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おむすび と じぃちゃん と ぼく

『お土産になに買うてあげようか?』

夏休み、帰りの新幹線の待ち合いで

祖父は決まってぼくに聞いてくれた。

『おむすび。銀しゃりの。』

ぼくは、ほぼ毎回こう答えていたと思う。


『ほら、これも持って帰りんさい。』

祖父の浅黒く大きな手から渡される

おむすびがメインのお弁当と甘栗の袋。

このやりとりが何回なされたのか

ぼくは正確に思い出せないが、

ぼくにとって死ぬまで忘れられない

そんな想い出の味になっていることは

確かだ。


祖父はもう他界してしまったが

ぼくはとても愛されていることを

祖父が死ぬ間際まで感じて育った。


軍人だった祖父は口数多くなく、

長男である叔父には厳しかったようだが

孫のぼくにはとても優しかった。

背も高く、体格がとても良かったので

よく体にぶら下げてもらったり

肩車をしてもらったりして遊んだ。

こどもがとても好きな人で、

ぼくの従兄弟や、近所のこどもたちも

みんな祖父の大きな腕に抱き上げて

もらっていたように思う。

今でも、ぼくが大好きな祖父との思い出だ。



祖父が危篤になった、その日

ぼくは久しぶりに新幹線に乗った。

新幹線を降りてから、祖父の病院まで

在来線に乗り換える必要があるけれど

いつもは祖母や叔父達が

迎えに来てくれているので

気にしたことがなかった。


気が動転していたので

何か調べるようなことも考え付かず、

駅員に訊こうにも列ができていて

時間がかかりそうだった。

ぼくは はやる気持ちで待ち合いの

“あの”おむすびの売店の店員さんに訊いた。

『ここから⚫⚫駅まで、

どうやって行ったらいいですか?』


店員さんはこの待ち合いから続いている

在来線に乗っていけばいいと、すぐだよと、

お弁当を買いもしないぼくに

親切に教えてくれた。




結局、ぼくは最期に間に合わなかった。

焦りにあせって、反対方向の電車に乗った。

新幹線を降りたという連絡から

いつまで経っても到着しないぼくに

叔父から電話が掛かってきていた。

『今どこにおるん?』

『まだ着かないんだよ。

おかしいよね?つぎ⚫⚫駅みたい。』

『それ、逆じゃわ。だいぶ離れとる。

はよ降りて乗り換え。

じいさん、頑張りよるけぇ。』

叔父の声は少し動揺していて、

ぼくは汗びっしょりで、

何がなんだかわからないうちに

ぼくは結局、葬儀場に着いていた。


病院には間に合わず、

息を引き取った祖父とやっと対面したのは

外が真っ暗になってからだった。

『じぃちゃん…ごめんね。間に合わんで。』



葬儀が終わるまでの時間は

何だか夢でも見ているかのようで

スローモーションな場面が所々

ぼくの瞼の奥の方に残っているだけだ。


だけど、何故だろうか

悩みに悩んだすえ

いつもの新幹線の待ち合いで

はじめて自分で買った おむすび弁当の

何とも言えない包みの温かさとか

ぼくの涙みたいな淡い塩味は

不思議と忘れられない



あの世でも

あの おむすびの弁当のこと

覚えてるかな

ねぇ じぃちゃん












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