後ろを振り返らずに

ここはソダ間欠泉。
再生の神子一行は再生の書をハコネシア峠にいるコットンに見せてもらうため報酬となるスピリチュア像を取りに祀ってあるはずの救いの小屋の祭壇に行ったものの祭司が巡礼の際に訪れたソダ間欠泉に気を取られている間に落としてしまったというので取りに行く羽目になっているところである。

ロイドが率先して取りに行くことにしたもののかれこれ何度失敗したことか。
そのまま飛び込むには危険すぎる間欠泉はジーニアスが唱えてくれた下位魔術アイシクルの効果で凍りついてる間に取りに行かなければいけないのに効果時間が短く、もたついてる間に溶けだしてしまう。
何度も危ない目にあい振り出しに戻るを繰り返していたのだが見かねたクラトスにこれで最後にしろと念を押されてしまった。
ジーニアスも大声で指示を出してくれているのだが、端から見たら無謀な挑戦をしている彼等に対し野次馬が押し寄せたことでの歓声で声が掻き消され聞こえづらい。
失敗を糧に岩場から岩場に器用に飛び移り、スピリチュア像までようやくあと一歩という所まできた。

これで最後だ、と念を押された以上はもう失敗はできない。
周囲が徐々に熱を帯び、水蒸気で視界が悪くなってきた。アイシクルの効果が限界に近付いてる、早く渡らないとーー

(ここで俺が失敗したとしてもきっとあいつが難なく取りに行く。でも、それじゃだめなんだっ)


再生の神子であるコレットを自分の手で守ってやりたい、そう思って旅の同行を申し出たはずだった。
ディザイアンが統べる人間牧場への不可侵条約を侵した罰として、イセリアの惨劇を生み出してしまいジーニアスをも巻き込み村を追い出された挙げ句ユアンと名乗るディザイアン等に拉致られたが、ジーニアスとノイシュがコレット達を連れてきてくれたことによってロイドは救われて今に至る。

コレット達の様子を見てて分かる。
自分達がいてもいなくてもコレットは世界再生の旅をやり遂げ無事に救いの塔にたどり着けただろう。博識である先生、リフィルはエルフであるが故に治癒術に長けてるし傭兵であるクラトスはそこらの剣士より余程腕が立つ。双方共に護衛としてしっかりと役目を果たしているのだ。

特にクラトスは、最初の出会いが最悪だったからか何となくロイドは煮え切らない不思議な感情を抱き続けていた。

村にはロイド以上に剣を上手く振るえる大人がいない。
義父曰わく幼い頃から剣に興味を持っていて5歳の誕生日に木刀を貰ってからというもの独学で振るい続けた。
学校の皆に剣を教えるまでになり、いつしか剣だけが取り柄だとも思うほどだった。

正直双剣のが片手剣の二倍は強いだろうと始めた二刀流だが、クラトスと手合わせした際に実感したのが片手剣は一閃の重みがまるで違ったことだ。
指南を受けた際に筋力をつけることを進められたが、ロイドとてトレーニングをしていなかったわけではない。
この世界シルヴァラントはマナ不足で連日日照りが続き作物が育たず食糧不足に陥ってるために日々バランスが良い食事にありつけていないことでロイドだけでなく、誰もが平均以下の生育で病気もしやすい。
学校では最小限の運動しかさせてもらえず、素振りすら長時間やると息が上がるために出来ない。
でもそれも、この男から見たらどれも言い訳になるのかもしれなかったのでそれは口に出さなかった。

幸いにも世界再生の旅が始まると同時に巡礼者が増えたことで彼等がなけなしの食糧を恵んでくれることも多くあり旅をする前よりずっと食べ物に困らなくなり徐々に体力や筋力もついてきた気がする。ある日、勇気を出してクラトスに剣術指南を頼み込むと思いの外あっさりと承諾してくれたのには驚いた。

それからと言うものの。
双剣は扱ったこと無いと言った彼だが教え方はまるで的確だった。元々気が短い性分のためクラトスとは幾らか反発し合ったものの数をこなす内に何となく相手の考えが読み取れるようになるまでそう時間は掛からなかった。
ここが分からないと素直に言えば何度でも指南してくれる。時折難しい言葉の羅列が続き固まっていれば呆れながらも掻い摘まんで意味を教えてくれたりする。

