最近の読書について

 清水高志さん経由で、人類学者の奥野克巳さんのことを知り「ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと」を読んだら素晴らしかったです。そして、中沢新一さんが愛知万博の際にレヴィ=ストロース、ミシェル・セール、ブルーノ・ラトゥールと交わした対談が「惑星の風景」という本になっていることを知りました。これも、とても良かったです。加えて、奥野克巳さん経由でティム・インゴルドを知って「人類学とは何か」を読んだらムクムクと人類学熱があがってきました。
 サバイバル登山(狩猟)の服部文祥さん、北極で漂白と狩猟(冒険)を実践する角幡唯介さん、ノンフィクション作家(探検)の高野秀行さんの本はどれも面白いので、新刊やメディア出演などを追っていました。学術的な専門家ではないけれど、3人ともそれぞれの視点やある種の専門性を持っているように感じています。そして、奥野克巳さんや伊藤亜紗さんなどが対談で話されている(思考されている)ことと、3人の思考していることが重なるところがあるのではと思っていました。伊藤亜紗さんは、「どもる体」が著作として有名な美学者で、ポストコロナ時代の身体性について奥野克巳さんや福岡伸一さんと対談した本を出されています。最近では、「利他」や「ぼけ」といっテーマを研究されており、こうした研究から分かってきたことと、3人の狩猟、冒険、探検の実践から分かってきたことと重なるところがあるのは大変興味深いです。
 人文系の学問が、自然科学に接近する時に、様々な問題があることは「ソーカル事件」もあって、エビデンスなんて言葉も当たり前になった今では常識になっているかもしれません。また、人類学自体が反アカデミックな側面を持っているので反論や嫌悪を持つ人も少なからずいるかもしれません。とはいえ個人的には、人類学という学問だけでなく、服部さん、角幡さん、高野さんのような自らの活動を本にされる人の思考や、神経締めを広めた魚屋の前田尚毅さん、ジビエ料理の片桐邦雄さん、料理人の太田哲雄さんといった料理人達がドキュメンタリー番組で語っていること(思考)に繋がりを感じるのです。
 学術的ではないけれど、日々の活動の中で実践知を持っている人は多いと思います。そうした実践知と、アカデミックな研究者が研究したら中で分かってきたことの重なり合いは興味深い発見だと思うのです。
 そして、少し脱線するかもしれませんが、若松英輔さん経由で、キリスト教や石牟礼道子さんについて理解が深まったのもよかったです。その流れで、田中優子さんの「苦海・浄土・日本ー石牟礼道子 もだえ神の精神」を読んだのですが、こちらも良かったです。また、大野一雄さんの「稽古の言葉」にあったいくつかの言葉が石牟礼さんの考えていたことと共鳴するところがありました(違う見方をすると、ベルクソンやドゥルーズの哲学を舞踏という形態で表現されているように感じました)。
 こうした読書体験から、生き物としての、古代人としての、女性としての、いろんな石牟礼さんがいることを知り、人間中心の考えから離れて、土地や歴史という側面を自然という視点から捉え直すと、私自身に魂という言葉に偏見があり、その考え方を改めさせられるところがありました。漠然とした直観ですが、こうしたことは、民族学、吉本隆明さんや坂本龍一さんが考えていたことに近いような気がしています(違う見方をするとハーマンのような新しい唯物論やメイヤスーのような思弁的実在論が出てきたことにもつながるように思います)。
 単なる自然に還ろうではなく、ヴェイユやフーコー、ドゥルーズがギリシアの人々から何かしらの方法をみつけようとしたように、セールが《世界》の方舟や第三の知恵と呼んだ隣人と自然を愛する方法のように。

方舟は《世界》の縮図である。そこに《世界》が入ってきた。多種多様な住人たち、その移り変わり。水兵たちは感動し、最後まで行列を見送った。そして、彼らは知った。街そのものが、その城壁が、岸が海水が、われわの乗ったこの舟を、そっくり取り巻いてしまっていたことを。宇宙は自らのうちに、自らを巻き込んでしまっていた。

ミシェル・セール「世界戦争」法政大学出版局p.233

参考文献
伊藤亜紗/中島岳志/若松英輔/國分功一郎/磯崎憲一郎(2021)「利他」とは何か,集英社.
大野一雄(1997)稽古の言葉,フィルムアート社.
奥野克巳(2018)ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと,亜紀書房.
高野秀行(2012)移民の宴ー日本に移り住んだ外国人の不思議な食生活,講談社.
高野秀行(2015)恋するソマリア,集英社.
田中優子(2020)苦海・浄土・日本ー石牟礼道子 もだえ神の精神,集英社.
ティム・インゴルド(2020)人類学とは何か,亜紀書房.
中沢新一(1996)純粋な自然の贈与,せりか書房.
中沢新一(2014)惑星の風景ー中沢新一対談集,青土社.
福岡伸一/伊藤亜紗/藤原辰巳(2021)ポストコロナ時代の生命哲学,集英社.
ミシェル・セール(2015)世界戦争,法政大学出版局.
若松英輔+山本芳久(2018)キリスト教講義,文藝春秋.

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