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趣味のデータ分析062_ゆとりある暮らしのために⑦_国民総黒字時代

久々の「生活のゆとり」ネタである。これまで021023029032033で、「1年前と比較して生活水準は改善しましたか」という趣旨のアンケートと、それに相関しそうな各種指標との相関関係を調べてきた。
結果、最も相関しそうな「黒字率」とは、相関係数は0.25程度で、最も明瞭に関係があるのは失業率、ということ、また黒字率は年齢や所得階層で見ても、特に2015年頃からほぼすべての階層で上昇していることが確認できた。要するに、景気が悪いだの税金が高いだの物価上昇だのは、ある程度長期で見れば、生活のゆとり感とはほぼ関係がないし、なんなら家計の収支の観点からはゆとり感は改善し続けているのだ。少なくとも、黒字率が向上し続けていることは、もうちょっと報道されて良いと思うし、国民の皆様の「ゆとりがない」という声が、言ってしまえばポジショントークである可能性はもうちょっと留意したほうがいいと思う。

とはいえ、足元の物価上昇と実質賃金の低下状況はなかなか過去類を見ない状況であるし、「生活のゆとり」ネタを前回確認してから10ヶ月近く経過している。というわけで今回は、改めて、黒字率の詳細分析に手を入れてみたい。

二人以上世帯の長期の黒字率

まずは復習がてら、黒字率の長期推移の確認から始めよう。033でほぼ同じことを示しているが、10ヶ月の間に2022年のデータも追加されている。データ的な留意点はすべて補足等に回すとして、グラフの羅列から。
まず、二人以上勤労世帯主の全体像(図1)は、「1990年代後半までの上昇と以降の微減、そして2015年ころからの急上昇」となっている。2022年では、2020年に比べ若干低下しているが、それほど大きなものではない。また、特に2015年以降の増加は、消費支出の変化というよりは黒字率の増加=可処分所得全体の増加で発生していることも分かる。
さらに、二人以上勤労者世帯の割合自体は、ほぼ一貫して減少傾向にある。2018~19年に上昇して、足元では横ばいだが、バブルの前は65%程度だった構成比は、2017年には50%、それ以降でも55%まで落ち込んでいる。

図1:二人以上勤労者世帯の平均黒字率等の推移
(出所:家計調査)

次は、二人以上の無職世帯について見てみよう(世帯主が無職なだけで、世帯全員が無職とは限らない点に留意)。
黒字がマイナスになっているので見にくいのだが、動き自体は勤労者と概ね同じような形、つまり(マイナスの範囲で)「1990年代後半までの上昇と以降の減少、そして2015年ころからの急上昇」になっているのが興味深い。2000年~2015年頃の減少(マイナス幅の拡大)は、勤労者と比べても大きいか。2020年はの上昇は、ほぼコロナ助成金のおかげな気がするが、2018年時点でも、明らかにそれ以前に比べ黒字率のマイナスが小さい。
もう一つ、勤労者世帯の減少と対象的に、二人以上無職世帯のほうは一貫して上昇傾向にあることも指摘しておく。バブル前は10%代だったが、足元では35%まで上昇している。

図2:二人以上無職世帯の平均黒字率等の推移
(出所:家計調査)

では、2010年以降に絞り、勤労者世帯に関する年齢別の詳細を見てみよう(図3)。
ややわかりにくいが、どの年齢層でも、2010~2015年ころまでは概ね横ばい程度で、それ以降急上昇していることが観察できる。年齢層別では、若年層の黒字率が総じて高く30~45%、50歳前後が平均くらいで25~35%となっている。黒字率=貯蓄率と読み替えれば、「若いほど貯蓄率が高い」という一般的な傾向が、日本でもしっかり成立していることが分かる。60歳以上については、特に2015年までは水準がかなり低いのだが、こちらも2017年前後から黒字率が急上昇し、2022年では、2020年堆肥で少し減少したとは言え、25%まで上昇している。またこの黒字率の上昇は、消費支出の変化というよりは、黒字額そのものの上昇=可処分所得の上昇でもたらされていることも分かる。
もう一つ、65歳以上の世帯構成比が上昇、つまり高齢者の労働参加率が上昇していることも興味深い。39歳以下の減少傾向を打ち消す形になっているといえるだろう(とはいえ図2で見たとおり、勤労世帯自体が減少しているのだが)。

図3:二人以上勤労者世帯の世帯主年齢別黒字率等の推移
(出所:家計調査)