野営の際も寝ずの番は交代制だが気付けば寝てしまっているロイドに代わりクラトスが起きて見張ってくれたりする。
女子供のパーティーだからか重たい買い出しや水汲みも率先して行ってくれる。
最初はいけ好かない陰険な男だと思っていたのだが知れば知るほど思慮深く忠実であることが窺えた。
いつの間にかリーダー的存在になっているのだけがロイドにとって不服だが、何だかんだこのパーティーで一番世話になっているのは自分なのかもと思うとぐぅの音も出ない。

ジーニアスは元々小さいながらも魔術の扱いは得意だったがマーブルの形見であるエクスフィアを装備したことによって使えるマナが増幅されたのだろう。
今では中級魔術も会得し火の封印では彼の水系魔術には本当に助けられた。
そして今も、ジーニアス無しではスピリチュア像を取りに行くことは出来なかっただろう。

スピリチュア像を誰が取りに行くかという話になったときも身軽さだけは昔から自信があったために少しでも役に立てるかもと思ったからだ。
このパーティーに自分がいる意味を自分の中に少しでも見いだせないと正直気が狂いそうだった。

(あと一つ、飛び越えれば…いける!)

踏ん張りをつけて一気に跳躍する…はずだった。

「なっ…!」

アイシクルの効果がロイドの足元にある岩場まで及びそこが一部凍っていたのだ。
辛うじて飛び移ろうとした岩場に手をかけ、落下は踏みとどまったが、足元から不穏な音が響いた。アイシクルの効果が切れたのだ。間欠泉がーーー噴き出る!

周囲からも悲鳴が上がった。

ロイドは火傷の衝撃に歯を食いしばり、目を固く閉じた。
幸いにもエクスフィアで身体能力が上がっていて義父が作ってくれた服は丈夫だ。
火傷を負っても先生ーーリフィルが治癒術で癒してくれるだろう。

「ロイド!」

すぐ近くで名を呼ばれたと同時に固い岩の感触が手から離れ、身体が浮いたような不思議な感覚に思わず薄目を開けると岩場に身体が引き上げられていて目の前には眩い光と共に剣を構えながら間欠泉を抑える男の姿があった。

どうやら、以前指南してもらった護身術ーー粋護陣でロイドごと間欠泉から庇ったようだった。
そのまま安全な場所まで抱えられ、そのまま地に降ろされる。
この一瞬で何が起こったか状況がいまいち理解できず、思わず目の前の男の名を呼んだ。

「…クラトス…?」

名を呼ばれた男は振り返ると一瞬目を見張ったが、すぐに眉尻が下がりほっとしたような表情になる。
クラトスのそんな顔、見たこと無かった。
ロイドは思わず息を飲む。

「無事か?」

「…へ?あ、うん…」

「なら、いい」

そう言うと再び背を向けて向こう岸にいる仲間達に何かを叫び始めたクラトスをロイドはただ茫然と見てる他なかった。

それにしてもいつの間にこいつはここまで来たのだろう、そうロイドが思った時には急に目の前が真っ暗になって何も聞こえなくなった。

「…ん、」

「ロイド、大丈夫?」

聞き慣れたジーニアスの声にロイドは目をこすりながら声の方向に振り向きゆっくりと目を開けた。
そこにはコレットもいて祈るように手を胸の前で組みながらも、嬉しそうに顔を輝かせていた。

「ロイド!良かった…っ」

「ジーニアス、コレット…?ここは…」

「間欠泉の受付小屋の二階を借りたんだよ」

「ロイド急に倒れちゃうから心配したんだよ~」

ふと、近くの窓に目をやると暗くなっていて星々が見えている。二人の会話から、自分は結構な間寝ていたことが窺えた。
徐々に意識が浮上してくると、先程起こった出来事が鮮明化してきた。

