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個を捨て、他を想い、個を尊ぶ

こんばんは、多部栄次です。
気まぐれ日記やっていきましょう。

こちらに越してからというもの、最近目覚めが良くないんですよ。鉛のように重くて、筋繊維が全部枝になったのかくらいバッキバキで朝しんどいんですよね。寝る前の習慣は気を付けてますし、食生活も入浴も大学院時代よりははるかに気を遣うようにはなりましたが、それでもよくならないどころか変わってない。日中も疲労感がある。

なので最近有名なコアラマットレス買いました。

でもさすがに6万を払う経済力は…なくはないけど財布のダメージは大きいので(睡眠にケチるな)、4万の敷布団式のものから始めてみることにしました。自分ベッドなのに敷布団にしたという…まぁ失敗したら返品してマットレス買えばいいし(返品料かかるけど)。安めのもので効果があれば万々歳ですね。3か月は様子見たいところです。

ともかく仕事頑張ってもっと稼げるようになったら6万の買うからな。30代でがたつく体になったら絶対買うかんな。5年後買うかんな。


さて本題に入ります。今回もOpenAIに関連する話です。

AIでできること増えてきましたよね。ChatGPTも拡張機能との組み合わせもありますし。把握するだけでも時間かかりそうです。

この先はAIに仕事を奪われるというよりは、AIを使いこなしている人に仕事を持っていかれる時代になるかと思います。特にPCでやっている業務はほぼAIに置き換わるんじゃないかと。まぁ工場も工場で自動化が進んでますか。自分のところも自動化進めたいんですけど。

ただインフラや食糧(農業)はどうなるんでしょうね。その話題が政治関連の話でも出ていないのがとんでもなく怖いです。一番大切な部分であるはずなんですけど、当たり前になっているからこそ重要視されていない、そんな気がします。日本って食料自給率40%もなかった気がしますが、実際はもっと低そうな気もします(話逸れてるぞ)。

また余談というか話の焦点を仕事から捜索や芸術の部分に変えますが(話逸らすどころか脱線してる)、

自分を表現したい、創作したいという気持ちは僕も尊重していますし、物書きや絵描きを趣味としている以上はAIに全部置き換わるという話はショックじゃないと言えば嘘になります。それは存分にやった方がいいと思いますし僕もそうします。ただ、それで生計を立てるというのならAIを受け入れ、利用していく方が断然良いとは思います。
アナログからデジタルに切り替える抵抗感の比じゃないと思いますが、乗り換えるか貫くかはその人次第かもしれませんね。ただ、貫くのは相当大変だと感じてます。


話を戻し、いろんな業界で衝撃受けていますし、影響も日に日に膨れ上がってきています。逆に置いていかれると大変なことになりそうですけど。かといってすべてAIに委ねろってわけでもないんですけどね。

自分の顔や声、挙動、何日も何か月も必死に考え絞り出したコンテンツ、創作物、成果物はAIに置き換わる。そんな未来も待たずと来るでしょう。そういう話も実際にあります。
そんな中でいかに自分を表現するかという道もありますが、ひねくれている僕は一度思ったんです。

これ自分でなくてもいいんじゃないか。

その通りです。
これを残酷だと思うか、希望だと思うか。僕は両方、心の中にあります。

むしろ自分を出すことは求められてないんじゃないかと最近思います。アイドルや俳優、配信者等、推されている方々はともかく(そんでも代わりと言える存在が大勢いる激戦区ではありますが)、無名の凡人だからこそ個を出した方がいいのに、それを捨てろというのかと。捨てられる歯車よりも替えの利かない歯車の方がいいに決まってんだろと。

案外、それが先入観なのかもしれないと思う僕もいるんですけどね。
もちろん個を捨てろと言っても自分を殺せというわけではありません。ややこしいですね。承認欲や嫉妬、過去の栄光、固執、かつての成功事例、拘った知識や経験談、仕事における負の部分の感情を認識し、反応しないようにしようって意味です。

替えの利かないオーダーメイドの歯車では転職どころか社内でも通用しなくなるでしょう。そうじゃなく、どの社会というマシンの規格にも合う歯車になるのが、今後の生きる術だと思います。うわ燃えそうですねこの発言。

