出りょく 9

「オレは鳥になるんだ!」

と言って、小学2年生ながらに3m近いの高さの崖を飛び、見事に骨折したK君は元気にしているだろうか。


昭和から平成に変わった日のことをよく覚えている。
いよいよ明日から新学期(ウチの方では3学期と呼んでいた)という日に、大風邪を引いてしまい、そもそも始業式に参加していない。
風邪はだいぶしんどかった。あれは今考えるとインフルだったんじゃないかと思うぐらい。しかし自分だけみんなより長めの冬休みになると喜んでいた。
風邪で休んでいる手前、親には「ゲームはダメ。みんな学校始まってるのにあんたは休んでるんだから、遊んでないでおとなしく寝ていなさい」と至極当然のことを言われるが、いかんせん暇で暇で仕方がない。なのでテレビをつけるがテレビ番組は『天皇崩御』一色。
せめてテレビ番組が面白ければ風邪の症状も気が散って多少緩和する気がしたんだろうけど、なにせ当時の自分からすれば死ぬほどつまらない。
具合悪く寝そべってる子供に決まった時間に飲まされる苦い薬と病人食、そして永遠とも思える時間放映される昭和天皇の映像は『時計じかけのオレンジ』のあのシーンを彷彿させる。
おかげで風邪が治って登校した日以降、イヤというほど見て覚えた昭和天皇のものまねを披露してた。クラスの誰よりも昭和天皇の映像を見た自信もあった。

なのでよく覚えている。


昭和生まれで平成の間に結婚しなかった人たちのことを『平成ジャンプ』などと言うらしいが、恋愛や結婚を諦観していて令和どころかそもそも結婚できない人たちのことはどう呼称されるのだろうか?
「キングクリムゾンに恋愛や結婚が消し飛ばされた」
「恋愛や結婚という真実には永遠に辿り着くことがない…。それがゴールドエクスペリエンス・レクイエム!」
と、あくまでスタンド攻撃を受けた結果だと説明したいが「そんなんだからだ」と一蹴されそうだ。
もしくは『令和』に掛けるなら「今令和は無し(婚礼は無し)」とでも言って、次の元号か、もしくは生まれ変わって2周目の人生の令和のときに結婚しますよとでも、飲みの席でおっさん相手に熱燗飲んで砂肝食べながらのたまえばいいんでしょうか?

とはいえ、こんな自分でも彼女がいたことも同棲していたこともあった。
その時の自分は今の自分と比べてどうなんだろう?と最近よく思う。
「自分がこうだった。ああだった」というより、そういう状況の自分を自分に近しい人がどう見ていたんだろうか?どう見えていたんだろうか?と。
楽しそうだったんだろうか?
幸せそうだったんだろうか?
メンタル的に落ち着いていたんだろうか?
むしろ、イライラしていて辛そうだったんだろうか?
別に今と特段変わっていないんだろうか?
事実は覚えていても、その時に自分が纏っていた空気や、その空気の層を通って出入りする言葉やしぐさは全く思い出せない。
事実を覚えていればいるほど、その当時のことを思い返すと、自分の人生における恋愛やその思い出が『仏作って魂入れず』な気がしてならなくて、鬱屈とした感情が、くねった山道を進む車の重力のように右に左にと心に掛かる。


その後、引っ越ししちゃった骨折したK君、元気かな。
ってか、そもそも飛べるわけないじゃん、気付けよ。
そして骨折したの、なんで腕なん?

自分も恋愛や結婚で飛べないと気付けなかったけど。




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