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サフォンの小説『風の影』ゆかりの地を巡る【バルセロナ1】

「死ぬまでにやりたいリスト」に「海外で、世界中の人々とゾーンに入って踊り明かす」というというリストがあって、今回は主に、それを達成しに行った旅だった。

ただ、スペインに到着して参加したズークフェスティバルでまさかの深い靴づれをしてしまった。
初日はバンドエイドを神経を感じないようにして縛り付け、意地でタンゴのミロンガ(パーティー)に行ったものの、踊っている間も時々痛みが来て、翌日はスリッパで歩くことすら辛くなってしまった。

小指が全く当たらないクツ(というか、ほぼつっかけだったが)を買い、バンドエイドを何重にもはり、足をひきづってのバルセロナ観光。
「そこまでして観光する?ホテルにいなよ」
と笑われたけれど、どうしても行ってみたい場所があったのだ。

サフォンの小説『風の影』に出てくる登場人物達の、ゆかりの地。
小説では表情豊かに、彼らのピソ(家)や広場、駅、教会が出て来て、どの場所も絶対自分の足で歩こうと決めていた。

アダルヤの屋敷など、時間切れでフニクラ(ケーブルカー)に乗れず断念した所もまだあるものの、結構周り切れたかなと思う。
小説を読んで実際にその地を訪れた思い出に、書き残しておこうと思う。

ダニエルのピソーサンタアナ通り

小説の主人公の1人、ダニエル・センペーレのピソ(家)はとても小さく、一階は父と共に営む古本屋だということ。
カタルーニャ広場からランブラス通りが始まって所ですぐに左に回ると、そこは「サンタアナ通」まさに、ダニエルと父が住んでいた通りがある!

その通りはホテル、アクセサリー屋、たくさんのお店で賑わっていた。
古本屋は、生憎見つからず……。
ただゴシック教会から近い他の通りではばっちり見つけた。
「今でも1950年代のように、昔の本を求める人がいるんだ……!」
とヨーロッパの人々の歴史への探究心も感じとれた。

ミケルゆかりの地

『風の影』の冒頭に記されている地図によると、ダニエルのピソとミケルのピソはとても近い。
2人の時代は異なっているものの、こんなに近い所に、“フリアン・カラックス“ゆかりの2人が生活していたのは興味深い。

ランブラス通りをもう少し歩いた所の左ということだから、Portaferrissa 通りじゃないかと思われる。

ミケルは個人的にとても味のある登場人物だと思っていたから、この通りのゲストハウスを見つけた時、ここに泊まろうと決めた。
とても清潔で、心が休まる場所だった。
ミケルのピソは恐らく裕福な家庭だったから伝統的な家具で揃えられていただろうけれど、このゲストハウスはリフォームされていて、現代的な作りだった。

サンタアナ通り以上に、このPortaferrissa 通りはお昼間、賑わっている。
お店の店員さんは、接客をしていない時はノリノリで踊っている所もみられて
「やっぱりスペインは、踊りの国だからどんな種類のダンスも上手なのかぁ」
と妙に納得してしまった。

ウィンドーショッピングも、時間を忘れて楽しめる

夜も、とても活気付いている。
向かいのアパートではホームパーティーがされているのか暖色系のカラフルなライトが陽気に照らされていて、なんだか混ざりたくなった。
「ミケルの時代はカラフルなライトなどなかったとしても、一色の控えめなライトで、あの女性と色々、フリアンのことなど語り合ったんだろうなぁ……」
と、バルコニーからそのアパートの眺め、ミケルとあの女性を感じることがで出来た。

ゲストハウスのバルコニーより

タンゴのミロンガから真夜中に帰って来ると、そこは人通りもすっかり減って、その辺りからニセ刑事が尋問をしてきそうな不気味な雰囲気も感じた。
フメロ刑事のあまりにも恐ろしい尋問の数々を読みすぎたから、余計にそう思ったのかもしれないけれど。

さて、この通りはとても便利で、ここからはゴシック教会にも抜けられるし、またダニエルとクララがよく通った、ケーキ店がたくさんある通りにも曲がることが出来る。

ダニエルとクララが通ったケーキ店のある通り

主人公・ダニエルが少年時代、クララとケーキ屋さんにたくさんに通った描写がある。
小説冒頭の地図を照らし合わせて行くと、それは「スイーツ通り」として有名なPetrilxol(ペトリチュアル)通りだろう。

「読めない!」
と、何度もカタカナを見返した。

1940代に創業し、営業されている歴史あるショコラティエやパティスリーがあるから、50年代の彼らの描写をする時、サフォンはこれらのお店を参考にしたんだろうと思う。

