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どの国に生まれるかでマイクロバイオームはこんなに変わる

どの国に生まれるかで人生が変わる。
良くも悪くも、そのとおりだろう。

一方で、どの国に生まれても変わらない事実もある。
細胞の数、時間の流れ、両親の存在。

私たちと共生するマイクロバイオームは、どの国に生まれるかで変わるのだろうか?
答えは、イエスだ。

ただし、裕福で平和な国に生まれることとマイクロバイオームに恵まれることは、必ずしも一致しないかもしれない。

ここでは、国ごとに特徴的な子どものマイクロバイオームを紹介し、子どもたちのマイクロバイオームが彼らの発達にどのように影響するのかを考えてみたい。

※本記事は「腸内細菌は何歳までに決まる? 赤ちゃんから子どもへの成長とともに歩む菌たちのこと」シリーズの一部です。
別のシリーズ「全プレママ&パパに届けたい、妊娠・出産とマイクロバイオーム全まとめ(腸内細菌、膣細菌を中心に)」と併せて読むことを推奨します。


・本文中のカッコ付き番号は、記事下部の参考文献の番号を表しています。
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国ごとに見る子どものマイクロバイオーム

大人と同じように、生まれ育った国ごとで比較するとマイクロバイオームの顔ぶれに大きな違いが見られる。

周産期や乳児を対象とした研究、大人を対象とした研究は増えているが、それらに挟まれた幼少期から学童期のマイクロバイオーム研究は少ない。
自我がはっきりとしはじめるこの時期には、便などのサンプルを採取しづらいことも影響しているのかもしれない。

それでも、乳児期と大人のあいだにはっきりとあるマイクロバイオームの違いを考慮すると、その形成過程のブラックボックスを明らかにすることには意義がある。
以下、国ごとの腸内細菌に着目していくつかの研究を紹介したい。

イタリアとアフリカ

たとえば、ヨーロッパとアフリカの子どもたちの腸内細菌はどのように違っているのだろう?
ウンチの量も相当違うというから、細菌数も違うのだろうか。

食生活もライフスタイルもあまりに違う彼らは、どんな細菌たちと共存しているのだろう。

15人のイタリアの子どもと14人のブルキナファソ(西アフリカ)の子どもの腸内細菌を比較した研究(1)(2010年出版)では、ブルキナファソの子どもたちはバクテロイデス門(特にプレボテラ属)の菌が多く、ファーミキュテス門の菌が少なかった。
そして、彼らの便にはより多くの短鎖脂肪酸(SCFA)という有用成分が含まれていた。

この構成の違いは主に、食生活の違いから来る。
プレボテラ属は、多くの発展途上国の腸内細菌に優占的に見られる菌で、植物中心の食生活に適応した細菌だ。
この菌たちはヒトが消化吸収できない食物繊維を分解し、吸収できる形にするのが得意だ。さらには、その過程で短鎖脂肪酸まで出してくれるのだ。

これは、植物から少しでも多くのエネルギーを獲得するために長い時間をかけてアフリカ人と腸内細菌が共進化してきた結果だと言えそうだ。

さらに、短鎖脂肪酸は炎症を抑えたり、非感染性の腸疾患のリスクを下げてくれる。

ただし、プレボテラ属がいればかならず食物繊維を分解しやすく、有用成分の恩恵に与れるというわけでもない。
現代的な生活をしている人の中でも、精製糖質を摂りすぎている人や、下痢などで腸管内に過剰に糖が残っている人の腸には、プレボテラ属が増えることがある。
属の下には、さまざまな機能の違う「種」の階級が存在していることも忘れるべからず。

また、ブルキナファソの子どもたちはイタリアの子どもたちよりも腸内細菌の多様性が高かった。これは、日々の生活で多くの微生物に触れることと関連があるだろう。

アジア五ヶ国(日本、中国、台湾、インドネシア、タイ)

日本、中国、台湾、インドネシア、タイに住む7〜11歳の303名の子どもたちを対象とした大規模な研究(2)も行われている。(2015年出版)
同じアジアとはいえ、東南アジアと日本では、食生活も気候も文化も違う。

