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こんな面白いファイナルは初めてだ!~2022カタールW杯決勝 アルゼンチン3-3(PK4-2)フランス

ワールドカップにキスするメッシ pic. by Getty Images

最初にお詫びします

開幕直後、私はナショナルチームでは輝かない天才の黄昏という失礼な内容の記事を書いた。
初戦のサウジアラビア戦で負けたアルゼンチンが、優勝まで辿り着けるとは思っていなかったからだ。
これは手の込んだ言い訳になるが、初戦を落としたチームがワールドカップで優勝したのは2010南ア大会のスペインただ1例だけだし、メッシ自身は好調だが他に傑出した選手も見当たらず、つまり小粒で、チーム戦略もハッキリしないアルゼンチン代表が、要は「パッとしなかった」からである。

心からお詫びしたい(誰に?)

私は、フランスの連覇を予想していた。
タラレバだが、ポグバ、カンテ、ベンゼマら怪我で脱落した主力の一人でも招集が出来ていたら優勝できた、と思う。

対するアルゼンチンは、あまり応援する気にならないチームだった。

バルセロナファンである私は、メッシ個人をこよなく愛してはいるが、アルゼンチンのサッカーにおける国民性のようなモノを、好きになれない。
「サッカーにおける国民性」というのは、マリーシアに溢れていて、勝利のためにはどんな汚い危ないプレーもする、そういうサッカーを国民が支持し、それが代表チームのDNAに刷り込まれている、という意味だ。

準々決勝のオランダ戦なんか、あんな、ふた昔前ぐらいのダーティーで危険極まりない不快なサッカーを見せつけられるとは、思ってもみなかった。
最優秀GK賞を受けた正GKのセレモニーでの振る舞いは、ほとんど人間の所業とは思えない下品さであった。
言葉を選ばずに言えば、アルゼンチンにトロフィーを渡してほしくなかった。

しかしながらご案内のとおり結果は、決勝戦でアルゼンチンがフランスに競り勝ち、母国にワールドカップを持ち帰ることになった。
ディエゴ・マラドーナの「神の手」や「伝説の5人抜き」で印象的だった1986メキシコ大会以来36年ぶりであり、マリオ・ケンペスの1978母国開催大会を含めて3度目、となった。

重ねてお詫びしたい(だから誰に?)

突き放すアルゼンチンと追いつくフランス

ワールドカップのファイナルは、とかく「閉じた」試合になりやすい。
直近4大会のうち3試合が延長戦に突入していることからも、慎重に戦う傾向が強く、如何に「負けたくない」試合展開になるか、判ろうというものだ。

この試合も、「総合力で勝るフランスが攻めアルゼンチンが守る」構図で、でものらりくらり時間が進行するものと思われた。
フランスが先制すれば、準決勝同様意外と堅い守備で乗り切るだろうし、もしアルゼンチンが勝つとすると、0-0のまま90分を迎えた延長でメッシが一瞬の煌めきでゴールを奪う展開かな?と。
私は勝手に、そう思っていた。

ところが蓋を開けてみると、思いのほかフランスの動きが鈍い。
タフだった準決勝モロッコ戦から中3日しか経っておらず、心身の疲労が相当溜まっている状態に見えた。
対するアルゼンチンは、終盤主力を休ませる余裕の采配で勝利したクロアチア戦から中4日。
休養十分で、特に、メッシにワールドカップを獲らせるんだというチームスピリットが、素晴らしく充実していた。

戦術的な観点で言うと、左ウィングのアンヘル・ディ・マリアの仰天起用が奏功し、アルゼンチンは、左のディ・マリア、右のメッシ、2つの攻撃の起点を作ることに成功していた。
対するフランスは、司令塔グリーズマンをアルゼンチンのマク・アリステルに徹底マンマークされ、次第に攻め手を失っていく。

予想外れのアルゼンチンの攻勢に、試合は思いのほか早く動く。

前半23分。
キレッキレのディ・マリアがボックス内に侵入し、それを後ろからデンベレがひっかけ、ファイルをもらう。得たPKをメッシが落ち着いて決め、アルゼンチン1点のリード。
デンベレは確かにディ・マリアに触れてはいたが、ファールでも何でもない(ように見えた)。しかしながら、こういう際どいプレーでマリーシアを発動しちゃうのは、南米の選手ならお手のもの。百戦錬磨のディ・マリアの術中にまんまとハマってしまった感じである。

