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戦禍、震災、源氏物語、時薬

静岡の映画館シネ・ギャラリーさんが、また興味深い上映作品について発信しています。「フィリップ」という映画です。

私はこの筋書きを見て、源氏物語の朧月夜のくだりに思い馳せました。
主人公の光源氏は、異母兄の朱雀帝に入内する運びとなっていた朧月夜と、そうと知らず契りを交わしてしまいます。
彼女の素性を、政治的にも微妙な間柄という事情を知っても、光源氏はそれからも朧月夜と危険な密会を続けました。
あたかもそれは、かつて光源氏の母・桐壺更衣をいじめ抜いた挙句死に至らしめた弘徽殿女御へのあてつけのようでもあります。光源氏に繰り返し朧月夜を寝取られている朱雀帝は、弘徽殿女御の子です。

この一連が、家族を殺された復讐のための寝取り、という知見を与えてくれたのは瀬戸内寂聴さんの本です。

その後の筋書きは、光源氏は朧月夜との危うい逢瀬を重ねた果てに、須磨行きという苦境を自ら招いてしまう、というものです。
冒頭に挙げた映画「フィリップ」の主人公も、復讐を続ける途中でファム・ファタルというべき女性に出会う成り行きのようです。

古今東西、復讐を遂げるには少なからぬ対価を払うことになる、ということでしょうか。

朧月夜を光源氏にたびたび寝取られた朱雀帝も、やられっぱなしだったわけではなかったというか、次のような顛末になります。
朱雀帝は愛娘の女三の宮の行く先を憂い、光源氏の正妻として降嫁を促しました。それが結果的に光源氏最愛の女性・紫の上の命を縮めることになるのが、恐ろしく見応えのある悲劇です。
その輝けるような美しさや優秀さに引け目を感じつつも、光源氏という異母弟に対して優しく穏やかに接してきた朱雀帝に復讐という意図はなかったであろうことも、なんともはや、とため息をつきたくなります。

源氏物語、呻き声が出るほど面白い。
現在(2024年)の大河ドラマの主人公は、この作品を書いた女性なんですよ……!! と叫んで回りたい。

と。最新の映画と、千年前の古典を行ったり来たりしてきましたが。
映画「フィリップ」のあらすじに接して、主人公がこれほど退廃的な復讐を思いつくには、やはり戦争と虐殺がそうさせたのだというやるせなさも込み上げたし、一つの記憶も浮かび上がりました。

振り返れば私が東日本大震災で被災してから、何年後だったでしょうか。
ある振り込め詐欺の報道に、見ないように蓋をしてきた傷が一挙に疼き出した感じがありました。
詐欺の受け子の男性は、元は熊本地震(2016年)の被災者だったと。

戦火を、災禍をくぐり抜けたとしても、「その顛末」だったなら、生き残ったからってなんだっていうんだ?
そんな問いが、自分にも跳ね返ってきました。被災して、月に一日休むのが精一杯なほどろくに眠らず働いて、病を患い、心身も仕事も不安定なまま何年も経ち。
繰り返し打ちのめされて、すっかり気弱になっていました。他者の傷や痛みに慮る余裕なく、また無為に過ごして。

それでも、私は。
時薬と、物語と、あらゆる本に助けられて、今ようやく、動き出そうとしているんだなあ、という気がしています。
まだうまく言葉にならないけれど、長い時をかけて芽吹きつつある考えがあるのです。いつか、それもnoteにできたら。

あっちへ行ったりこっちへ行ったり、いつになく長くなりました。ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

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