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4年記念日


一目惚れで買った赤いワンピースに、黒いサンダルと前日に染め直した赤紫のイヤリングカラーの外ハネヘアを携えて待ち合わせの駅へ向かうと、電車の時刻的に先に着いていた彼が出迎えてくれた。

「髪染めたんやね、かわいい」と髪を掬う彼に「今染めたら(彼)の誕生日も綺麗なままでいられるかなって」と言うと、「そっか、2週間後?か。」とふんわりと髪を撫でた。彼は彼で高級感のある紺色のシャツに黒いパンツを合わせていて「これ似合ってる、かっこいい」と褒めると、高校の同窓会でスーツの下に合わせた時はクラスメートから「ベンチャーの社長みたい」と言われたのだと笑った。

初デートのとき、私が紺色の綺麗系のワンピースを着て行ったのに対し、彼は柄物のシャツに銀色のネックレスで来た。言葉を選ばずに言えば予想に反して服装がチャラくて服装のテイストが合わなくてどうしようと思ったのを昨日のことのように思い出す。あれから4年。私は「あのときイカつすぎてどうしようかと思った」と語り、その結果彼は綺麗系の服も着るようになった。ようやく赤の彼女に紺の彼氏と、図らずともデートで調和の取れた服装を着て来れるカップルになれたらしい。

4年前、手を繋ぐだけでドキドキして自分からなんて繋げなかったのが嘘のように、今は歩くときには私から腕を絡める。その日は腕を絡めると「んぎゃッ」という悲鳴が聞こえてきて「ん?なぁにー?」と言いつつ、腕を触ると彼は「痛い…」と言った。どうやら前日に調子乗って腕の筋トレをやりすぎて筋が切れそうな痛みを伴うほどの筋肉痛に襲われているらしかった。

「もう全部痛い…」と言いつつ、「こっちはまだマシ」「ここは無理」と場所によっていろいろあるらしかったので、おもしろくなってこの日は一日中彼の腕を触りながら歩いた。私の攻撃に耐え切れなくなったときには彼が阻止するために手を繋いでくれた。



記念日は毎年フレンチだったけれど「ちゃんとした回らない寿司を食べたことがない」という私に「じゃあちゃんとした寿司を食べに行こう」と彼が言って、今年は高級寿司に行くことになった。

お互い調べて店の候補を出し合って1週間ほど前に決定して、私が提案した店を彼が気に入って予約してくれた。


そのお寿司屋さんは高級店あるあるで、知らなければ絶対に入らないような雑居ビルの一角にあった。店内の照明も必要なところ以外は薄暗くて、お寿司の美しさが際立つ空間だった。高いお寿司は回らないだけではなくて、カウンターで食べるものなのだということは初めて知った。

コース終盤の慣れてきた頃に
シャッター音で台無しにしないようにB612で撮った


大人びた空間に慣れない私と違って、嗜みのあるらしい彼は一挙手一投足が洗練されている。今回に限らずこういうところへ行くと、私が写真を撮っていようと一口目を食べるまで自分は食べるのを待っていてくれる気遣いや、いつもは大きく早口に話すところを抑えめにゆっくりと話すところ、余裕ある綺麗な所作で食べる様子や、薄暗い空間で際立つ私を見守る優しい眼、美味しいものを見るキラキラした瞳、彼のそういったところがいちいち美しく映るから、惚れ直してしまう。



前菜のホタルイカを一口食べた瞬間に感じた「これ、うまいやつだ…」という直感は、コース最後のデザートまで裏切られることはなかった。写真は握り一貫目の鯛。少し炙られていて、その上に岩塩が塗り込まれている。口に入れた瞬間のぷりぷり感と、塩のシャリシャリ感はきっと一生忘れられない。この一貫目で私は、ちゃんとした寿司はただ握るだけでなく、塩や柚子胡椒が上に乗っかっていたり、炙りや熟成などの一手間が加えられていたりして、必ずしも醤油で食べるわけではないということ、シャリにバルサミコ酢や黒酢が使われていて必ずしも白色をしているわけではないことを学んだのだ。