更に前半36分。
アルゼンチンが、自陣からカウンター発動。右サイドをメッシ→アルバレス→アリスターと繋ぎ、最後は左サイドのディ・マリアがキッチリ仕留めた。
これで、前半の家にアルゼンチンが2点リードした。

このまま手を打たないと、フランスに勝機はない。
そう思いはじめた頃、デシャンが動く。
前半41分。
ハーフタイムを待たずに、精彩を欠くデンベレをジルーと共に下げ、テュラム(息子)とコロムアニを投入する。
左から、テュラム、ムバッペ、コロムアニの3トップに変更。

ここまでは、ある程度織り込み済みだったろう。
準決勝モロッコ戦で試みた交代だったし、守備をしないムバッペの穴を突かれた時の対策として、その発動は「時間の問題」だったのではなかろうか。

トコロが、これが全く機能しない。
ターゲットだったジルーを下げたことで、トップに球が収まらず、攻めのリズムがどうにもできない。
そのうち、球に触りたいムバッペがトップから中盤に降りてくる悪循環に陥る。

ここで策士デュシャンは、悪魔のような采配をする。
後半26分。グリーズマンとテオ・エルナンデスを下げ、コマンとカマヴィンガを投入したのだ。
これには正直、戦慄を覚えた。

左SBの単なるリプレースであるテオ・エルナンデス→カマヴィンガはともかく、グリーズマンを引っこめるというのは、中盤を省略し、前線に素早くボールを供給する戦い方にシフトした、そのためには所謂ゲームメーカーは不要、ということだ。
システムは驚愕の、4-2-4である。
DFは左から、カマヴィンガ、ウバメカノ、ヴァラン、クンデ。
MFは、ラビオ、チュアメニの2ボランチのみ!
FWは左から、ムバッペ、テュラム、コロムアニ、コマンの4トップ!

これがピタリとはまり、フランスは息を吹き返す。

後半35分。
コロムアニがボックス内、左に切り込んだところをアルゼンチンDFオタメンディがたまらず引っ掛け、ファール。
このPKをムバッペが沈め、フランスが1点を返す。

更に2分後。
コマンが、メッシのドリブルを右サイドでカットし、ここから逆襲開始。
中央でパスを受けたラビオが、浮き球をムバッペに供給。
ヘッドでテュラムと空中ワンツーで抜け出したムバッペが、浮き球をスライディングボレーでダイレクトシュート。
何ともファンタスティックなスーパーゴールで、遂にフランスが同点に追いつく。

ここからは両者、我慢の時間が続く。
延長前半でも決着つかず、試合は延長後半へ。

延長後半4分。
直前に交代して入ったラウタロ・マルティネスのシュートをGKがはじいたトコロを、メッシが押し込み、アルゼンチンが勝ち越しに成功。

しかしこれで試合は終わらない。

延長後半13分。
ボックス左でムバッペが放ったシュートがアルゼンチンDFの手に当たり、ハンドの反則。
得たPKを再びムバッペが自ら決めて、フランス再度追いつく。

何という試合!
もう私、おなかいっぱい。

PK戦は、4-2。
2人目コマン、3人目チュアメニが失敗したフランスに対して、アルゼンチンは4人が成功。
その結果、アルゼンチンの優勝が決まった。

メッシとアルゼンチンの悲願成就

2022カタール大会は、アルゼンチンの、また偉大なメッシの輝いた大会として記憶されることだろう。

35歳という年齢を考えると、5度目の出場となる今回は、メッシにとって「最後のワールドカップ」だろう。
2014ブラジル大会で、アルゼンチンは準優勝で、メッシはMVPだった。
あと一歩届かなかった優勝を手にすることが出来て、心の底から嬉しかったに違いない。