「ーーそうだ、スピリチュア像は!?」

「あれからクラトスさんがもう一度アイシクル掛けてくれってお願いしてきてその後取ってきてくれたよ」

「……だよな」

だっせーな俺とへらっと笑いながら言うと、コレットは「そんなことない!ロイド格好良かったよ」と若干語気を強めにしてまで言ってくれた。
ジーニアスはそんな二人のやり取りに「熱いねー」なんて茶化してきたけれど内心ほっとした。
只でさえ情けない状況なのに幼なじみ二人に動揺を悟られるのはごめんだからだ。

「とりあえず今日はこのままゆっくり休んてでね。あ、そうそう今日はクラトスさんが食事当番だから後で持ってくるって言ってたよ」

「……え?」

「じゃ、僕らは下でご飯食べるから。クラトスさんに会ったらちゃんと助けてもらったお礼しなよね」

「あ、おい!二人ともちょっと待てって」

二人して聞き捨てならない台詞を言い残しロイドの訴えも虚しくそのまま無情にも部屋から去っていった。

「はぁ~…」

一人取り残されて盛大についた溜め息。
先程は急な展開に頭がついていかなかったが助けに来てくれた人物は否応が無くクラトスで咄嗟に駆けつけてくれたのだろう。あの場で粋護陣をしたということは間欠泉の被害は免れなかったということだ。
それ以降の記憶が途絶えているということは、そこで自分は倒れたということだ。
いっそのこと忘れてしまえば良かったのにクラトスのあの表情だけは鮮明に思い出せた。

(あいつ、あんな顔出来るのな)

いつも涼しい顔して息を乱すことなく敵を倒す姿は鬼神のようなのに、助けに来たときのあの安堵した表情は反則だ。
何より男に軽々と横抱きにされて助けてもらってしまった自分が情けなくてまた大きな溜め息を一つつくと顔だけを布団に突っ伏し、暫くずっとそのまま動かなかった。

「ロイド……起きてるか?」

それから暫くして。不意にドア越しに声が聞こえてハッと顔を上げる。
クラトスの声であることは明白だった。先程のコレットの発言からして食事を持ってきてくれたのだろう。

「……起きてるよ」

「では入るぞ」


寝たふりしようか、なんて一瞬考えたがドワーフに育てられた自分は真っ正直に生きることを心情にしてきたために感情をひた隠しにするのはどうも苦手だ。
遅かれ早かれ面と向かわなければいけない。せめてもの抵抗でドア向こうに届かないような小さな声で返事してみたのに。
何なく向こうには聞こえていたようで。
さっさとドアを開けて足を踏み入れてきたことに内心悪態ついてやった。

クラトスはいつもの燕尾のマントを外しており、タンクトップ姿というラフな姿で右手には湯気が立つ白い皿、左手には水が入ったコップを持っていた。
そのまま何も言うことなくベッド横にあったサイドテーブルに皿とコップを置いた瞬間その中身に目を奪われる。
中身は…チーズリゾットだろうか。湯気を立て芳香なチーズの香りが部屋中に漂う。
こいつ、料理も出来るのか。と万能過ぎる傭兵に対し思わず睨み付けてしまう。

「…何だ、私の顔に何かついてるか」

「べ、別に何でもないっ」

いつもの癖でつい悪態をついてしまったことに気付き、慌てて目を逸らす。

『クラトスさんに会ったらちゃんとお礼言いなよね!』

先程のジーニアスの言い分はごもっともなのだが、いざ相手を目の前にすると照れが先走りなかなか口に出来ない。
暫く互いに沈黙が続いたが、やがてクラトスの方から口を開いた。

「食欲があるようなら食べなさい。冷めるぞ」

「ん、そうする」

助かった!と言わんばかりベッド横のサイドテーブルに置いてある皿を膝元にまで持ってくる。
ミルクとチーズの素晴らしいコントラストと匂いにつられてお腹が鳴る。今思えば昼も食べ損ねていたのだから当然だ。
スプーンで掬って口に入れればとろっとした食感に濃厚なチーズの旨味