回転寿司で培ってきたこれまでの寿司の常識が次々と覆されていく。職人さんの説明をかろうじて調理法だけ聞き取りつつ、目の前に現れた輝かしい寿司を視界に入れるのに精一杯で、食べ終わる頃にはなんという魚かも忘れるほどに夢中で味わった。寿司は一口で食べるべきというマナーはかろうじて存じあげていたので「一口で食べるなんて…そんな…もったいない…」と寿司との別れを一貫一貫惜しみながら一貫ごとに「おいしい…」と顔を蕩けさせる私を、彼は微笑みながら見守り「おいしいねえ」「来年からもたまにはこういうところでご飯食べようね」と言った。

コース終盤、ハプニングがあって職人さんが「大変申し訳ないのですが、この先一貫一貫提供までに少々お時間いただくことになりそうですが、大丈夫ですか?」と確認してきたタイミングがあった。「大丈夫ですよ!」と声を揃えて告げると、職人さんは安心したように「ありがとうございます」と言った。

それを見届けたかのようなタイミングで、彼は私の頭を撫でながら

「むしろこうやってゆったりとした時間過ごせるからその方がいいよね」

と言った。

お店のオリジナルキャラクター付きの玉子焼き
こんなツルツルした卵焼きは珍しかったし、
それ以上にオリキャラかわすぎる…!
デザートのキウイゼリー

職人さんは最初かなり寡黙でポーカーフェイスな方かと思ったけれど、彼がお寿司について質問するとポツリポツリと語り、予期しないタイミングでボケたりもする、実はユーモラスな方だった。

それもあってコースが終わったあとはすごく寂しくなったけれど、それを知っているかのように、その日使った箸は持ち帰ることができたり、名刺をいただけたり、帰りにエレベーターの前までご丁寧にお見送りしてもらえたりと、帰るまで至れり尽くせりだった。

あれから1週間が経とうとしている今もふとした瞬間にスマホでこの日食べたお寿司の写真を眺めながら、”もう、こんな寿司を知ってしまったら回転寿司なんて行けなくなるな…” なんて調子乗ったことを思う。

それはきっと、空間の素敵さやサービスの良さ、寿司の美味しさだけではなくて、
彼の優しさやかっこよさを見られたから、というのもあるのかもな、なんて。


***


それから数時間後、夜ご飯にしては少し早すぎる、おやつにしては少し遅すぎる、そんな中途半端な時間にスイーツを食べた。

クルクル巻かれて手で持って食べるやつではなくてナイフとフォークで食べる、本場フランスのクレープ。セットドリンクは彼に合わせてシードル(りんご酒)を注文した。

エシレバターと砂糖のシンプルなクレープか、
チョコバナナのクレープか、で迷う私を見て、チョコバナナを選ぼうとする彼を「ダメ!ちゃんと自分で好きなの選んで」と制すると、彼は渋々キャラメルバナナを選んだ。

シンプルを選んだ私の選択は大正解だった。
何もついていないところ、バターのところ、砂糖をかけて、バニラアイスをつけて、バターと砂糖とバニラアイスを全部合わせて。一皿で何通りもの味を楽しめた。

「せっかくだからもっと豪華なやつにすればいいのに」と言っていた彼も、一口お裾分けすると「おいしいね!」とびっくりしていた。



***


クレープを食べたあとはプレゼント選びへ。

ペアウォッチにしようか、と言っていたけれど、どうせなら良いもの買いたいのでそれは社会人になる来年に持ち越して、今年はペアものは断念。ジェラピケも候補にあがったけれど、それは同棲してからの方がかわいいじゃん、となって話が流れた。

「どうしようかぁ」と言っていたところ、彼は「(私の名前)はMOUSSYでどう?」「俺は(私の名前)にジーパンあげたいんだけど」と言った。

4月にアウトレットに一緒に行ったときに欲しがっていたのを覚えていてくれたらしい。先日、数年間履き続けたユニクロのジーンズが寿命を迎えて、ジーンズの上から足をかいたらモロモロとするレベルになっていたところだったので、持ちかけられたときは嬉しかった。

私から彼へのプレゼントは、彼は基本なんでも持っている上に2週間後に誕生日プレゼントを渡すのでかなり困ったけれど、彼もジーンズにする〜というのでそのつもりで店をまわった。

彼の方から回ろうとすると「先に(私の名前)のから行こうよ」とMOUSSYへ向かってくれた。

MOUSSYのジーンズは種類が豊富すぎて早々に頭が沸いたので、店員さんに「スキニーかストレートくらいので紺色のやつありますか?」と聞いて、2本候補を出してもらって試着をした

