう」とも仰いました。

《後編》

穂村さん:「作家の小林恭二さんが『本当に短歌、俳句というジャンルがあるかどうかは分からない。でも、“傑作”というものは確かにある。“傑作”がこの世に出現した時、その周りだけ 灯りがぼんやり点るように、短歌、俳句のジャンルがあるかのような幻影が生                   じる』と彼は言った。その時、その周りに短歌、俳句には価値があるんだという気持ちがうっすら出現する」

もう君の夢を見ないと約束させられた日にみた君の夢
                            古賀たかえ

穂村さん:コントロールすることができない“夢”を見ないという残酷な約束を、まだ愛しているからした。でも、好きだから、その日に(夢を)見てしまった。 
 <作者の思いへのコメント>    
  ・“君”の存在よりも巨大な星が燃えているような凄い  夢。
  ・そんな約束、愛より、この夢の方が凄い。
穂村さん:カタルシスを感じる。 

雨だから迎えに来てって言ったのに傘も差さず裸足で来やがって
                      盛田志保子

穂村さん:カッコいいと思い、憧れてしまう。「来やがって」と怒っているようだけれども、もしかして感動しているんじゃないか。その一日が輝き、眩しかったような気がする。

参加者・マーさん

穂村さん:素晴らしい“失敗”ですね!
     どういう思い出を話したんですか?
マーさん:小学生か中学生の時に家族旅行に行き、帰りがけに母親が「皆で旅行に行けるのも、これで最後かもしれない」と泣き出し、そんなことで泣くの?と思ったけれど、就活する歳になって、その時の(母の)気持ちが分かってしまって(泣いてしまった)。
穂村さん:面接官は、予測していた“ほどほど”のこの世の中に収まるエピソードではなく、その枠を越える“巨大な星”がいきなり出現して燃えさかったので、余りのことに落としちゃったんですかね。
僕だったら、感動して、その魂に胸を打たれますよね。
面接で号泣しちゃう人ってカッコよくないですか。
例えば宇宙人がこの様子を見ていたら、面接とか会社とかいうより、今、ここに“発生した巨大なエネルギー”に“地球という星”の価値があるのではと思うのでないかと思いますよ。
「現実の中の辻褄において“失敗”、マイナス、ダメだったことがもっと大きな世界を引き寄せる」とは、正にこのことで、「傘持たずに裸足で来ちゃう人」とか、「面接で自分の話に引っ張られて泣いちゃう魂」とか、皆、カッコいいですよね。
お母さんを旅行に連れて行ってあげてください。  

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穂村さん:「ネットでとびきりの成功者の事例を見ると、自分にはとても無理と苦しくなる。失敗談の方が何か聞きたいですよね。“大きな世界”に繋がるかもしれないと思って。今回“とびきりの失敗談”ということで募集したのも、そういうことなんですよね」                       「短歌には不思議な、特別な力がある」「燃えさかる魂みたいなものを“短歌”という形のフォーマットに                      入れれば、それだけで短歌になる」
「どの短歌も全く方向性が違っていて、凄くよくないですか。その人の“魂の色”が出ますね。“正解”や“成功”には“魂の色”って出ないんですよ。“正解”ってこの世の全員にとっての正解で、ヴァリエーションがないんですよ

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Q(さちさん):私はデザインの仕事をしていますが、すごく自信がなくなって怖いなと思うことがよくあります。穂村さんは本を出す前や短歌を初めて誰かに見せるとき、自身満々な感じなのか、何か心配だなと思うのか。もし心配と思うのなら、どういうふうに気持ちを切り替えているのかというのをお聞きしたいです。
A穂村さん:最初の本、僕は自費出版で出しているんです。そのときは、出す前から絶望していました。全国で何人の人がそれを買って読もうと思うだろう。絶対に50人はいないだろう。30人もいないだろう。親戚とかを除いた、赤の他人でね。自費出版から世に出た人がいないか探したり、デビューが遅くて偉くなった作家は誰かいないかと探したり・・・松本清張が40代でデビューして超偉くなった。とにかく遅くスタートして輝いた人を探すというのをずっとやっていました。そんな感じなので、自信は全然ないまま絶望していました。何か役に立ったのかな。何か役に立ちました?
Q:はい、穂村さんも絶望されていたということで、励まされました。
A:本当に?
Q:はい、ありがとうございます。

Q(となりのとろろさん):伝えたいことが直喩の短歌しか詠めないので、穂村先生の“比喩まみれ”のような歌を読むコツを教えてください。
A穂村さん:直接的な短歌も素晴らしいですよね。両方できるのがいいなと思いますけど、与謝野晶子の

やは肌のあつき血汐にふれも見で さびしからずや道を説く君                       

のように、「ここに私という肉体があるのに、人の生きる道を理屈っぽくしゃべっているあなたは何て淋しい魂の持ち主なの」と言われると、カッコいいなと胸を打たれますよね。
一方で、塚本邦雄の(前出)      

馬を洗はば馬のたましひ冱ゆるまで人戀はば人あやむるこころ

は、馬を洗うことと人を愛する極限との比喩には、研ぎ澄まされた言葉が迫るような美しさがあり、どちらもあっていいと思うから、ストレートな歌が作れる時はストレートを投げまくっていいのではないかと思うけど、どうでしょう。
Q:はい、頑張ります。
A:皆さんの顔が見えていて、心強かったですよね。
  短歌がある特別な作用を齎すというのは嘘ではないと思うので、興味を持ってほしいです。

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“魂”“色”とは考えたことがなかったですが、短歌、俳句に限らず、音楽、絵画etc.の芸術、文学、その他どのような創作や活動、営みにも敷衍されることでしょうけれど、その人のふとした言葉、しぐさから、“持ち合わせているもの”や“心映え”がキラッと顕れるものが、何色でもない“色”かと考えたりします。

穂村さんが講義参加者、作者に温かく寄り添った言葉と姿勢が胸に迫り、感動しました。
作者、参加者、共に20~30代と見受けられましたが、穂村さんとの間で交わされた、また、穂村さん自身の斬新な視点、ポップな切り口の言葉の数々には、“歳”にかかわらず、インスパイアされた人が多かったことと思います。

※いつまで見れるのか確認できませんでしたが、NHKのこちらのサイトでこの番組の映像を見れます。
https://www.nhk.or.jp/learning/academia/


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