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物語抜粋 18_旅の風、慰霊碑

原稿用紙120枚程の物語から、一部を抜粋。
先回投稿「物語抜粋17_旅の風、教会の庭園」からの続きです。
 
   舞台全体が、ロシア・シベリアの霊園で、下手寄りに、慰霊碑。
   音「風が吹き樹木が騒めく音」入る。
   舞台上手から、尚美と柳田、バッグ持参で出て、立ち止まり、周辺を
   見る。
尚美「ここが、ロシア・シベリアにある、日本人の、霊園」
   尚美と柳田、下手寄りの慰霊碑を見る。
尚美「そして、あの、慰霊碑」
柳田「はい」
尚美「それは、第二次世界大戦の後、シベリアに抑留され、不本意な定め
 で、志半ばで、生涯を終えた、日本人兵士の、慰霊碑」
   柳田、うなづく。
尚美「今回の旅は、民俗学者の柳田さんと、写真家の私との、コラボレーシ
 ョンで、ここ、ロシア、シベリアの文化、民俗的な世界を、探って、表現
 しようと、するもの」
柳田「しかも、出版社からの企画で、それなりの成果が、求められて」
尚美「今回のミッションからすれば、この霊園は、私には、全く別の次元の
 ものに思えて、でも、私には、せっかくの機会、避けて通る事は、できな
 くて」
   尚美、周辺を見て、独り呟く。
尚美「この風景、見覚えが、あるような」   
   尚美、周辺を見て、ゆっくり歩く。
尚美「もしかして、幼い頃、祖父母に連れられ、来てるのか。或いは、夢の
 中で見た風景に、似てるのか」   
   尚美、思案する。
尚美「この、シベリアの大地に、眠る、私の、曽祖父、シベリア先住民族
 の、血筋を、引いて」    
   尚美、思案する。
尚美「私の、曽祖父、日露戦争で日本となった南樺太で、日本人として、生
 まれ育ち、第二次世界大戦を戦い、その後、抑留者となり、30歳で、こ
 の、シベリアの大地に、眠る」       
   尚美、周辺を見る。
尚美「緑豊かで、静かな風景、それが、せめてもの、救い」
   尚美、周辺を見る。
尚美「広々として、点在する墓石」       
   尚美、周辺を見る。
尚美「数多くの遺骨、混乱の中、『この遺骨は、誰々のもの』とかの識別な
 ど、充分できなかったらしく、それゆえ、断片的な情報を繋ぎ合わせ、こ
 の場所であろう、との、推定、らしく」
   尚美、思案する。
尚美「たとえ、埋葬された場所にズレがあろうと、魂は、時間、空間を、超
 えて、私達と、繋がれる。そう、信じる」    
   尚美、思案する。
尚美「曽祖父は、私の幼い頃から、『世のためなら、自分の命を差し出すの
 も、厭わない人』、と、聞かされて」   
   尚美、思案する。
尚美「生存者の話では、日本人抑留者の、強制労働は、過酷をきわめたらし
 く、しかも、ソビエト連邦の共産主義の教育がなされ、それを受け入れた
 者だけに、日本へ帰国のチャンス、が、与えられた、とか」      
   尚美、思案する。
尚美「でも、生存者の話では、『曽祖父は、そんな一方的な主義思想など、
 受け入れる人ではない』と」
   尚美、思案する。
尚美「そして、共産主義の思想を拒否した者は、教官から、殴る蹴るの暴行
 を受け、そして、労働は、より激しく、食事は、より少なく、より粗末に
 なり、やがて、力尽きて」
   尚美、周辺を見る。
尚美「この地で、眠りに、ついた」
   尚美、遠くを見る。
尚美「日本人でなかったからこそ、日本人以上に、忠義を、尽くした。それ
 は、民族的な違いで、後の世代、子や孫が、後ろ指を指される事のないよ
 う、ただ、それだけを、願って」       
   尚美、思案する。
尚美「そう、信じる。そのお陰で、今の私がある」
   尚美、周辺を見る。
尚美「ここは、曽祖父と同じ苦しみで、天に召された、多くの方々の、神聖
 な場所」
   尚美、思案する。
尚美「私の曽祖父も、ほかの方々も、等しく、祈りを、捧げたい」
   尚美と柳田、下手寄りの慰霊碑に近づき、跪き、合掌する。
   音「般若心経の読経」入る。
      尚美と柳田、合掌を終え、立ち上がり、慰霊碑から離れる。
   尚美、ハッとする。
尚美「まさか、曽祖父が、共産主義を拒否、ソビエト連邦政府に背いた事
 と、今回の旅で、ブリヤート共和国の許可が得られなかった事と、何か、
 関係ある?」
   尚美、戸惑う。
尚美「まさか、そんなの、考えられない」
   尚美、思案する。
尚美「曽祖父は、ソビエト連邦が、共産主義で、日本を侵略しようとしたの
 を、命をかけ、阻止した」
   尚美、一息つく。
尚美「そう、命をかけ、阻止した」       
   音「風が吹き樹木が騒めく音」入る。   
   尚美と柳田、霊園全体に向け、黙祷する。   
   尚美と柳田、黙祷を終え、さりげなく、上方(空)を見る。
尚美「穏やかな、青い空」
柳田「はい」
尚美「抑留された方々にも、この、穏やかな、青い空」
柳田「はい」
尚美「でも、呑気に見上げる、余裕もなく、ひたすら、耐え忍んだんでしょ
 うね」
柳田「そうでしょうね」
   尚美、思案し、柳田を見る。
尚美「私の礼拝は、済みましたので」
柳田「まだ、時間がありますので、もう少し、ゆっくりなされても、構いま
 せんが」
   尚美、思案する。
尚美「いえ、もう、そろそろ」
柳田「そうですか。では、そろそろ」
尚美「はい」
   柳田と尚美、上手の方へ歩く。   
   音「やや強い風が吹き樹木が騒めく音」入る。
   上手寄りで、尚美と柳田、ハッとして立ち止まり、下手の方を見
   る。
   柳田、ハッとする。
柳田「あっ!」
   尚美、下手の方を見て、歩み寄る。
尚美「ひいおじいちゃん」
   尚美と柳田、下手の方を見ている。 
 
                      次回に続く

注記:冒頭の画像は、慰霊碑ではなく、ある都市の公園のモニュメント
  (噴水)