のだけれど、ボタンさえ閉まればチャックが閉まらないサイズでも入るまで馴染ませて履くんだということを店員さんに言われても疑ったことと、値段が高すぎることに怯んで、この日は買ってもらうのを辞めた。

「あれにしないの?」と不思議そうにする彼に「キツかったし高いんだよ…」と言うと、彼は「値段に関しては知ってるよ。でもそれくらいなら俺出しても良いと思ってた」と平然と言ってのけた。恐るべき寛大さだと思った。


その後、彼も気に入るものは見つからず、記念日のプレゼントは見送りになった。


***


ジーンズ探しの次は、ネックレスの修理に行った。

彼はだいぶ前に切れてしまっていたペアネックレスを、私はその日の朝に変にむすばってしまった彼からもらったネックレスを、それぞれ直しに行く

予定だったのだけれど、彼がタイミングがあったらいつでも修理に出せるように保証書を持ち歩いていたのに対し、私は持っていなかったので、自力or彼の力で直すしかなくなった。あらゆる不器用の中でも群を抜いて手先が不器用な私が自力で直すのは99.9%無理で、それを知った彼が「見せて?」と言ってくれたのに甘えてネックレスを渡した。

彼のネックレスがその場(ショップ)で修理されている間に、彼は私のネックレスを解こうとしてくれた。その時間中には厳しくて、それでも彼は「あとちょっとでできそう」と、近くにあったベンチに座って作業を続けてくれた。

真剣に1つのことに集中している彼の様子_____特にPC作業をしていたり、この時のように何かを弄る様子を見るのが私はすごく好きだ。作業対象を見るために少し俯きながら作業する彼はかっこよくて、少しドキッとしてデレデレしてしまう。

少しして「できたよ」と言う彼の声に「え!!すごいーー!!」「ありがとうーー!!」と大興奮で抱きつこうとする私の首に、彼はサラッと修理したてのネックレスをつけてくれた。

「これくらいならいつでもお安いご用やわ」と得意げに言った彼は、悔しいほどにかっこよかった。


***


「夜ご飯、クレープ食べたとこだからいらないね。」「お酒でも飲む?」と飲み屋さんに足を運んだけれど、金曜夜の飲み屋は仕事終わりの社会人たちで溢れかえっていてどこも入れそうになかった。

「帰る?」と言う彼に「いやだ〜〜」と言うと、仕方ないな、と「絶対空いてないと思うけどなあ」と言いながらすぐカラを試してくれた。
その日は最高にツイていて、1日の最後に20:00~21:00でカラオケに行った。

「4年記念日に乾杯」と、来る前にコンビニで買ったほろよいで乾杯した。

Vaundy、Ado、Novelbright、YOASOBI、髭男…と歌っていく中で、珍しく彼がGReeeeNのキセキを入れた。そして歌い終わったあと、おもむろに「メッセージね」と言った。

一瞬なんのことかわからなくて「え?」とびっくりして、徐々にその意味を理解してニコニコする私を見て、「メッセージ、性がある曲だね!」と彼が言いなおした。照れ隠しだなぁとわかって愛おしくて「(彼)くん、かわいい〜〜!」と、半分茶化しながら彼に抱きついた。


*****


数ヶ月前、4年記念日を迎えられるかも怪しい状態だったことが嘘のような1日だった。


その日、寿司屋のあと訪れた先で、私に覆い被さってたくさんキスを落とす彼に「好きなのー?」と聞いた。あえて何が、とは言わなかったけれど彼は「うん」と答えた。重ねて「何が好きなのー?」と聞いた私に彼は「(私の名前)」と言って、さらにたくさんのキスを降らせた。

その後、彼の腕の中で私は「(彼の名前)、すき」と言った。彼は「俺も好きだよ」と答えた。


別れ話を撤回してから、はじめて彼が好きだと言ってくれた日になった。

知ってたけどね、と思いながら、でもやっぱり彼が自分の想いを自覚してちゃんと言葉で伝えてくれたことに安心して、嬉しくて、幸せで、私は彼の腕の中でそっと涙を流した。



5月17日。

推しである松潤のジャニーズ入所日。

ゼミの友人の誕生日。


そしてなにより


4年前、君が私に告白してくれた日。

私がそれを受け入れた日。


_____5年目もよろしくね、と伝えあった日。













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