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蕾のまま心の中に

ようやく東京に桜が咲いた。そのニュースをネットで知ったカメは、静かに電車に飛び乗り靖国神社へ向かった。そこには東京の開花を告げる標本木があった。

九段下駅の階段を上がり地上に顔を出すと、大きな鳥居が遠くに見えた。西日に手をかざして目を細める彼の前に、人影が走り寄ってきた。「早かったわね」今日の暖かさに誘われるように薄着で来ていたウサギが言った。

桜の標本木の周りは人で賑わっていたが、二人は群れを掻き分けながら花を探し始めた。「これはまだ蕾ね」「そうだね」と、一つ一つ確認していくと、「見つけた!」とウサギが指さした先には、一輪の桜が咲いていた。

東京の開花を告げる標本木

「君が今日咲いてくれたから、東京は開花になったよ」と、カメは桜の花を見上げながら静かに話しかけた。隣で微笑んでいたウサギも言葉をかけた。「週末は暖かいらしいから、もうひとりぼっちではなくなるね」

二人は桜に静かに別れを告げて、来た道を戻り始めた。「まだ人の少ないこの時期に、ゆっくりとツボミを眺めながら、満開の光景を心に描くのも良いわね」とウサギが言うと、カメも静かに頷いた。「そうだね。そうすれば桜の季節を長く楽しめる」

二人並んで駅に向かって歩いていると、ふとウサギが立ち止まった。「カメくん!桜のグッズを売っているお店があるわ。少し覗いてみない?」店内には桜色の品々が、春の訪れを告げるかのように並べられていた。見回していたウサギの足がピタリと止まった。「桜で染めたタオルハンカチだって。素敵ね!」

「桜の季節はあっという間に過ぎてしまうから、その儚さが心を切なくさせるの。でも、このハンカチがあれば、今日のことをいつでも思い出せるわ」ウサギは桜染めのハンカチを大切に抱えながら、今の気持ちをそっと声にしていた。

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