もちろん視点を上げると革命期にさしかかる時代なので、社員は歯車という考え(成長期)は合わないでしょうし、むしろ一人一人の個を大切にし、組織を機械でなく生命体というメタファーとして捉えた方がいいかもしれません。AI時代だからこそ、人の感情や非合理さに光があると思います。

ですがそれだけで何とかなるほど、組織というシステムは上手く回らない。頑張っても機械と生命が融合した状態のシステムになると思います。融合というより、本来押し殺してきたはずの生命の部分を尊重するようなものですけども。

汎用的な歯車というのは、どこでもやっていける人材とも言い換えられます。その人材というのは人によってどういうものかわかれるでしょうが、僕の場合は以下のものだと定義しています。

・ポータブルスキルをどこでも発揮できる人
・ルールやシステム等の構造を作り変える人
・問い、アイデアを生み出せる人
・新しいことでも厭わず手を出せる人
・自ら学び、成長できる人

これらの組み合わせがあれば、AI時代でもなんとかやっていき、かつAIを使いこなせるのではないかと思っています。異論はあると思いますが、今現在の僕の頭ではここまでしか考えられませんでした。


ここまでが個を捨てるという話ですね。ただそれだけでは独りよがりになるのかなとも思います。

論理や知識がAIに補強・補完されるからこそ、感性や情緒、感情など、人らしい部分を深く見ていく必要があるかと思います。自分に対しては勿論、人に関心を示すのも重要だと思います。

AIがメインになろうと、結局は人が動かします。その人を動かすには、人を想う心、つまりなんでしょうね、相手の目線に立つ(あくまで自分の解釈に過ぎませんが)視点を想像し、他者貢献の行動をし続けることが求められると思います。こればかりは形式は多少異なれど、いつの時代も続いているものだと思います。

相手の価値観に寄り添ったり、理解する姿勢をするのも大切だと思います。信頼関係あってこそ、個を活かし、人や組織を活かせるのだと思います。


そして、個を捨て他を思いやり、そして個を尊重する。自分を捨てるからと言って肯定感や自分の気持ちをないがしろにするというわけではありません。自分を良い方向性へ満たし、自立させるのが自分にとっての人生における目標の一つだと思います。

そのためには自分のすべてを認めること。否定はしない、慢心もしない、肯定と共感をして、受け入れる。
次に、自分以外の視点や景色はないか、ここからどうするかと、すべてを含んで、越えること。
他もいいけど自分もいい。でももうちょっと前に進んでみようか、でも無理はしすぎないようにと励まし、労わること。
雑に書きましたが、個を尊重するとはこういうことなのかなと感じてたりしてます。


話をまとめますと、後悔ない人生にするために、食い潰れないように、そしてこの時代で自分が組織で働くにおいて実現したいことを形にするために、僕は以下のことを心掛けていけたらなと思います。

・AIを受け入れ、共に働くやり方にアップデートできるか
・いかに個(執着や過去の知識、先入観、価値観)を捨てられるか
・他者をどれだけ思いやれるか、他人の価値観を尊重し、教えを乞うことができるか、人が何を求めているのかを知ろうとできるか
・自分と向き合い、認め、軸を創り、前に進む勇気をもてるか

要は個を捨て、他を想い、そして個を尊ぶ。まるで動を捨て、花の蜜を分け与え、かつたくましく生きる植物のようですね(?)
…まぁ生物の本能を思えば利己の塊ですし実際はそんな綺麗事がいえる生き物でないのは確かなんですけど、そこはまぁ都合いい解釈ということで。

ともかく、こう意識高いことばかり言いましたけど、無理はしないでいきたいですね。個を捨て、個を尊ぶ矛盾が、心を救うまではいかなくても休まる一助になるのではないかと思います。

以上、抽象的な話が主だったかと思いますが、いろんなことに応用できるという意味ではいいかもしれませんね。ここから行動に移せるくらい具体化に落とし込めれば理想ではありましたが、結構書いたんでこのあたりで締めます。

素敵な画像をお借りしました。t_kobaさん、誠にありがとうございます。
それではおやすみなさい。明日もよい一日を。


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