ミッション:インポッシブルin寄席
コロナ禍で、さらに暑すぎるそんな今、アクション映画を観る方が多いようだ。
やはり、なにも考えずに楽しむことができる。
特に、「ミッション・イン・ポッシブル」はやはり面白い。言わずと知れたトム・クルーズ主演のスパイ映画。
キャッチコピーは「不可能を可能にする」
映画.com https://eiga.com/movie/29278/
この暑い中、エアコンを効かせた室内でアイスを食べながら、ハラハラドキドキする。
これが今は1番だ。
前座時代、我々のミッションと言えば、師匠方を気持ちよくさせることであった。
寄席の出番は何日か続くので着物を置いていかれる師匠が多い。着物の置き場所は楽屋の奥だ。
ちなみに新宿末広亭の楽屋はこんな感じ。ここで前座は修行をする。
その日、我々は不意にミッションの成功を求められた。
その芝居には桂米丸師匠が出られていた。
我が落語芸術協会の最高顧問、御年94歳の最高齢。亡くなった歌丸師匠の師匠であり、現在、落語界において米丸師匠より偉い方は誰もいない。言わば伝説の人である。
そんな米丸師匠が楽屋に来れば、真打の師匠方もビシッと襟を正す。
米丸師匠にはルーティーンがあり、出番ギリギリにいらっしゃって、着物に着替え、そのままの流れで高座に上がっていく。
このルーティーンを守るのが、我々前座の仕事である。
そのため、師匠が楽屋に来る前に着物を出し着替える準備をしておく。師匠の場合は、キャリーバッグごと預かるので、バッグに着物が入っている。
その日、米丸師匠は珍しく早めに楽屋に入られた。着物は準備していない。タテ前座(その日の1番偉い古株の前座)が目線で
「着物を持ってこい」
と合図を送る。
下っ端の前座が奥へ取りにいく。
だが帰ってこない。
なにをグズグズしているんだ。着替え始めたらどうするんだ。
もう1人の前座がいく。
帰ってこない。
また1人
帰ってこない‥
しびれを切らしたタテ前座が奥へいく。
「なにをやってんだ!早くしろ!」
「兄さん、すみません!」
「なんだ、早くしろ!」
「開きません‥」
「え?」
「キャリーバッグが開かないんです!」
米丸師匠のキャリーバッグには4桁の暗証番号がある。
普段はロックされていないのだが、誰かがカバンにぶつかった拍子に番号の数字が動きロックされてしまったらしいのだ。着物が取れない。
突然、我々の前にやってきた不可能なミッション。それは4桁の暗証番号の解読であった。
「どうしよう‥」
その場にいる全員が思った。
いや米丸師匠に聞けばいいだろと思う方もいるだろう。
そりゃ、最終的に開かなければ聞く。
だが、聞いてしまえば落語界トップをしくじることになる。楽屋には他の師匠もいる。今の前座は使えない、バカだ。これが光の速さで広まり、前座全員の評判が下がる。なんとしてもそれは阻止したい。
だが、どうすればいいのだ。
4桁の暗証番号、確率の計算式は
10×10×10×10
つまり、、、10000通り。
絶望的な数字だ。
その瞬間、米丸師匠が眼鏡を取った。
眼鏡を取るということは、今から着替えるサイン。
ルーティーン開始だ。
頭の中に「ミッション・イン・ポッシブル」の曲が流れる。
急げ!!
ぶつかって数字が変わったという事は今出でいる数字に近いはずだ。何個かいじってみる。
開かない‥
米丸師匠は、ジャケットを脱ぎ始めた。
まずい!急げ!急げ!
キャリーバッグの暗証番号なんて、じっくり考えないはずだ。もしかしたら、初期設定から変えてないんじゃないか。「0000」だ!
「0」
開け開け
「00‥」
開け開け開け
「000‥」
開け開け開け開け
「0000」
‥‥‥‥。
‥開かない!!
米丸師匠、ズボンを脱ぎ始めた。
もうダメだ!いよいよ終わった!!
その時、誰かが言った。
「誕生日は?」
「誕生日か!Wikipediaだ!調べろ!」
「4月6日です!」
あとは神に祈るしかない‥。
「0‥」
開け開け開け開け
「04‥」
開け開け開け開け開け
「040‥」
開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け
「0406」
カチャッ
開いたーーーーー!!!!!!
もってけーーーー!!!!!!
ミッションクリア!!!!!!
何も知らない米丸師匠はいつも通り着替えて高座に上がっていく。
お客様からは見えない襖一枚隔てた楽屋には様々な不可能なミッションが要求され、それを我々は可能にしてきた。
「ミッション:インポッシブルin寄席」
仲間うちでは、この事件のことをこう呼んでいる。
なんてことは、ない。
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