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物語抜粋 16_旅の風、湖のほとり

原稿用紙120枚程の物語から、一部を抜粋。
先回投稿「物語抜粋15_旅の風、ホテルのバー」からの続きです。
 
   舞台全体が、ロシア・バイカル湖のほとりで、客席の方に、バイカル
   湖が広がるとする。   
   舞台上手寄りに、ベンチシート。
   舞台下手から、高沢尚美(28)と柳田健(33)、バッグ持参で出
   て、客席(バイカル湖)を見て、立ち止まる。
尚美「これが、ロシア・シベリアの、バイカル湖!」
柳田「はい、バイカル湖です」
尚美「水平線が広がり、向こう岸は、見えなくて、まるで、海みたいです」
柳田「はい、海みたいですね」
尚美「今回の旅は、民俗学者の柳田さんと、写真家の私との、コラボレーシ
 ョン、で、ここ、ロシア、シベリアの文化、民俗的な世界を、探って、表
 現する、まさに、テンション上がります!」
柳田「はい。今回、出版社からの企画ですから、気合も入ります」
尚美「はい」
   尚美と柳田、客席(バイカル湖)を見回す。
尚美「水辺に行ってみましょうよ」
柳田「ええ、行きましょう」
   尚美と柳田、客席寄り(バイカル湖の水辺)に行く。
尚美「凄い!水が、透き通るように、綺麗!」
柳田「はい、素晴らしいです」
尚美「噂通り、というか、写真で見た通り」
柳田「はい」
   尚美と柳田、波をかわし湖水に触れる。
尚美「わあ、冷たい」
柳田「わあ、ホントだ」
   尚美と柳田、客席(バイカル湖)を見る。
尚美「この先、向こう岸には、どのような世界が、広がってるんでしょう
 ね」
柳田「はい。向こう岸は、ブリヤート共和国、で、人々の生活は、伝統的な
 信仰が基になってて、伝統文化の拠点も、各地に存在する、と言われてま
 す」
尚美「例の、ブリヤート共和国、ですね」
柳田「はい。それで、ブリヤートの人々の、伝統文化や生活様式には、私達
 日本人と共通する点が、数多くありまして、それは、『日本人のルーツ
 か』、と言われてるくらいでして」
尚美「私達、日本人の、ルーツ、の可能性」
柳田「はい。様々な点で。例えば、天女の羽衣伝説、のような話も、ありま
 す」
尚美「天女の羽衣伝説、のような話も、ですか」
柳田「はい。ただ、伝説って、世界各地に、似たような話が、あるんでしょ
 うけど、でも、羽衣伝説の話は、日本とブリヤートで、共通点が多い、と
 言われてます」
尚美「そうなんですか。興味深いです」
柳田「はい」
   尚美と柳田、客席(バイカル湖)を見ている。
尚美「でも、今回、ブリヤート共和国へは、ロシア政府の許可が得られず、
 訪ねる事が、できないんですよね」
柳田「はい。でも、この辺りの集落は、ブリヤートの伝統文化にも通じる
 人々の、生活の拠点、でして、その生活ぶりに、接する事はできますし、
 博物館とか、ロシア正教の教会も、ありますので」
尚美「はい。それは、幸いに思います」
   柳田、舞台上手の方を見る。
柳田「ただ、伝統的な信仰の、儀式、は、主に、ここから200キロメータ
 ーほど先の、バイカル湖の中にある島、オリホン島、という島で、行われ
 てます」
尚美「オリホン島、はい、以前、仰られてた島」
柳田「はい。ただ、今の時期は、シーズンオフで、見れないんです」
尚美「はい。確かに、今回の旅の日程には、入ってないですし」
柳田「はい。今回の日程は、出版社の都合もあって、儀式が行われる時期と
 は、噛み合わなくて」
尚美「何か、残念ですね」
柳田「はい。でも、『日常の生活では、どうなのか』、そこに、人々の本音
 が、あるんでしょうし」
尚美「はい。それは、確かに」
