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カタツムリモード。

カタツムリと友達だったころ。
私が子どものころ、カタツムリは、紫陽花の葉っぱの裏にちゃんといて、五百円玉よりも大きな立派なうずまきを背負っていた。

ずっしりと強固なうずまき。

のっそりと、そろりそろり、あたまを出して、やがてツノを、目玉を出す。

ずずーーーっと滑らかに動きだし、縦も横も裏も表も、ゆっくりと進む。進む。進む。

10匹ほどを捕まえて、岩の塀に並べ、カタツムリたちを競走させて遊んでいた。

ただ、彼らは、

スタートもゴールもしない。
じっとちっとも動かないもの。
そろりそろり動くもの。止まるもの。
のろのろ動いたものへ、のろのろ乗っかり、乗り越えたりするもの。
逆方向へ、ずぃーっと動くもの。
上体を立ち上がらせ、次を迷うもの。

競走など、成り立ちはしない。

「ほら、そっちやなくて、こっち」
「おい、動けよ」
「え、それはズルいやん」

カタツムリたちを競わす気でいたのに、とんだ期待はずれだ。はじめこそ競走に戻そうと躍起になっていたものの、それぞれのカタツムリのてんでな動きが気になりはじめて。

コイツはすぐこっち行くんや。
この子はちっとも動かんのや。
コイツ速っ。
この子すぐひっこむやん、ビビりやな。

そのうちに、ずっと、じっと動かない子がとても気になって。なんで出てこんのやろう、岩が嫌なんかな、葉っぱじゃないと嫌なんかなと、そっと紫陽花の葉っぱにのせてみて。しばらくして、もっそりと出てくると、
「おー、オマエ葉っぱが好きかー!」
と思わず話しかけていた。

他のカタツムリたちにも、行く先に水を垂らして湿らせたり、葉っぱを置いたり、葉っぱの裏にワープさせたりした。

パサパサやから嫌なんかな
お腹すいてんのかな
暑いんかな

いつの間にか、捕まえてきたカタツムリたちが、自由に、元気に進んで行くことを、幼き私は、考え考えして。彼らが、にょきっと出てくると嬉しくもあった。
カタツムリと友達だったころ。

カタツムリは、おのおのにまちまちで。
出てこないときは出てこないし、出てきても少し触ればすぐにうずまきへと引っ込む。
そして、しばらく出てこない。

なんでやろ。おもしろ。

幼き私は、じーっと見ていた。

あのうずまきの中はきっと快適なんやろな。
安心で、安全で、好きな空間なんやろな。
誰にも入り込めない場所。
どんなやろ。



大人になった私は、
たまにあのカタツムリを思い出す。
カタツムリになりたい時。

もっそり出たり、そろりそろりと進んだり、ひょこんと引っ込んだり、しばらく出てこなかったり。しばらく出てこないとき、そのうずまきの中には、秘密基地があるのだ。

たとえば、私のうずまきの中。

安全で安心な快適な場所。
好きなものに触れる場所。
自分自身に立ち返る場所。

映画「リリーのすべて」のワンシーンをずいぶん前から、ずっと飾っている。映像がとても綺麗で、色のトーンも気に入って。

リリーのすべて  のアトリエ
妻役 アリシア・ヴィキャンデル 


お腹がすいたとか、
飽きたとか、
もう大丈夫とか、
のっそり出てゆくまで。

目まぐるしい毎日に、
心も体も忙しない日々に、
ふいに訪れるカタツムリモード。

そのうち出て来ますゆえに。

のそのそっとね。

それはもう、
競走なんかにはなりませんとも。



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【⠀🐌カタツムリ談⠀】

近ごろカタツムリを見かけないと思っていたら、どうやら本当に全国的に減少しているとのこと。アスファルトが増えて、彼らの住処の枯葉や湿気のある土壌が減っているためだとか。なんだかさみしい。
ちなみに、素手でカタツムリに触れるのはおすすめしない、ともあった。寄生虫がいる可能性があるとか。え、私めっちゃ触ってた、なんなら、腕や膝に這わせてた…、危な。
たまにカタツムリモードになるのは、そのせい!?




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