創業がこの通りでは一番古そうな「グランハ・ドゥルシネア」に行ってみた。
ホットチョコレートが一番美味しいと感じたのは、グラシア通りの「Casa Amatllier」のホットチョコレートだったけれど、ここのチョコレートは甘さ控えめで、それでいてお腹にどっしり来る、存在感のある味わいだった。


どちらかというとスイーツと一緒に食べた方が楽しめるタイプの、ホットチョコレートだと思う。
その小路では人通りがグッと減り、そしてとても細い道ということもあってか、その日は雲一つない快晴なのに、なかなか太陽の光が入らなかった。

この影が多い小路だからこそ、まばゆい光がより、クララとダニエルのシーンでも印象的に書かれたのかもしれない。
アテネウでの2人の出会いは、とても印象的で一駅乗り過ごすほど読みふけってしまった場所の一つだ。

一つ残念なのは、この小路からは時々、マリファナの匂いがしたことか。
きっとコロナの頃、営業が大変で現実逃避にマリファナに走った人が、そのまま止められず続けているのかもしれない。
シエスタが終わった後も、シャッターが閉まっているカフェやお店も、ちらほらあった。

フリアンの両親が結婚した広場&ヌリアゆかりの広場

ダニエルは、謎を解き明かしていく上でヌリアから話を聞くことになって行くが、そのヌリアと出会ったのは広場だった。広場では話せないから、とアパートに連れて行かれるシーンは、少し陰気臭いというか、影があるイメージだった。

ペトリチュアル通りを出た広場は、他の広場ほど陽気ではなく、静かで平和な印象を持った。
その広場に寄り添うように建っている教会で、フリアンの両親は結婚式を挙げている。

同じような、観光ではなく生活の一部となっているような広場があり、そこは恐らくヌリアが本が読んでいた広場だろう。

これらの小さな広場はなぜか、素朴な彼ら、そしてヌリアに似合いそうだと思った。
もう散々、色々な喜びも傷も負った人が、時に無になり、時に昔を思い出すのにとても適していそうな、そんな広場。

鐘の音も、ゴシック教会前の広場や市庁舎広場から聞こえて来る華やかな響きより、だいぶ控えめだ。
この広場から繋がる細い小路たちは、小さく個性的でアーティスティックなショップ群がそれぞれ賑わっている通りもある一方で、ひっそりと音もなく、通り行く人々を無言で見守っているかのような幽霊通りもあった。
ヌリアは恐らく、幽霊小路に身を寄せていたんだろう。

そこは小説通り、光がほとんど当たらず、朝に通っても昼に通っても、暗い。
時代が止まっているような錯覚に陥る小路は、スリに遭いやすそうで少しドキドキするが、フメロ刑事が襲ってきそうなゾクゾク感を味わいながら敢えて通ってみるのも面白い。

センペーレ親子がバルセロと出会う、クワトロ・ガッツ

物語の冒頭で出てくるカフェ『クワトロ・ガッツ(4匹の猫)』は、今も実在する有名なカフェだ。
ピカソゆかりのカフェともして有名だけれど、ここでは『風の影』サイドで振り返りたいと思う。

カフェは入り口の方にあり、そして奥にしっかりと食事をとれるレストランがある。
センペーレ親子がバルセロと出会い話をするのは、この手前のカフェの方だろう。

時間が流れても、そこから人がいなくなること現在でもなかった。
私が入った時は晴天だったから明るい雰囲気を感じたけれど、これが雨だと、センペーレ親子とバルセロが、例の本について怪しげに、訝しげに話をした所がもっと感じられたかもしれない。
天気によって照明や雰囲気がガラッと変わるタイプのカフェだったから、私が行った、カラッとした快晴の夏もいいが、霧に包まれた雨の冬に行くと全く違った発見ができるだろう。

ここのカフェ・コルタードも強めの美味しいコーヒーで、観光で少し疲れて来た私の足や身体を癒してくれた。今回の旅で美味しいと思ったカフェ・コルタードの第3位は、ここのカフェだった。
(ちなみに第1位は友人宅で友人が入れてくれたもの。第2位は、カルガキゾンバフェスティバル会場のEvenia Hotelの朝食で出たもの)

サフォンシリーズを持参して、別の季節にも再訪したいカフェだ。

バルセロ、クララゆかりのレイアール広場

先程のフリアンの両親の結婚式が挙げられた教会がある広場や、ヌリアが本を読んでいた広場は、ランブラス通りが始まってそこまでしない内に左に曲がり、中へ中へと入った所で出会うことが出来るが、ランブラス通りをさらに下降して、リセウ駅、リセウ劇場も過ぎた所を左に曲がると現れるのが、とても賑やかなレイアール広場だ。