   尚美と柳田、客席寄り(バイカル湖の水辺)から離れる。
   尚美、ふと、舞台奥を見て、固まる。
尚美「あ、あの、道路の向こうに、野良犬、というか、狂暴そうな、大き
 な、野犬が」
   柳田、舞台奥(の犬)を見て、固まる。
柳田「あっ」 
   尚美と柳田、舞台奥(の犬)をじっと見る。
柳田「決して、怯えたような素振りは、見せずに、驚かしたりも、せずに」
尚美「はい」
柳田「両手を上げて、大きく見せましょう」
尚美「はい」
   尚美と柳田、両手を大きく上げ、仁王立ちになる。
   尚美と柳田、戸惑う。
尚美「あの犬、じわじわと、こっちに、来ます」
柳田「は、はい。とにかく、ひるまずに」
尚美「はい」
   尚美と柳田、戸惑う。
尚美「あの、牙をむいて、唸ってるみたい」
柳田「ええ」
   尚美、地面の凹凸に足を取られ、転びそうになる。
尚美「キャ!」
柳田「ナオミさん!」
   柳田、慌てて尚美に寄り添おうとして、同様に足を取られる。
柳田「あっ!」
   音「大型トラックがクラクションを鳴らして通り過ぎる音」入る。
   (野犬、驚いて、逃げ去る)
   尚美と柳田、もたれ合ったまま、呆然と舞台奥を見る。
尚美「さっきの犬、逃げたあ」
柳田「助かったあ」
   尚美と柳田、互いに離れて、呼吸を整える。
尚美「あの、有難うございます」
柳田「はい?」
尚美「私を、フォロー下さいまして」
柳田「あっ、いえ、どう致しまして」
   柳田、一息つく。
柳田「僕も、転びそうに、なっちゃいましたけど」
尚美「あっ、でも、そんなの、別に」
柳田「どうも」
   柳田、呼吸を整え、上手寄りのベンチシートを見る。
柳田「あそこで、少し、休みましょうか」
   尚美、呼吸を整え、上手寄りのベンチシートを見る。
尚美「はい」
   尚美と柳田、上手寄りのベンチシートに行き、座る。
柳田「いやあ、疲れが、ドッと出てきました」
尚美「はい。私も」
   尚美、遠くを見る。
   柳田、思案する。
柳田「あの、先ほど、私、伝統的な儀式の話の後に、『日常の生活にこそ、
 人々の本音がある』って、言いましたけど」
尚美「はい」
柳田「そうは言っても、伝統的な儀式は、たとえ、形式的に、形骸化してる
 部分とか、あったとしても、やはり、先人の知恵の結晶、でしょうし、そ
 れはそれで、貴重な存在、だと思います」
尚美「はい。伝統的な儀式と、日常の生活習慣とは、優劣を競うものではな
 く、両方を、等しく捉えるべきもの、かと、思います」
柳田「ですよね」
尚美「はい」
   柳田、一息つく。
柳田「それで、先ほどの、伝統的な儀式の、オリホン島、の話、ですけど」
尚美「はい。オリホン島」
柳田「う~ん」
尚美「何でしょう」
   柳田、一息つく。
柳田「せっかく、ここまで来たんだし、何とか、行けないかなあ、と、思っ
 て」
尚美「えっ?日程を変更、というか、追加して、オリホン島へ、ですか?」
柳田「はい」
尚美「でも、ロシア政府から許可された計画、日程には、オリホン島は、入
 ってないですよね」
柳田「ええ」
尚美「ロシアでは、行き先の、追加、変更は、認められないんですよね」
柳田「ええ」
尚美「でしたら、何とも、しようがないのでは」
柳田「う~ん、でも、許可された日程、時間の範囲内で、トンボ帰りも、ア
 リ、かな、とか、思ったりしまして」
尚美「えっ?そんな、無茶な」
柳田「だって、せっかくここまで来たんだし、何とか、行けないか、工夫、
 検討、の余地は、あるかと」
尚美「そう仰っても、200キロメーターも先の、交通の不便な、しかも、
 初めての土地で、そんな、目論見通りに、帰って来れるアテなんて、ない
 ですよね」
柳田「それは、まあ」
