凍える声(30首)

傘同士すれ違ふとき片方が高く掲げる雪もろともに

巻き添へを喰らつて生きてきたやうな気がして雪のバス停に佇つ

肺胞に鋼のごとき夜気充ちてかつての冬を残響と為す

いさかひの後のやうなる身体にて雪ふる街を踏みしめてをり

少年のわれの気配は頬あかくわれを待ちをり坂のうへにて

寒いのはおまへだけではない等と云ふ、出て行つた癖に偉さうに

川沿ひに風の強まる気配して昔の傷を確かめてゐる

まつ先にわが身へ及ぶ雪煙の覚えてゐないとは言はせない

遠かつたはずのわたしがここにゐて随分とずぶ濡れの手ぶくろ

おまへはまだここにゐたのか逃れても逃れてもなほくらき回廊

足跡のうへに重なる足跡の時をり逸れてまた戻り来る

まだ誰かうごめいてゐる トレモロのやうに記憶を揺さぶられつつ

忘れてゐたわけではないが、どの雪も迎へにゆけばぬかるみである

かなしみが指にからまる感触のこんなに強く握りかへして

ずつと奥に隠しておいたはずなのに金切り声が耳をつらぬく

取りかへしのつかざる生と思ふとき檻なす雪のわれに迫れり

憎んでも仕方ないから、瘡蓋のやうに言葉を塗り重ねたり

かつて、とは屠りのこゑと識りてより寒雷のごとき眼差しをもつ

閉ぢ込めてゐたのはひかり 遅いからもう帰らう、とわれを見上げて

坂道のすべりやすきを知りつつもこれより他に道知らざりき

まばたきは記憶のふるへ 崩ゆるものみな灰白の影をともなふ

ほの明かりつらなる道に暴力の雪に生まれて雪に消ゆるも

わが指のつめたき内に潰えたるおまへの息よ おまへはわたし

わたしにも凍える声のあることを笑へば笑ふほどにくるしい

さう簡単に殺さなくても良かつたと今頃気づいても冬だつた

幾たびも追つ手のごとくふる雪をかはして、かはしきれずに踏んで

精いつぱい逃げて おまへからも逃げて 凍傷のあと見せつつ過去は

踏切の手前に狂ふ風ありて夜半に過ぎゆく貨車のくらがり

もう春を望んでゐない 弔へばわれもいたみの雪となるらむ

寝台におのれの熱をゆだねつつ目瞑るときのかすかなる息

(第8回塔短歌会賞候補作、「塔」2018.07, p.83)

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濱松哲朗

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