ガウディ設計のランプがあったり、ヤシの木がバルセロナの明るさを強調していたり、フリアンの両親やヌリアゆかりの広場に比べて、とても華やかな印象があり、まさに癖のある富豪、バルセロにピッタリといった所か。
ただ、ここも一歩小路へと進んでいくと、もしその小路が観光や買い物で使われない小路だと、一瞬にしていきなり光も入らないほど暗く、そして静かになる所がハッとさせられる。

クララが見ていたのは、こういう光のない場所なんだなぁと、歩きながら思った。
佇んでいるだけで気分が明るくなるレイアール広場は、風の影巡りでなくても観光名所として、たくさんの人を引き寄せていた。

バルセロ、クララが住んでいそうな“グエル邸“

レイアール広場からランブラス通りを通り抜け反対側に進むと、バルセロやアルダヤも常連客だったのではと思う、リセウ劇場や、ガウディの初期の建築物、グエル邸があった。

ガイディの建築は一回目のバルセロナ訪問の時、グエル公園、カサ・ミラ、サグラダ・ファミリアに友人が連れて行ってくれたけれど、これらとバルセロ邸は小説を読んだ時結び付かなかったのに対して、今回行った“グエル邸“は見事、結びついた。

バルセロは、奇抜すぎるものより、「少し」奇抜なものを好んだ気がした。
古き良き時代を残したような、そんな家具や家を……。
なんと言っても、「最後のロマン派気取り」だったのだから。

アルダヤは、少し違うかもしれない。
小説を読んでいて、バルセロよりももっと奇抜な匂いがしたから。
そういう意味では、カサ・バトリョなどと結びつくのか。
でも、カサ・バトリョのような明るさも、文面のアルダヤからは感じられなかった気がする。
再読、再訪することで、彼らが住んでいたような家とも出会えるだろうか。

「で、グエル邸のどこが、バルセロやクララの家と結びついたの?」
そうそう、その話をしていたのだった。
リビング、客間、ダイニングの3部屋が続いている広間があるのだけれど、そこがあたかも、バルセロやクララが現れて来そうだった。

3つの部屋がつながっている

夕方、その広間には四方から不思議な光が舞い込んでいて、神秘的かつ美しい景色だった。

まるでクララがそこで、決して上手とは言えないピアノを奏でているような……
ネロが怪しい目つきで、クララを教えていそうな……(オーディオガイドを借りたら、色々な音楽も流れて説明もしてくれているから、ますます気分に入れてお勧めだ)
リビングでバルセロがダニエルに、本を渡すように迫っていそうな……
クララがダニエルを感じ、ダニエルが喜びに浸っているような……

そういう光景が、すぐそこに迫って来るような不思議な感覚だった。
見学を進めていると、演奏会がいつでも開けるようなコンサート広間まであり、これがまた装飾はじめ豪華だった。
19世紀の伝統も受け継ぎつつ、奇抜さもしっかり表現されている。
関係者は広間に行かずとも、部屋からコンサートを覗ける仕組みも、なんとも贅沢だ。
クララも、こうして色々な音楽を聴いていたのかもしれない。

ネロの音楽はどう考えても、アルベニスやグラナドスより駄作だっただろうけれど……

カテドラルーフリアンの両親が出会った教会

バルセロナのゴシック地区で、特に存在感を見せているのがこのカテドラルだ。
一回目の訪問では、現地の友人に連れられ外観は見たものの、彼はそこでファッションのショッピングとタパスの魅力についてふんだんにシェアしてくれたから、中を見るのは今回が初めてだった。
学生とは、そういうものかもしれない。

グエル邸でも感じたけれど、ここも光がとても印象的な場所だ。
異なった強さ、色を持つ光がステンドグラスを印象的に輝かせ、そして私達をも輝かせてくれた。
靴づれによる化膿が一番ひどい日に訪れ、足を引きずりながらも合唱席を通り、その色とりどりのステンドグラスを見て回っていたら、少し足の痛みが引いた気さえした。
教会にはやっぱり、癒しの力があるのかもしれない。

この場所でフリアンの父は母と出会い、癒しを感じたんだろう。
教会に癒しの力があり、そこに来てこの、文章からはかない印象を感じたフリアンの母が彼にとってマリアのように感じたのも、なんとなく理解できる。

塔の頂上まで登ることも出来たから登ってみた。
今はエレベーターで一気に登れるけれど、彼らも螺旋階段で仲良く登ったかもしれない。
恋人と螺旋階段を登るのは、ティーンや学生の頃はもちろん、いくつになっても特別な感情が湧き起こるものだろうから。
頂上に登ると、近くに絶景が広がる。1900年頃といえば、まだサグラダ・ファミリアもグエル公園、バルセロネータの高層ビルもない時代。