この研究では、アジアの子どもたちの腸内細菌は主にPタイプ(プレボテラ属優勢)とBBタイプ(ビフィドバクテリウム属/バクテロイデス属優勢)の2タイプに分けられた。

このうち、日本、中国、台湾の子どもたちは主にBBタイプ、インドネシアの子どもたちはPタイプだったが、タイでは首都バンコク(BB)と田舎のコンケン(P)と、同じ国内でもタイプが分かれた。

イタリアと西アフリカの比較研究で見たように、プレボテラ属は植物性の食べ物の代謝に長けている。タイの伝統的な食生活を考慮にいれると、バンコクの子どもたちは急速な食生活の西洋化によって、BBタイプに変化したと言えるだろう。

同じことが、日本、中国、台湾にも言えるかもしれない。黒船に乗ったペリーが来る前、あるいは戦前の日本人の腸内細菌がどんな顔ぶれだったのか、今となっては想像するしかない。

残念ながら、五ヶ国の中でもっとも多様性の低かったのは日本だった。(もっとも高かったのはインドネシア)

これもイタリアと西アフリカの比較研究で見たように、日本の子どもたちは多様な菌と触れ合う機会が少ないということを意味する。そして、個人間での多様性も低かった。

お腹に持つ細菌の長いリストを国ごとに作ったとしたら、人口は多いにもかかわらず、日本のリストは短いものになるだろう。
共生している細菌が少ないということは、環境変化に弱いということだ。

島国である日本は、長いあいだ独自の食文化を築いてきた。海苔を分解する酵素を持つ細菌が日本人にだけ見つかるというのは、有名な話だ。
戦時中、日本兵のウンコの量を見て、アメリカ兵が日本兵の数を倍以上も多く見積もってしまったという逸話もある。これは、植物中心の食生活を意味している。

日本の昔ながらの食生活や文化様式は、戦後大きく西洋化された。
マイクロバイオームの進化速度や適応速度は、ヒトの何万倍も何億倍も早い。

共生細菌の消滅、あるいは変化はヒトとしての私たち日本人の健康にどう影響しているのだろう?

もしかしたら、現在多くの人が当たり前に飲み食いしているものとは少し違ったものが、日本人とその腸内細菌たちにとってベストなものなのかもしれない。

科学は「いま」を明らかにした。
現在の科学技術では、昔の人の腸内細菌を解析することはできない。けれど「これから」を生きる私たちが選ぶべき指針は教えてくれるのかもしれない。

この研究結果は、日本語で要約が見られる。
食の西洋化で変わるアジアの子どもの腸内細菌

オランダ

より最近の研究(3)では、オランダに住む6〜9歳の281人の子どもたちを対象としたものがある。この研究では、同じ国であっても子どもの腸内細菌が異なっていることを示している。

子どもたちの腸内細菌は主にバクテロイデス型(E1)、プレボテラ型(E2)、ビフィドバクテリウム型(E3)に分かれ、E1のほうがE3よりも大人に近いことなど、タイプによって腸内細菌の成熟度の個人差があった。

それでも、6〜9歳時点ではまだ「大人と完全に同じ」とは言えず、腸内細菌は発達途上と言って良さそうだった。
腸内細菌の構成は3歳までに決まる、というのが初期の通説だったが、どうやら最後の仕上げは比較的ゆっくりで、個人差があるらしい。

どんな要因が、腸内細菌タイプを決めるのだろう?

このオランダの研究では、母乳を与える期間の長さ、未就学期の食生活(タンパク質、食物繊維、乳製品)が特に大きな影響をあたえるらしいと結論づけている。

そしてこれらのタイプごとに、ビタミン合成やアミノ酸代謝など得意/不得意な代謝経路が見つかった。
食事と健康の影響を研究する際には、被験者の腸内細菌も考慮にいれる必要があるだろう。

1. De Filippo C, Cavalieri D, Di Paola M, et al. Impact of diet in shaping gut microbiota revealed by a comparative study in children from Europe and rural Africa. Proc Natl Acad Sci U S A. 2010;107(33):14691-14696. doi:10.1073/pnas.1005963107
2. Nakayama J, Watanabe K, Jiang J, et al. Diversity in gut bacterial community of school-age children in Asia. Sci Rep. 2015;5. doi:10.1038/srep08397
3. Zhong H, Penders J, Shi Z, et al. Impact of early events and lifestyle on the gut microbiota and metabolic phenotypes in young school-age children. Microbiome. 2019;7:2. doi:10.1186/s40168-018-0608-z

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