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わたしのバイブルは、たまに世間で話題になる。

皆さんには「バイブル」と呼べるような、大切な一冊があるだろうか?
もちろん本当に聖書をバイブル(?)としている人もたくさんいるだろうが、無宗教国家の日本においては、イエスの教えよりももっと、心に深く根ざした、大切な本や言葉を持っている人もたくさんいることと思う。

わたしもそのひとりであるが、偉大な詩人や、哲学者のそれをバイブルとするような高尚さがないわたしにとって、人生最高のバイブルはとある漫画である。


今日は「もやしもん」の話をしよう。

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バイブル:もやしもん
2005年に単行本第1巻が発売された、石川雅之大先生の学園コメディ漫画。
農大を舞台とし、菌が肉眼で見える(話せる)青年・沢木惣右衛門直保(以下、沢木)を主人公に、「農大で菌とウイルスとすこしばかり人間が右往左往する物語」である。(石川先生の紹介より。笑)

実際に漫画を読んだことがない人でも、あの点とまる、みたいな愛らしい菌のキャラクターと、腑抜けたインパクト抜群のタイトル「もやしもん」は見聞きしたことがあるだろう。

普段あまり漫画を読まないわたしが、この漫画だけは食い入るように何度も読みふけ、遂に作者の石川先生のサイン会にまで足を運ぶほどにドはまりした。

そんな「もやしもん」が、つい先日Twitter(もうXという名前なんでしたっけ。泣)でトレンド入りを果たしていた。

どうやら、NHKの朝ドラ「らんまん」で、「火落ち」のシーンがあったそうな。

「火落ち」とは、むろん菌の種類で、すべてを腐らせてしまうことから酒蔵の天敵として位置するイヤなやつである。ドラマでも描かれている通り、実際に火落ちが原因で、酒蔵が廃業となることは現実にも起こっている事象であり、何も「もやしもん」の中だけの話ではない。酒造りの職人である杜氏(とうじ)は、この火落ちの発生には細心の注意を払って、日々素晴らしいお酒を造っているというわけだ。
(わたし、実はお酒飲めないけど・・・)

「もやしもん」の魅力は、菌が肉眼で見えるという、ハイパーファンタジー要素を根底に据えながら、それ以外で描かれる菌とウイルスのあれこれは、すべて(嫌というほど)現実に根差した話であることが挙げられる。この火落ちエピソードはもちろんのこと、2005年刊行当時で、既に漫画の中ではパンデミックの危険性を描いていたし、舞台を海外に広げた回では、日本酒のみならずワインやビールの製造にも触れ、酒が飲めないワイン農家にビジネス拡大を教示するなど、それはもう漫画という枠組みを超え、一種の専門書として扱えるほどの傑作なのである。

そうした現実問題を、徹底的に織り込み展開していく物語ゆえ、そこに登場する人間もまた非常にクセの強い、もとい、魅力的な人物ばかりである。

中でも、わたしが本漫画をバイブルとして携えるほどに好きになったキャラクターが、主人公沢木の幼馴染、結城くん、の、おじいさんである。先に話が出た酒蔵の杜氏、というキャラクター。通称:結城のじいさんである。

こんなにもたくさんの魅力的なキャラクターがいて、なんで結城のじいさん!?と、もやしもんファンからは驚きの声が聞こえてきそうだが、当時わたしは、結城のじいさんが放ったある言葉に、心から救われたのだ。

「経験しなくていいことはしなくていい。必要なことだけやってても、厄介ごとはシッカリくっついて来てくれるってもんさ。」

これは最終巻となる13巻、沢木の後輩にあたる(=農大を受験する女子高生)西野さんにかけた言葉である。当時わたしは自分にかけられた言葉かとハッとし、今ではこんな言葉をかけてあげられるような大人になれるよう、豊かな人生経験を積みたいと思っている。シンプルで真っ直ぐだが、紛れもなく救いの言葉だった。

もやしもんで、涙。

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「もやしもん」は、農大で繰り広げられるくだらない(褒めてる)学生生活と、時折挟まれる菌やウイルスの細かすぎる(これも褒めてる)解説ばかりに注目しがちだが、この漫画が描く世界は途方もなく広く、それでいてすべてを包括してくれるような安心感がある。

一連の物語を通じて、菌たちが最後に伝えるそれは、人間の知る範囲なんて世界の数パーセントにも満たない小さな世界のことであるという。人の生に必要不可欠な存在である菌たちなのに、彼らについて知っていることは、ゼロに等しいのだ。知らなくてはいけないことが山のようにあるのに、それを無視して何に悩み、何に苦しんでいるのだと、人間が菌に生かされていると思わされるラストが、わたしはとても好きだ。

我々は人生をかけてあらゆることを学び、経験し、考え、想像していかなくてはならない。それだけをやっていたって厄介なことは付いてきてしまうというのに、それ以上に自ら悲壮感なんぞを漂わせる必要はないのだ。
菌たちは、結城のじいさんは、石川雅之先生は、そんなことを伝えてくれているような気がする。

特に、日々いろいろなことに考えを巡らせ過ぎてしまうわたしにとって、結城のじいさんの言葉は、いつ何時も忘れ得ぬ大切な教え、まさにモットーといえるのだ。どこかの古代ギリシア人が「汝自身を知れ」という言葉に感銘を受けたように、現代に生きるひろひろは、石川先生が描く吹き出しに感銘を受けた。まったく偉大である。

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ワン〇ースで泣いた、スラ〇ダンクで燃えた、〇滅の刃で鳥肌が立った、という声はよく耳にするが、残念ながら「もやしもん」で笑って泣いて、それを人生の指針としている、という人とは出会ったことがない。しかし、わたしのこのバイブルは、たまに世間で話題になる。ほんと1~2年に1回。たまに。笑
そしてそのたびに、「あれは笑ったw」とか、「あれで初めて知った!」とか、「あれは神回。」などといって、世の中に隠れたもやしもんファンが、ひょっこり顔を出す。なんの前触れもなく、ときどき出てくる彼らを、わたしは心のどこかで「同志っ・・・!」と思いながら、また静かに結城のじいさんの言葉を思い出している。もやしもんは、ちょっと肉眼では見えづらいだけで、今日も確かに存在してくれているのだ。

もやしもん単行本は全13巻。主人公沢木の大学1回生の物語ゆえ、本当であれば12か月の12巻となるはずだったが、連載中に3.11が起こり、菌とか、農大とか、そういうのは一旦置いといて、ただ馬鹿になって笑える回を届けたいという石川先生の粋な計らいにより、「ミス農大コンテスト」という、本筋とまったく関係ない、ただ最高で、ただ眼福なだけである回が織り込まれ、1巻多い13巻となった。本当にくだらね~笑 と、たまに自分の大学生活なんかも重ねたりしながら、時にホッと、時に危機感を覚え、人生とはなんだろう、生きていくってなんだろうということの根本に立ち返らせてくれる。まさにわたしのバイブル、もやしもん。

久しぶりにまた読み返して、ニヤニヤ笑って、新たな発見をして、人生を豊かに彩り続けようと思う。

どうせ厄介事なんて、嫌でも付いてきちゃうものだから。



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