「頂きまーす。……うめぇっ!これ本当にクラトスが作ったのか?」

「…そうだが」

「これ、おかわりってあったりする?」

「フ…もうお代わりか?」

そう言いつつも若干口元が綻んだように見えたクラトスに、思わずスプーンを咥えたまま見入ってしまった。

「それだけ食欲があるならもう大丈夫そうだな。…リゾット、もう一食分よそってくるから食べてなさい」

「あ、うん」

そう言い、部屋を出て行ったクラトスを見送りもう一口食べながらも内心ざわついていた。

(何だよさっきから!いつもみたいに陰険な顔してればいいのに、妙に優しいし笑うし調子狂うだろっ)

とか思いつつも甘やかされること自体は悪い気はしなかったりする。
にしても美味いな。とさらにリゾットをもう一口。
リゾットなんて腹が膨れない食べ物って認識でしかなかったけど、倒れた後だからかじわっと胃辺りが暖かくなる感覚が心地よく味も濃厚ながらしつこくなくてとにかく美味しい。

下手な味気ないお粥だったらお代わりなんて絶対しなかった。そもそも食欲すら湧かなかったかもしれない。
クラトスは全部見越してこれを用意したのか?と思うほどだった。

 

「あー美味かった。ご馳走様ー」

クラトスが持ってきてくれた二皿目も難なく平らげ、ロイドは腹をさする。
ベッドサイドで腕を組み食事する様子一部始終をじっと見られていたがお腹が満たされ気分が良くて最早気にもならなくなった。

「先程まで熱があって寝込んでたとは思えんな」

「え、熱あったのか!?」

こんなに身体は元気なのに熱が出たとは俄かに信じられなかった。

「リフィル曰わく長時間寒暖差に晒されたショック性の物ではないかと言っていた」 

「まぁ確かにそう言われると、後半結構バテたもんな」

それを聞いたクラトスは眉根を寄せる。

「…無理は禁物だと言ったはずだ」

「だってよー」

「言い訳は無用だ。お前は自らの力を過信した。下手したら火傷では済まなかったかも知れぬ」

ピシャリと言い放たれ、思わず俯く。
さっきまで優しかった男がいつもの調子に戻って良かったような、それは今ではないような。

「何故あんな無茶をした」

瞬間、心を見透かされた気がして顔を上げるとクラトスの眉根は寄ったままだがどこか悲しげな眼をしてる気がした。

(ちゃんと言わなきゃだよな)

心配を掛けてしまったのは事実だ。
傭兵として雇われたクラトスが優先すべきは神子であるコレットであり、ついてきただけの自分を守る任は本来は無かったはずだ。
だからこそ駆けつけてくれたときは困惑したし、本当はーーー

「さっきは、その、ありが、とう」

「!」

辿々しいがはっきりとお礼の言葉が言えた。
眉根を寄せていたクラトスの顔が驚いたような表情に変わり、鋭い瞳が僅かに丸くなるのを目の当たりにして思わず吹き出してしまった。

「…どうした?」

「…いや、あんた今日はいやに色んな顔をするなってさ」

「……」

面白くないのかクラトスは再び眉根を寄せる。
一度あんな顔見せられたら今更そんな顔恐くない。ロイドは気にせず続けた。

「取りに行くだけなら少しでも役に立てると思ったんだけど…情けないよなぁ俺」

自嘲しながらクラトスから視線を外した。
この後のクラトスの発言が何となく恐かったからだ。
以前のように「足手纏いだ」なんて言われるのは今のロイドには恐らく堪えられないからだ。

「お前は強くなろうとしているだろう」

静かにそう言ったクラトスにロイドは顔を上げる。
自分を見つめるクラトスの表情は呆れもせず怒りもせず真っ直ぐに見据えていた。
視線を外したくても許さない意志を感じる。

「私は強くなろうとする意思を汲んでお前に剣を指南している。結果、着実に力を付け神子の手助けになっているではないか」

「…そうだけど、でも!」

「焦ってるな」

「っ焦ってなんか!」

図星だった。
頭にカッと血が上りクラトスを睨み付ける。
真っ直ぐにロイドを見据えていたクラトスはそのままゆっくりと近付いてきた。

「…ごめん」

「……」

すぅ、と息を吸ってゆっくりと吐く。
それだけで頭が幾分冷えた気がして改めてクラトスと向き合う。
その表情を見てクラトスは一つ息をつき、ベッドサイドにあった椅子に腰掛けた。