同様に、二人以上勤労世帯主の年収五分位でみる(図4)と、こちらも「2010~2015年ころまでは概ね横ばい程度で、それ以降急上昇」となっている。さらに、黒字率の上昇が、消費支出の変化というよりは、黒字額そのものの上昇=可処分所得の上昇でもたらされているという点も同様である。
絶対水準としては、年収に比例した形となっているが、最も低い下位20%でも15~25%となっている。あとは、三分位点(40~60%)と四分位点(60~80%)の黒字率が同じくらいというのが、どういったことを示唆するのか、やや興味深い。

図4:二人以上勤労者世帯の世帯主年収別黒字率等の推移
(出所:家計調査)

単身世帯の長期の黒字率

二人以上世帯では、特に2015年以降での黒字率の急上昇が、かなり広範に確認できたが、単身世帯ではどうか?二人以上世帯は、要するに稼ぎ手が二人以上いる世帯も多く混じっていると思われるし、結婚してる奴らとみなせば、そういう奴らはそもそも収入も多いので、一般の感覚とはズレもあるかもしれない。取得可能なデータには制約も多いのだが、可能な範囲で確認しよう。
図5が、単身勤労世帯の詳細である(データ上は2007年から取得できるが、図3、4と平仄を揃える意味と、大差はないということで2010年からのデータとしている)。
黒字率から見ると、「2015年以降での黒字率の急上昇」は一応読み取れるが、そこまで明瞭でもない。34歳以下男女は比較的その傾向があるが、35~59歳は微妙。特に男性だと、2017年以降に黒字率の上昇は見られるが、そもそも2016年前後での黒字率の落ち込みが大きく、水準的には2013年のものと変わらない程度である。
ほかには、女性の方が黒字率が低い。これは可処分所得全体が低いためだと思われ、所得の低いほうが黒字率=貯蓄率が低いという一般的な傾向と同じである。

図5:単身勤労者世帯の年齢別黒字率等の推移
(出所:家計調査)

無職世帯は更にデータが少なく、2018年以降のみ。正直データが短すぎて「2015年以降での黒字率の急上昇」の検証すらできない。黒字率(マイナスなので赤字率だが)は、二人世帯よりやや低いこと、直近では少しマイナス幅の縮小が見られる、というくらいだろうか。

図6:単身無職世帯の黒字率等の推移
(出所:家計調査)

まとめ

今回は、黒字率に関する予備的な調査を行った。結果、二人以上世帯については、無職勤労に(ほぼ)関わらず、「1990年代後半までの上昇と以降の微減、そして2015年ころからの急上昇」が確認でき、特に「2015年ころからの急上昇」は、(勤労世帯の)年齢や所得階層に関わらず発生していることも分かった。また単身勤労世帯でも、概ね「2015年ころからの急上昇」が発生していることが分かった。
更にこれらの傾向は、消費支出の減少ではなく、黒字額そのものの上昇=可処分所得の上昇で発生していることも、共通であることが分かった。

さて、というわけで、多分ここ50年くらいずっといわれているだろう、「最近生活が厳しい」という言説は、黒字率からは、すべての年齢、所得階層、世帯構造で支持できないことを再確認できた。この辺は、023032でも触れた話だった(特に032では、失業率との相関が最も高いことを確認した)が、今回で、無職や単身の世帯も含めて、かなり網羅的に同様であること確認できた。
ていうかこういう話自体、データがなく1970年代とかでも、昔のこち亀とかドラえもんとか見たら、ず~っと同じことを言ってるだけなのはすぐ分かると思う。「生活が厳しい」というナラティブを軽視するべきではないが、社会問題として捉えるなら、もうちょいデータに則って話すべきだし、政策対応をするならなおさらである。そして、(家計調査からは)生活の厳しさは家計の黒字/赤字からは生まれていない可能性が高いといえるのだから、別の方向性での解決を図る必要があることを理解、周知していくべきではないかと思う。

結びとして、改めて今後の分析方針をメモとして整理しておく。
今回は比較的長期系列での分析で、2022年までしかデータを取れていないが、次回はもっと直近のデータについて、月次で確認していく。10ヶ月前でも顕著だった物価上昇と実質賃金の減少は、2023年12月になっても収まる気配はない。足元の状況の詳細も、同様の手法で確認していきたい。
ほか、実際の黒字率の上昇が、具体的に何故発生しているのか、その詳細も確認しておきたい。可処分所得=収入の増加ではあるのだが、収入と言っても色々な種類がある。2015年以降上昇したのは、どの項目なのか、明らかにしていく。
また、年齢別での、特に60~64歳の層は、黒字率が一時的に0近くなるなど、かなり不可解な動きとなっている。ここも要因を確認する。
最後に、高齢者について、黒字率がしっかりマイナスというのは、実は家計構造基本調査での結果とやや矛盾する。資産ベースで見ると、高齢者世帯は、貯蓄を切り崩していないはずなのだ。この辺の矛盾の背景も、確認しておきたい。