もちろんアルゼンチン国民にとっても、優勝は悲願だったに違いない。
何しろケンペスの1978年、マラドーナの1986年以来、随分優勝から遠ざかっているのだ。

しかしアルゼンチン国民は、メッシに対しては、複雑な感情を抱いてきた。
それは、期待が大きいが故の、鬱屈した感情だったに違いない。

2001年、若干13歳でスペインに渡り、バルセロナのカンテラ(下部組織)で育ったメッシは、以降ずっと母国に帰ることなく、ヨーロッパでの成功を欲しいままにしてきた。
つまり、アルゼンチン人からするとメッシは「遠い異国で活躍する人」だった訳だ。
アルゼンチン人はそんな彼を、時には「売国奴」呼ばわりし、母国にW杯優勝をもたらした偉大なるディエゴ(マラドーナ)と何かにつけ比較し、ディスってきた。

そんな国民感情の「潮目」が変わったのは、恐らく昨年のコパアメリカ優勝だろう。
この大会でメッシは、MVP、得点王、アシスト王も受賞し絶好調。
名実ともに「ナショナルチームを引っ張るリーダー」、「母国に歓喜をもたらす英雄」として、人々に認知されたのだと思う。
かくしてメッシは、自分が点を獲ることよりチームが勝利するために何が必要か「だけ」を考え、プレーするようになったのではないか。

現在の代表選手たちの多くは、メッシがW杯デビューした2006年当時、小学生だった。
彼らも、16年経って憧れの先輩と同じピッチに立てる幸せを噛みしめ、メッシのために優勝したいと思ったはずだ。
つまり、戦略不在のアルゼンチン代表は、「メッシを戦術」として初めてチームとなった、ということだ。
かつて、偉大なディエゴが監督をやっても作れなかった「メッシという才能を最大限に引き出す最強の代表チーム」。
それを、若きスカローニ監督が完成できたのも、こうした国民の理解とサポート、メッシの成熟、チームメイトの献身的サポートがあればこそ、である。
長い時間がかかり、メッシの代表引退も間近に迫ったが、そういうタイミングでなくては完成しえなかったのだろう。
つくづく、サッカーというチームスポーツのマネジメントは、複雑だなぁと思う。

怪物ムバッペの凄み

2022カタール大会は、4年前ティーンエイジャーで鮮烈デビューしたムバッペが、順調にモンスターに成長しつつあることを見せつけられた大会としても、長く記憶されることになるに違いない。

何と、決勝戦でハットトリックである。
聞けば、ワールドカップ決勝でのハットトリックは、1966年大会のハースト(イングランド)以来、56年ぶり2人目らしい。
ムバッペは、前回2018ロシア大会決勝でも1ゴール決めており、決勝で通算4得点は、史上最多。

単なる記録のみならず、内容もすごい。

先ず、2点目のボレーは、大会屈指のスーパーゴールである。
倒れ込みながら、浮き球をスライディングで捉え、ゴール右サイドネットに突き刺したのは、尋常ではない。

また、1試合に2度のPKを決めるのも、これまた並大抵のことではない。
PK戦でもファーストキッカーを務め、その3本をキッチリ左隅の同じコースに決める強心臓。
ほとんど人間ワザとは思えない。

グリーズマンを下げたことで攻め手がないフランスで、つまり「戦術ムバッペ、以上終わり」状態で、ハットトリックを決めたのは、トンでもないことだ。
この23歳の若者が何年かに一人の逸材ということに、疑問の余地はない。

呆れるほどスゴイ記録は、他にもある。

今大会8得点で、ゴールデンブーツ(得点王)を獲得した。
表彰台でちっとも喜んでいなかったのが印象的だったが、まあその負けず嫌いさ加減が成長の原動力なのだろうから、それも含めて素晴らしい。

W杯通算12ゴールは、ペレに並び歴代6位タイ。
計4大会で達成したペレと比較しても、僅か2大会での達成で、まだまだ記録が伸びる期待が膨らむ。
それに、彼より得点を挙げているのは、16得点のミロスラフ・クローゼ(ドイツ)、15得点のロナウド(ブラジル)、14得点のゲルト・ミュラー(西ドイツ)、13得点のメッシ(アルゼンチン)、ジュスト・フォンテーヌ(フランス)の5人だけ。
メッシが代表引退を表明している現在、ライバルは全て「過去の人」ということになり、抜くのは時間の問題のようにも思える。

彼のW杯の歴史は、まだ始まったばかりだ。
今後も、楽しみで仕方がない。



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