尚美「それはまあ、って、日程通りに帰って来れないという事は、何を意味
 するか、よく考える事が、大切だと思います」
柳田「ええ」
尚美「それに、オリホン島って、以前、仰られてた話では、僅かな集落以
 外、地の果てのような、何もない大地が、ただ、広がってるだけ、なんで
 すよね」
柳田「ええ」
尚美「儀式も見れず、まさに、地の果てのようなところへ行って、何しま
 す?」
柳田「せめて、何かの痕跡でも、掴めたら、良いなあ、と、思って。だっ
 て、実際に、訪ねてみて、自分の目で見て、初めて解る事だって、あるん
 でしょうし」
尚美「あの、それほど、オリホン島が、魅力的で、絶対外せないところ、な
 ら、初めから、ロシア政府の許可も含め、何としても、計画に入れておく
 べきだったんじゃ、ないでしょうか」
柳田「そうなんでしょうけど、でも、出発前のバタバタもあって、限られた
 日程で、バタバタせざるを得なかったし」
尚美「とにかく、好奇心だけで、何のアテもなく、ただ、闇雲に訪ねても、
 それで、うっかり、道に迷って、野垂れ死に、にでも」
柳田「野垂れ死に」
尚美「はい、その可能性も」
柳田「ただ、私、学生時代、ロシアを一人旅した経験がありますから」
尚美「それは、学生だからこそ、周りから警戒される事なく、友好的な扱い
 を受けたりして、時には、親心のような救いの手が差し伸べられて、何と
 か進む事ができて、とか、あるんでしょうし、でも、今の私達のように、
 年齢を重ねた社会人が、一般の旅行者とは違った行いをしてて、どうなる
 のか、まして、ロシア政府の許可を得てないところへ、なんて」
柳田「それは、まあ」   
尚美「ですから、何事も、事前に、しっかり計画を立て、準備して、臨まな
 いと」
柳田「でも、検討してみるだけなら、別に、良いでしょ?」
尚美「でも、検討して、無理だったから、今の計画、日程に、なったんでし
 ょ?」
柳田「それは、ですから、さっきも言ったように、バタバタして、しっかり
 考える余裕が、なかったんで」
   尚美、イライラする。
尚美「もお~往生際の悪い」
柳田「ごめんなさい」
尚美「あっ、いえ、謝って下さらなくても、よろしいんですけど、その」
   尚美、思案する。   
尚美「そう、さっきみたいに、野犬、とかに、狙われるかもしれませんし」
柳田「えっ!野犬!」
尚美「人が住んでるところなら、誰かに助けを求めたり、できるんでしょう
 けど、でも、そういうのでなければ、どうなるか」     
   柳田、怯える。
柳田「あの、ごめんなさい。発言、撤回します。」
尚美「えっ?」
柳田「オリホン島、諦めます。だって、野犬に襲われたりしたら。その、犬
 は、大の苦手で、怖くて」
   尚美、戸惑う。
尚美「犬は、苦手、だったんですか」
柳田「はい。子供の頃、ワンワン吠えられ、それが、トラウマになって」
尚美「あの、でも、さっき、毅然と、立ち向われて、カッコ良かった、です
 けど」
柳田「それは、さっきの犬、吠えなかったから、まだ、何とか、我慢できた
 んです」
尚美「でも、牙をむき出して、猛獣みたい、でしたけど」
柳田「あっ、あの時、額から、汗が、ドッと出て、それが、目に入り、細か
 いところは、よく見えてなかった、ものですから、今、思えば、そのおか
 げ、かと」  
   尚美と柳田、思案する。
尚美「確かに、吠えられたら、怖いですよね」
柳田「はい。マジで、怖いです。もう、条件反射で。そう、ここは、ロシア
 だけに、条件反射の、パブロフの犬、みたいに」   
   尚美と柳田、脱力する。(寛ぐ)
   尚美、上方(空)を見る。
尚美「白い雲、ゆったり、流れて」
   柳田、上方(空)を見る。
柳田「はい」
