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願いを叶える苗木



『大特価!!』

そう大きく書かれた札は、スーパーの野菜売り場でよく見かける。

しかし、売られているのは玉ねぎやじゃがいもなどではない。

鉢に入った苗木だ。










願いを叶える苗木









「おねえちゃん、その苗木、気に入ったのかい?」


腰の曲がったおばあちゃんは、にんまりと笑ってそう言った。


「あ、いえ、そういうわけでは…」

「今なら税込みで9999円。安くしておくよ」

「えっ」


高っ!このおばあちゃん、大特価の意味間違えてない?


「高いって思っただろ」

「まあ……少しお高めかなぁって」

「これは不思議な苗木なのさ。育てた者の願いを一つ叶えてくれる」

「えぇー…」


怪しすぎる。

ファンタジー小説じゃないんだから。

そんな嘘くさい話があってたまるか。

そもそもこんな大きな台車を引っ張って、行商をやっている時点で少し怪しい。

売られているのは、釘が二本刺さっている木の棒14500円。

一部がひび割れ、剥げた革ベルトの腕時計37000円。

黄ばんだ染みだらけの着物57200円。

割れたメガネ23800円。

そして、極々普通な鉢に入ったしょぼい苗木9999円。 


統一性のない雑貨ばかり。


強いて言うなら、どれもゴミ捨て場から拾ってきたのでは、と疑うようなものという共通点がある。


更にどれも、売られている物にそぐわない値段がつけられている。


このラインナップを見ると、9999円がお得に見えてくるから怖い。


少し安くなってるからといって、こんなボロい物を買う人なんているはずがない。










「またよろしく頼むよ」


両手に抱えるは9999円の苗木。


買ってしまった。


いや、観葉植物ちょうど欲しかったところだし。


一個くらい買ってあげないとおばあちゃんかわいそうだし。


決して願いごとを叶えてくれるからとかそういうわけでは。








「ただいま…」


誰の返事もない暗闇に向かって呟いた。


手探りで部屋の明かりを点け、怪しい苗木をテレビの隣に置いた。


こんな怪しい物を買っちゃうなんて、きっと私疲れてるんだ。


ほら、最近仕事忙しかったから。


終電で家に帰って寝て、始発で仕事に行くっていうあほみたいな生活を一週間近く続けていたから。


「先輩、職場で暮らした方がいいんじゃないですか?」


って後輩にからかわれるくらい。


でも、家は大事だ。


身体も心も休まる。


たとえ3時間程度しか寝られなくても。


おかえりを言ってくれる人がいなくても。


昨日食べたパンの袋とカップラーメンの空が放置されている部屋でも。


「うっ…」


急に虚しくなって、ぽろぽろと泣けてきた。


「はぁ…お風呂入ろ…」


お風呂上がりに飲んだ水道水の残りを、苗木に与えた。


「おやすみ」


天井に向かってそう呟いて、目を閉じた。










苗木を育て始めてから早数ヶ月。


行商のおばあちゃんは、前いたところにはいなかった。


また移動したのだろうか。


スーパー袋を両手に持って帰路に就く。


今日は花の金曜日。


ビールが何本も入った袋は重いけど、心は少し軽かった。




レンチンだけで作れるおかずをつまみに、日頃のストレスを晴らすかのようにビールを流し込む。


いつもはもっと遅く帰るため、この時間のバラエティは見れない。


幸福感を味わうと、ついにやけた。








いつの間にか寝てしまっていたらしい。


「いった…」


ソファーで寝ると、身体が軋む。


芸人たちの笑い声が頭に響く。


テレビもつけっぱなしだった。


消そうとテーブルの上に置いたリモコンを取ろうとしたとき。



ガタッ



鉢が動いた。



ガタガタッ



苗木が揺れたと思いきや、土から何かが出てきた。


「えっ…」


手のひらサイズの人形のようだ。


しかし、人形ではないらしい。


それは鉢から勢いよく飛び降りた。

綺麗に着地すると、身体についた土を払い始めた。


長い白髪に、ルビーのような瞳、柔らかそうなワンピース。

そして、頭からは見慣れた苗木が生えている。




酔いすぎたのかもしれない。幻覚が見える。

小さいけど、頭から何か生えてるけど、どう見ても生き物だ。

しかも人に近い何か。


言葉は喋るのだろうか。


「あ、あの…」


私に気づくが、首を傾げるのみ。


「あなた今そこから出てきた…よね?」


今度は逆方向に首を傾げた。


どうやら言葉は通じないらしい。












鉢から変な生き物が出てきて、数日が経った。


まだまだわからないことだらけだが、少しわかったこともある。



テレビが好き。


一日中テレビに張り付いて観ている。

私が仕事に行くからとテレビを消すと、何も言わないがとても悲しそうな顔をする。


電気代が上がりそうだけど仕方ない、つけっぱなしにすることにした。


「あ、お、り、え、り」


最近はドラマにハマってるらしく、女優さんの言葉をよく真似している。



主食は水。


まあこれはなんとなく予想はついていた。

植物だし。


ペットボトルのフタに水を入れて飲むこともあるが、じょうろで水をかけると喜んで跳ね回るから、かわいくてこっちの方が多い。



寝床は土の中。


丸一日土の外に出るというわけでも、土が必要じゃないというわけでもないらしい。


一日に何度も寝るのだが、その都度土の中に戻る。



着ているワンピースは防汚。


水をかけても土に戻っても、なぜかワンピースだけは汚れない。


そんな便利なワンピース、私も欲しい。







「あ、これか、マンドラゴラ…?」


この生き物のことを少しでも知りたいと、ネットで検索してみた。

ちゃんとした結果が出てくるとは思えなかったが、似たようなものは出てきた。


「人のように動き、引き抜くと叫び声を上げて、聞いたものは死んでしまう…。

あなた…叫ばないでね…?」


テレビからこちらに振り返り、また首を傾げた。












アサガオの観察日記、小学生の頃に夏休みの宿題で出されたのを思い出した。


絵は描けないけど、わかったことをメモだけでも書いていこう。


いつものスーパーでノートを一冊買って帰った。


あの子が出て来てから、テレビだけでなく部屋の電気もつけっぱなしにするようになった。

テレビを観るときは1メートル以上離れて観ること。

明るいところで観ること。

言葉は通じないが、身振り手振りも加えて繰り返し教えていたら、伝わったらしい。


部屋のドアを開けると、テレビに張り付かず、ちゃんとテーブルに座って観ていた。



「ただいまぁ…」

「おあーり!」

「え、今…」

「おあーり!おあえり!」


にこ〜っと満面の笑みで私に向かって言った。





9999円の怪しい苗木は、確かに本物だった。












。*。・゜☆


髪の毛は根っこです。
育てば育つほど、髪の毛もぐんぐん伸びます🤗







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