「確かに私はお前達を足手纏いと言った。だが、今はそうは思わん」

「あんたは一人であんなに強い。俺達がいなくてもコレットや先生を守っただろ」

クラトスはゆっくりと首を横に振った。

「私とて「心」までは守れぬ」

「…心?」

「ロイド、お前には以前の指南で「心技体」について話したな」

「…あぁ」

 
ギィンっと言う金属音が森一帯に響き渡り、右手に持つ剣が弾き飛ばされ、地に突き刺さった。
刹那、クラトスの持つ剣先が眼前にあり思わずへたり込む。
息はすっかり上がり、汗が吹き出る。
それなのに目の前の男は涼しい顔で息一つ乱さない。
実力は雲泥の差だった。

「剣を握ったら邪念は捨てろ」

「!」

「…強くなりたくば教えた基礎は日々怠るな
よ。ーーさて、そろそろ朝食ができた頃だろう、早く戻らなければ皆心配する」

「ま、待てよ!」

クラトスはそのまま背を向け剣を鞘に収めて立ち去ろうとしたのをロイドは慌ててふらつきながら立ち上がった。

足を止め僅かながらに振り向くクラトスの表情は前髪に隠れ計り知れないがロイドは構わず続けた。

「早く、強くなるにはどうしたらいいんだ」

「……ロイド、それは」

「そんなものはないって言うんだろ!?んなこと分かってる!でも、でも…っ」

クラトスが言う邪念とは、イセリアの皆を傷付け不幸にした自らの罪だろう。
鮮明に瞼の裏に焼きついている村の惨状を振り払うように頭を振りながら続ける。

「俺はもう、誰も傷付けたくないんだ!」

「……」

動かず何も答えないクラトスの背中。
強さに近道などない。毎度クラトスが剣を交えながら言う言葉を聞いていないわけではない。
きっと呆れているのだろう。そう思い、失意のまま近くにあった地に突き刺さったままの己の剣を抜き取る。

「「心技体」、今のお前にはまさにそれが足らない」

「…え?」

聞き慣れない言葉にロイドは抜き身の剣を鞘に仕舞うことも忘れて握り締めたまま首を傾げる。

クラトスは踵を返し、左手を柄に添えながら近くにあった切り株に腰をかけた。
目配せされた先にもう一つ切り株があり、恐らくそこに座れということなのだろう。言われたとおり切り株に腰掛けた。

互いの距離はそれなりにあったが、クラトスは気にせず続けた。

「つまり、心と身体が一体となることによって初めて技が活きるという意味だ」

「心と身体?」

「闇雲に剣を振るうことだけが強さへの近道ではない。今のお前には迷いがある。それが太刀筋に強く表れている」

ロイドはそれを聞いて抜き身の剣を眼前に持ってくる。鏡のように刀身に写った自分の表情が酷く疲れてるように見えた。
言われてる意味に気付き慌てて鞘に仕舞うとクラトスは少しだけ口角を上げた。

「フ…やっと気付いたか」

「あんたのそういうとこ、嫌いだ」

思わぬ所まで見透かされて思わず頬を膨らませるがクラトスは気にした様子もなくどこか遠くを見るような様子だった。

「強くなるには己自身が苦境に負けず正しい判断で誰かのために剣を振るえるようになることだ。

ロイド、お前の剣は誰かを傷付ける為の物ではなく正す為に振るえ」

「ん~…」

思い出しても正直言われてる意味の半分が理解出来ていない。思わず唸ったがクラトスは仕方ないとばかりに眉尻を下げた。

「…この先の旅でお前はこの世界の理を知ることになるだろう。
数々の困難が待ち受けてるだろうが見事乗り越え正しく意味を見いだせた先に初めてお前の真価が問われるのではないかと思っている」

