見出し画像

純粋無垢で無口で無表情なヒロイン

物語構成に無駄がなく、あまりにも美しい。
そもそも彼女はあまりにも無口で。それなのに無愛想でもなければ、無感情でもない。否、彼女は表情こそ、劇的に変わる、手塚漫画の系譜からはやや外れているだろうが、とても人間味のある女の子なのだ。
小さい子の愛おしさを愛でるのは、何もナボコフが原初ではなく、それどころか、日本中世においては、子どもは神聖さをも有すると考えられていた。「いとあはれ」と教える作中の先生も、きっとこの事は知っているだろう。
彼女が神聖不可侵な美少女だと断言することは残念だが僕にはできない。これまでモニターの中やイラストとして出逢ってきた<ヒロイン>の中で、凄まじい宿命や運命の歯車に苦悩してもいないし、稀有な出生譚もない。どこにでもいるはずの、少し個性的な女子。
だからこそ、少し傷心ぎみであった僕は文字通り、癒し系アニメに癒されることができたのだ。キリスト教の中ではかなりマイナーかつ異端よりなのだろうが、かの怪僧ラスプーチンも、罪をあえて犯すことで、それを贖罪する機会を得ると考えていたようだ。
癒し系・日常系アニメは、ゼロ年代以降のオタクの宿痾でもあるかもしれないが、いつだって僕を迎え入れてくれたことだけは経験上、確かである。バイト先のロッカーの鍵にココアちゃんのキーホルダーをつけることで、何とか「彼女だって一生懸命働いているじゃないか」と狂うのを防いだこともあった。
僕が「大先生」という敬称を心の中で読んでいるのは、モグダン大先生と、見る鎮静剤的な作品『世話やきキツネの仙狐さん』作者リムコロ大先生。ケモナーではないし、僕の崇敬する綾波レイとも別人的だが、夢を見せてくれたのは違いない。人は癒しを与える存在を信仰してきたのだから。SNSで人気なのが猫であるのもこれと同様。
そして彼女もまた、それらの物語消費の文脈にあって、それ以上の平安を心に与えたもうた。

TVアニメ『阿波連さんははかれない』全12話を観た。
阿波連れいな。彼女に僕は祈りを捧げたい。阿波連さんに幸あれ。

公式HP「第3回SNSアイコンプレゼント!」より


よろしければサポートお願いします!