補足、データの作り方など

今回のデータは、家計調査のみから作成した。
長期のデータがやや面倒臭いことは以前も詳説したが、改めて触れておこう。まず、勤労二人以上世帯については、1999年までは「農林漁業除く」のデータとなっており、以降は全勤労世帯となっている。またこの「勤労世帯」は、自営業や会社役員等の、いわゆるサラリーマンではない人たちは含まれていない。そういった人たちは、消費は分かるのだが所得の方のデータが分からず、黒字率も算出できない。全体の数としてはマイナーなのだが。

次に、この黒字(率)だが、定義的には「実収入ー実消費」=「可処分所得ー消費支出」となっている(黒字率は、黒字を分子、可処分所得を分母においている)。まずこれらが合致するというのが、直感的には「そうなの?」という感じなのだが、そういうふうにデータが作られているので、そうなのである。
またそのため、税金や社会保険料関係は、実消費のうちの非消費支出に含まれるが、黒字(率)の計算上は、最初の式の方では税金も社会保険料も勘案されていることになる。よって、これまた最近よく言われる「昔に比べて税金も社会保険料も増加していて、昇給がほとんど意味がない」というのは、この黒字率の話には一切関係ない、というか、税金や社会保険料(の上昇)を加味した上で、それでも黒字率が上昇している、と考えたほうが良い。
念のため、上掲の図は、すべて可処分所得と消費支出で作成しているが、差が黒字で同じというだけで、各行の値自体は異なるので、実収入と実消費で表した方の図も掲載しておく。対応関係は、上で掲げた順である。繰り返すが、黒字の値自体は同じ、黒字率は可処分所得を分母に取っているので、こちらも値は同じである。左縦軸が高くなっているのは確認してほしい。

図7:二人以上勤労者世帯の平均黒字率等の推移(実収入実消費)
(出所:家計調査)
図8:二人以上無職世帯の平均黒字率等の推移(実収入実消費)
(出所:家計調査)
図9:二人以上勤労者世帯の世帯主年齢別黒字率等の推移(実収入実消費)
(出所:家計調査)
図10:二人以上勤労者世帯の年収別黒字率等の推移(実収入実消費)
(出所:家計調査)
図11:単身勤労者世帯の年齢別黒字率等の推移(実収入実消費)
(出所:家計調査)
図12:単身無職世帯の黒字率等の推移(実収入実消費)
(出所:家計調査)

3つ目に、勤労二人の年収別、年齢別は、1985年からデータが取得できるので、実質022からの再掲だが、こちらでも挙げておく(合わせて年齢別構成比も挙げておく)。年収別、年齢別でも、「1990年代後半までの上昇と以降の微減、そして2015年ころからの急上昇」という全体的な傾向は、概ね失われていないことが確認できるだろう(ちなみに、2014年までは34歳以下ではなく24歳以下、25~29歳、30~34歳という3区分だが、数が減ったので以降統合された、という経緯がある。ここでは、世帯数でウェイトをかけて、2014年以前も34歳以下世帯でまとめて再構成している)。

図13:二人以上勤労者世帯の世帯主年齢別黒字率の推移
(出所:家計調査)
図14:二人以上勤労者世帯の年収五分位別黒字率の推移
(出所:家計調査)
図15:二人以上勤労者世帯の世帯主年齢別世帯数分布の推移
(出所:家計調査)

家計調査は原則全て名目値で行われており、インフレ率の調整等は一切ない(まあ、家計簿をそのままコピペする調査なので)。変化率であれば名目と実質の値が整理されているので、二人以上勤労世帯だけだが、最後にこれを掲げておこう。
実線が名目、点線が実質で、実質で見ても、特に2015年以降、赤線がプラス圏で高い水準となっていることが確認できる。というか、名目と実質の乖離が大きいのは、消費増税のあった2014年とあとは2022年くらいのものである。なお細かいが、なぜか黒字の実質だけ数字がないので、消費支出と可処分所得の名目と実質からインフレ率を逆算(両者は合致)し、名目から差し引く、という計算で出している。

図16:二人以上勤労者世帯の黒字等の名目/実質変化率の推移
(出所:家計調査)

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