「……」

「私はこの旅を終えるまでに、お前に基礎を確実に叩き込んでやる。だからお前も急くな」

クラトスの眼には意志の強さを感じた。
難しいことだらけだが、その眼を見ていたら不思議と胸につかえていた物が綺麗に無くなっていくのを感じた。

「…サンキュー、クラトス。わかんねぇことだらけだけど、とりあえず過去ばかりに囚われず前に進むしかないってことだよな」

「…フ」

「な、何だよ違ったか?」

「いや…」

クラトスはすっと立ち上がり、ロイドの膝元に置いたままだった空になった皿二枚を手に取りそのままドアへと向かった。

「もう、行くのか?」

「間欠泉に水の封印がある。明日はそこに行かねばならん…早めに休むことだ」

「…あぁ」

そのままドアを開けて去ってしまった彼の背中の残像が目に焼き付いたまま、ロイドはしばらくドアから視線を外すことが出来なかった。

水の封印を解放すればコレットの天使疾患はまた酷い物になるだろう。幼なじみが苦しんでるのに何も出来ない自分が情けない。
馬鹿なりにこの世界の仕組みがおかしいことはこの旅を通じて何となく気付き始めている。

小さな村、ダイクの家。自分が知る世界とはあまりに小さかったことが分かった。
クラトスは世界中渡り歩いてるのだろう。
野営の仕方も戦闘も知識も遙か上を行っていて知らないことはないのではないかと思う。

ーー天使のことも、この世界のことも本当は何もかも知っているのでは?
いや、とゆるりと頭を振った。
元々人を疑える性分ではない。人には話したくない過去の一つもあるだろう。
稽古で剣を交えてる間は真っ直ぐに自分を見てくれている。あの行動に嘘はないと思う。
一度先生に呼び出されて「彼のことは信用し過ぎるな」と言われたことがあった。
確かに気に入らない男だが平気で嘘をつけるようにも見えない。
嘘をつくときはきっと何か理由があるのだ。
師でもあるクラトスには甘いな、と言われそうだが。

らしくなく難しいことを考えてたからだろうか急に睡魔が襲ってきた。

「…もう寝よう」

明日は早いと言っていたしこのまま横になって寝てしまおうか。

(あーでも食べてすぐ寝るのは身体に悪いだろうし、歯も磨かないと…)

とか思いながらもズルズルとシーツに潜っていく身体。

(あーだめだ、眠い…そう言えば最近ロクに寝てなかったな)

そこからまた意識が途切れた。

「……寝たか」

それから数刻、そっとドアを開けるとロイドは何とも気持ちよさそうに口を開けてシーツを蹴り飛ばし大の字で寝ていた。
ここ最近眠りが浅かったのを知っていたクラトスは、慣れた手つきでずれ落ちたシーツを引っ張りロイドの体勢をずらしてやりながら掛け直してやる。

(寝相の悪さは変わらんな)

起きることなくそのまま眠り続けているロイドを、クラトスは慈愛の表情で見つめる。
跳ねた前髪をそっと撫でてやると、見た目の割に柔らかい触り心地でほんの一瞬のつもりがいつまでも撫で続けてしまう。

「……と、うさん」

「!!」

思わず手を引っ込めてロイドの表情を確認するが起きてる様子はない。どうやら寝言のようだ。

育ての親には親父と呼んでいたロイドだ。
恐らく夢の中の相手はーーー

「今更…何を期待しているのだ、自分は」

先程まで撫でていた自らの手を見つめて一人失笑する。

妻も子も死んだと思い込み自暴自棄になり弟子の暴走をただただ黙認していた自分は、父親と名乗る資格などない。
自分達がしてきたこと全てを息子に背負わせようとしている自分は愚かだ。

先程、ロイドが足を滑らせ転倒した瞬間身体が勝手に動いていた。
突然のことで随分驚いた顔をしていたが安心したのかふにゃりと顔を崩したロイドは3才の時に生き別れた息子そのものだった。

(…あの時もこうやって救えていたらロイドは私の側に、)

そこまで考えて大きく溜め息をつく。
どこまでも愚かな自分に嫌気が差した。

明日、最後の封印が解ける。
その後はハイマに行き、自分は神子を連れて救いの塔に赴くのだ。裏切り者として。

「親失格だが…これだけは頼むぞ」

私より先に死なないでくれ。

口に出すことすら憚られて唇だけで寝ている息子にそう告げた。


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