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三四郎

Amazon.co.jp: 三四郎 電子書籍: 夏目 漱石: Kindleストア

 夏目漱石は「こころ」だけ読んだ記憶があって、それが少し当時のこころに染みたことも覚えていたから、Amazonの無料タイトルで三四郎を見つけてしまったからには、読むよりほかなしという感じで拝読。
 おそらく「吾輩は猫である」も、無料タイトルであるのだろうと思うけど、やはりお子様な向けの物語のような気がして、35歳の働き盛りの男が、読もうとは思わない。
 とはいえ、「三四郎」という物語も、読んで気づいたがあまり35歳に向いた類の物語ではない。とはいえ、読み応えはあったし、ちょっとした凄味も感じた。学生時代に読んだからとて、この今の読了感を得ていたとは思えない。おそらくは自分に照らし、少し興奮を覚え、美禰子に似た女性を探すだけで終わっていたのではないか。一方で、35歳の私は漱石による描写や当時の教養ある人々の暮らしなどに興味を傾け、その情緒に触れたという程度なので、それなら学生時代に読んだほうが、影響を与え得るという点では良かったのかもしれない。
 三四郎は福岡の田舎の出身で、熊本の高校を出た後に、東京帝国大学へと進学した生真面目な男。文豪の小説でよく出てくるが、やはりこの物語でも「本郷」の地名がよく出てくる。団子坂とやらも出てきたので、今度そこを歩いて、お茶でも一杯飲んでやろうか。
 三四郎は、与次郎という面白いような、情熱的のような、いい加減なような、とにかく奔走しまくっては混乱を招き、三四郎を良い意味で翻弄する男と出会う。そこから、これまで接しえなかった世界と静かに対峙する。対峙するとはいっても漂流に近い感じだ。三四郎は決して足をバタつかせるわけでもない。だが葛藤の渦にははまっていく。
 地元の先輩は研究者として貧しいながら東京で名を挙げていて、その妹はあっけらかんとした生娘、与次郎の師匠は哲学の煙をくゆらせながら達観している。そして美禰子は親を亡くし、兄のもとで暮らし、かといって裕福ではあるらしく、とても自由だ。こうした人たちを取り巻いた世界には、だれもが魅惑を感じるであろう、度数の低いアルコールのような描写が待っている。
 あらゆる側面で程度が高く、ある種、神秘的な美禰子と三四郎。どうも分が悪いとは思っていたし、成就してはならないとも感じていたが、やはり相応の結末を与えてくれた。
 その結末を得る際、彼が発熱していた点もよかったし、それから故郷に一時帰省したのも、よかった。彼と彼が漂流する世界との隔たりを感じさせた。
 本作は日本で最初の教養文学と言われているらしい。初心な主人公に、都会の最高学府という舞台を与え、世間をよく知る兄貴分のような男をこしらえては、人生を急かす小説はこれまでも多く見てきたし、美禰子が言った「ストレイ・シープ(迷える羊)」を反芻する三四郎の心境もまた、ありふれているような気がしたが、これが最初の小説なのだというのなら、やはり凄いのだと思う。
 そして、冒頭の列車のなかでの描写、出会った女とのひょんな経緯も、この小説に奥行きをもたらしたように思う。最初の章は、ともすると後から書いたのかな、と思う。

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