当時はどういう建物が、目立って見えたのだろう……
空気はきっと今と同じように、カラッとしていたのかな……
風が印象的に、私達を取り囲む。
影に入ってみると日本以上に、ゾクっとする涼しさを感じる。
小説の中では「寒い」という表現や「雨」がよく出て来たから季節は違う気がするものの、風の影を、この教会での塔の頂上は感じやすい場所だった。

フランサ駅ーフリアンがパリに経った駅

この小説のもう一人の主人公、フリアン・カラックス。
色々なドラマティックな事情でパリに行くことになるのだけれど、このフランサ駅で、ミケルに見送られて彼はパリへ発つ。
そこからバルセロナで起こる、数々の奇々怪界な事件など予想もせずにー。

バルセロナの歴史を見守って来た、フランサ駅。
今もメインの駅ではないものの、サブの駅としてしっかり機能していた。
外観からして、そこは駅というよりも、美しく整えられた一つの建物だった。
例えばベルギーの「アントワープ駅」は美しい駅で知られているけれど、このフランサ駅も時代から取り残されているかのように、古き良き駅の雰囲気がそのまま残っていた。

駅に入ると、ちゃんと食事ができる場所まである。
ただのイートインのカフェというよりは、結構しっかりしたレストランだ。
フリアンがこの駅でもミケルと話をする場面があったが、ここも通ったのかな、と想いを馳せる。
そして、ホームも現代風に改築はあまりされておらず、昔の趣がそのままに残されていた。

ベンチに座って電車をみると、ここから離れるというフリアンの複雑だが決然とした想いを感じ、胸が熱くなった。
親友に見送られて遥か彼方の場所に行く時、親友と私も涙して別れた。
彼らもそうだったんだろうと思う……。
装飾も美しく魅力的だから、特にこの駅を利用せず、こうやってただ訪れるだけでも、価値のある駅だと思う。

番外編:内戦の跡地が美しいビュースポットに

この小説では、むごいスペイン内戦の様子も描かれていた。
調べてみたら、バルセロナは相当な被害を被ったということだから、その辺りをサフォンは見事に描いたのだと分かる。

フメロ刑事の拷問や殺人が繰り返されたモンジュィックの丘は、一回目の訪問で友人に連れて行ってもらった。
全く内戦や拷問の後は感られないような平和な場所だったのを記録している。
今行ってみると、また違った視点で何か発見があるかもしれないけれど……。

さて、ビーチ・ズーク・ランバダフェスティバルで仲良くなったお姉様Aさんのお友達がバルセロナの高台に住んでいるということで、
「Tさんとタンツさんも一緒においでよ♪」
と誘ってくれたので、是非とも!とお供させてもらうことにした。

カタルーニャ広場から22番(だっただろうか?!それに近い番号だったかも)のバスに乗り、終点近い駅に、Aさんの友人O氏は住んでいた。グエル公園を過ぎた辺りから高台エリアとなっているようで、それ以北は異様なまでのアップダウンが続き、その度に素晴らしい絶景が姿を現す。
その辺りから既に魅せられていたけれど、O氏の家、そしてBunkerの丘は、絶景中の絶景だった。

高台ということもあり、身体をまとう風が地上以上に何かを感じさせた。
そこでは、たくさんの風に当たることが出来た。

アルダヤの屋敷を見下ろせそうなティビタボは、対角線上にあった。
ちょうど同じ位の高さに見えたから、あそこからの景色もBunkerの丘と似ているのかもしれない。

丘は、カップルでグループでいっぱいだった。
そして、座ることのできる石は、面白い形をしていた。

「このいびつな形は、内戦で攻撃を受けたからなんだよ」
「そうなの?内戦の跡が、まだバルセロナに残っていたなんて」
「何も知らずに、見に来てる人もいるけどね!」

昔、攻撃をされていた所が今、人々の憩いの地、絶景を見る地として賑わっている。
そこからは、サグラダ・ファミリアやバルセロネータの高層ビル群、ティビタボの丘をはじめとする、高台の建物、真っ青な海、そしてこちらも海に負けないほど明るい空を楽しむことが出来た。

戦争が終わってもフランコ政権が続いていた時代は、こんな自由にBunkerの丘には登れなかったかもしれない。
フメロ刑事があちらこちらにいて、尋問もしていただろうから……。

それでも若くてフレッシュなカップルを見た時、そこにダニエルやフリアン、それぞれの大切な人がいて、何かを約束したように感じずにはいられなかった。

お昼、夕方、夜。風にふかれ、全ての時間で美しい景色を見せてくれるBunkerの丘も、「風の影」を感じられる一つ場所として残しておこう。

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