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【感想107】オッペンハイマー

 去年7月からずっと待ち遠しくてIMAXでの先行上映に最速で滑り込んだぐらいの熱量で来たわけだけれど、クリストファー・ノーランの監督作で一番好きな映画かもしれない。期待してた分のバイアスがあるかもしれないからもう一度見に行くけれど。

 ちなみに原作とされている全3巻のハヤカワ文庫出版の本は読まず、別視点からオッペンハイマーをとらえた本を読んでからいきました。
なので終盤の展開はかなり理解するのに苦労したけれど大戦中の流れの理解は問題ないどころか助けられた場面が多かったので、ネタバレをされずに事前知識を詰めたいって人はオッペンハイマーに関する書籍を一冊読んでから行くのがおすすめです。伝記映画のネタバレってなんだよって話だけれど。

 自分が読んだのは以下の本。

https://amzn.asia/d/1rSp5Le

他人に勧めやすい ★☆☆☆☆
個人的に好きか  ★★★★★


前置き

 まず全く人に薦めやすい映画じゃないって下してる理由は、まごう事なき伝記映画のがわを被っている事と日本が被害者として扱われる題材だから。
この2つが悪魔合体をして明らかに見たとは思えないようなベクトルでの批判が飛ばしてくるような人が炙り出されるのが怖いので積極的に他人には薦めたくないな、ていうのが個人的な感想。

 特に日本人という立場から被害に関する考慮を求める感想がアメリカ公開当時では現地在住者から、関係者試写会や広島長崎での試写会を経て国内でもポツポツと出始めたけれど、この映画は後述の通り1950年代が主な舞台として描かれており大戦中の出来事はあくまで通過点としての描写に留まるので訴えたいメインポイントとはかけ離れてくる。なので被曝に関するコメントは難癖に近い批判として個人的には捉えているので、まずは見に行こうと思っている人はあくまでロバート・オッペンハイマーという人物の内面を描いている作品だという前提を忘れずに、興味のフックとなる要素として広島長崎の原爆被害が来ているぐらいの意識で行くのがよりフラットな気持ちで見れると思う。

 

見る前に最低限の歴史の勉強はした方がいい

 3時間の長大作ではあるけれど、メインは戦後のマッカーシズムが広がる中で繰り広げられたストローズとオッペンハイマーの攻防を扱う中で、必要に応じて過去のオッペンハイマーの経緯を覗いていくような構成になっている。
ので登場人物をある程度関係含めて押さえておかないと序盤で脱落は間違いないし、30年代~50年代のアメリカ周りの歴史についてうろ覚えでもどんなことが起こっていたのか覚えていないとどうしてこんなことになってるのかすらわからずに眺めるだけになる。そもそもそういう映画ならグローヴス役のマット・デイモンの方が印象的な助演男優の枠に入るよ。

 しかも公開前にかなりヒートアップしている原爆の被害描写がない云々については、そもそも原爆の投下前実験になるトリニティ実験が終わってから物語が終盤に差し掛かるので、前述の通りストローズとの攻防がメインとして終盤にこの内容を展開していくおかげもあって原爆しか着目していないとラスト1時間弱は呆けたまま終わってしまうかもしれない。


IMAXじゃなくても、Dolby含め音響に拘ったスクリーンで見よう

 特にオッペンハイマーを追い詰めるシーンで印象的に音が使われる。
『関心領域』でも同様、音響とか音楽じゃなくて、音が良い。
効果的な音楽の使い方をしているのはシーンと歌詞とのリンクだったりはあるけれど、聞こえてくる音がオッペンハイマーの心理的に追い込むものを追体験する形で聞かせてくる上に座席にも響くIMAXの臨場感ある音で聞かされると嫌というほど気分の悪さを味合わされる。

 別にデューンのように映像美を体験する必要があるわけでもなく、むしろ会話劇に追いつくためにもGTレーザーのスクリーンよりは大きさ抑え目で字幕を負いやすいようにした方がいいかもしれない。
前半では原子のイメージ描写やトリニティ実験での描写と目を見張るものはあるけれど、それよりは音に対して注意深く見たほうがいいかなと思う。


その他所感(ガッツリバレあり)

 一番好きなのは日本への投下後に行われたスピーチのシーン。
本人自身、ドイツの降伏以降は兵器としての利用自体に疑問を抱いている中で実際に兵器として利用され、兵器として与えた被害を耳にした後に受ける喝采の中で滲み出る葛藤から絞り出し続けるキリアン・マーフィーの姿はこの3時間の中でも一番目を奪われた。
スピーチを終えて歩いていく中で目に入る人々の姿も、歓喜の中で見せる姿でもオッペンハイマーの目を通すことで被害者を投影していることにもなってより増幅していく罪悪感の重みを(日本人視点では嘘くさい感じの被害描写ではあれど)当人とほぼ同じ湿度で感じれると思う。

 特にこのスピーチのシーンは映画全体でも印象的な引用のされ方をする場面があり、一種の答え合わせのような存在として位置してるのも憎いなと思った。
ドイツ降伏時点で疑念を抱きつつもそれが核心となるターニングポイントなだけあって、以降の時系列のシーンでは本人にとってのトラウマとして刻まれていることがすぐわかるようになっている。
なので原爆被害について描くよりも、当人が己の愚かさを自覚した瞬間を明確なトラウマシーンとして演出しているのはロバート・オッペンハイマーについて描く物語として誠実な向き合い方だなと捉えた。


 鬱屈な感情を強くさせられるような伝記なので、長時間とはいえ一貫して「面白い」「つまらない」で評価できるようなものじゃなく「良い」「良くはない」のような、エンターテイメントとしての評価軸以外で見て行く方がいいかなっていうのは思う。
作中でも触れられているけれど、生み出した人が恨まれるべきなのか、落とした人や落とすと決めた人が恨まれるべきなのか。見て出来事に対する考えの構築と破壊を繰り返していくのがより誠実的な向き合い方にはなるかなと思ってる。

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