尚美「のどかな、平和な、ひととき」
柳田「はい」
   尚美、視線を外し、独り呟く。
尚美「今の、オリホン島の話、もし、私が、報道カメラマンか、ジャーナリ
 ストなら、時には、柳田さんの言うように、臨機応変に、計画を見直し、
 幾らかのリスクを、抱えながらも、追い求めるべき、かも、しれないけ
 ど」
   尚美、思案する。
尚美「でも、そういう人達って、修羅場をくぐり抜けるような経験を、積み
 重ねてるんだろうし、でも、私、そうでないし、私は、私なりの道を、歩
 んできたんだし」
   尚美、思案する。
尚美「私、急には、変われない」
   尚美、思案する。
尚美「今まで、周りから、用心し過ぎ、とか、言われて、それは、不確かな
 ものへの、恐怖」      
   尚美、遠くを見る。
尚美「それは、生まれる前からの、辛い記憶、のようにも」
   尚美、思案する。
   柳田、一息つく。
柳田「あの、それで、この先の予定ですが」
尚美「あっ、はい」
柳田「伝統的な儀式とは、別に、この地域の人々の、日常の生活様式から、
 訪ね歩いてみましょう」
尚美「はい」
   尚美、思案する。
尚美「そう、この地域の、主な産業は、漁業と観光、ですよね」
柳田「はい。そのようです」
尚美「私、北海道で、海の近くに住んでた時期があって、漁師さんも、身近
 な存在だったものですから、こちらの漁師さんは、どうなのか、その、生
 活ぶり、とか、興味深いです」
柳田「そうですね。そう、守り神への信仰、とか」
尚美「守り神への信仰」
柳田「はい。海でも湖でも、天候が荒れれば、船の事故にも繋がり、危険と
 隣り合わせですから、やはり、守り神への信仰、とか、あるでしょうし、
 それが、どんなものか」
尚美「はい。私も、関心があります。それは、私にも、決して、無関係な話
 ではなく」
柳田「えっ?」
尚美「いえ、その」
   尚美、客席(バイカル湖)を見る。
尚美「バイカル湖、まるで海のように広くて」
   柳田、客席(バイカル湖)を見る。
柳田「はい。ブリヤート共和国の人々は、かつて、海、と呼んでたそうで
 す」
尚美「海」
柳田「はい」
   尚美、思案(回想)し、独り呟く。
尚美「幼い頃、聞かされた、北海道の北に広がる、オホーツクの海、に、纏
 わる話」
   尚美、思案する。
尚美「今、思えば、それらは、ロシア革命、ソビエト連邦の混乱から、海を
 渡り、サハリンに逃れた、辛い記憶、なのか」
   尚美、思案する。
   柳田、一息つく。
柳田「それで、訪ね歩く、行き先ですが」
尚美「あっ、はい」
柳田「繰り返しになりますが、まず、ここの集落の人々の生活ぶりを、訪ね
 歩きたいと思います。その、漁師さんの姿、とかも、含めて」
尚美「はい」
柳田「その次は、ロシア正教の教会、で、よろしいでしょうか」
尚美「はい。ロシア正教の教会は、ヨーロッパのキリスト教会との違い、と
 か、興味深いです」
柳田「そうですね」
尚美「はい」
柳田「その次は、う~ん、効率良く、訪ねようと、すると」
   尚美と柳田、思案する。
尚美「あの、次は」
柳田「あっ、はい」
   尚美、一息つく。
尚美「第二次世界大戦の後、シベリアに抑留された、日本人兵士の、日本人
 抑留者墓地、へ、行きたいです」
柳田「日本人抑留者墓地」
尚美「はい。そこには、私の曽祖父が、眠ってまして、その意味でも、私に
 とって、貴重な旅でして」  
   尚美、思案し、独り呟く。
尚美「そして、それらの思い、写真家の私として、写真で、どう、表現、で
 きるか」   
   尚美、遠くを見る。
                      次回へ続く

注記:冒頭の画像は、ロシア・バイカル湖ではなく、日本の琵琶湖です。